未来へと続く絶望の闇

「…結局、私は何も出来なかったな」

 例の店で、マカはテーブルに雑誌や新聞を広げながら呟いた。

 マカの向かいに座る店主は、困り顔でブレンドティーを淹れた。

「…マカは頑張りましたよ。ちゃんと人形の件を済ませました」

 そう言って店主はカップをマカに差し出した。

 一口飲んだが、マカの憂い顔は晴れない。

「何を済ませたと言うんだ…」

 結局その後、カノンを通じてマサキが人形の製作と配付に関わっていることを、マサキ自身から聞いた。

 止めるように言うと、マサキはすぐに止めた。

 それでとりあえず、死者がよみがえるというウワサは消えた。

 しかし………。

 人形を所有していた者が、一気に失踪した。

 マカの見ていた雑誌や新聞には、その記事が大きく取り上げられている。

 しかし人形の件は、マカの血族が揉み消した。

 血族のことは、何が何でも秘密にしなければならない。

 その為ならば、手段は問わない。

 …マカ自身も、手段を持っている。

 気を操る力を持つゆえに、相手の気をも操れる。

 その力で肉体の能力を高めたり、相手の記憶もある程度ならば変えられる。

 実際、親友だと言っていたミナにも使ったことがあった。

 それまでの自分を消すのは、ある意味自殺行為に等しかった。

 だが自分自身の身から出たサビ。

 『人の生気を吸う学生がいる』などと言う、都市伝説が流れてしまっていたのだ。

 自分で何とかしなければならなかった。

 しかし今回の件は…。

「そういえば、結局マサキさんとカノンさんのことは…」

「…とりあえず、本家に監禁だ。カノンはそのままとして、マサキはカノンと共にいてもらうことにした。だが外部との接触は一切させない。出られる期限も出していない」

 そう言ったマカの表情は険しかった。

「まっ、マサキの会社は優秀なのが多いからな。別にアイツ一人いなくても平気だろう」

「…そうですか」

「聞きたいことがあるなら、はっきり聞いたらどうだ?」

「えっ?」

「マノンのこと、聞きたいんだろう?」

「…聞いても?」

 マカは黙って首を縦に振った。

「行方は血族で全力で捜しているが、見つかっていない。だが肉体の維持をする為に、近々悪さをするだろう。その時が勝負だな」

 血族のネットワークを使っても、マノンの行方は知れず。

 頼るものがいないならば、マノンは自分で動くしかない。

 その時こそ、決着を付けなければ。

「消えた人形の持ち主―いや、契約者と言った方がいいだろう。その者達をも吸収して行ったんだ。…次に会う時には、それこそ死闘だろうな」

 マカは失踪者達がすでにこの世にいないことを知っていた。

 あの光に溶けたのは人形と、人形の契約者達だということを、分かったのだ。

 契約者達は最愛の者と一緒に、マノンの肉体の一部にさせられた。

 恐らく解放は、マノン死のみ―。

 だからこそ、負けられない。

「今度は負けない。必ず、私が勝つ」

 眼が赤く染まったマカを見て、店主は深くため息をついた。

「こんな事態になるなら…」

「関わらなければ良かった、などとは思うなよ? 結局、こういう運命だったんだからな」

「運命…ですか。もっとロマンのある言葉だと思っていたんですけどね」

 苦笑する店主を見て、マカは呆れた顔をした。

「ウチの血縁者ならば、運命は諦める言葉だと思え」

「そうですね」

「さて、そろそろミナとの待ち合わせの時間だ」

 店の壁にかけてある時計を見て、マカはブレンドティーを飲み干し、立ち上がった。

「相変わらず仲がよろしいことで。今度ここに連れて来てくださいよ」

「緊急避難場所としてなら来てやる」

「おやおや」

 肩を竦める店主を店に残し、マカは出て行った。

 細い路地を抜け、街に出る。

 駅に向かって歩いていると、ミナの姿が見えた。

 ちょうど駅から出てくるところだった。

「あっ、マカぁ」

「ミナ、今そっちに行くから待ってて!」

「うん!」

 笑顔のミナに手を振り、マカは信号を待った。

 休日にもなると、駅前は若い人でごった返す。

 …失踪事件があろうと、ここにいる人間の何人が覚えているのか。

 マカは少しむなしく思え、ため息をついた。

 その間に信号は青へと変わった。

 慌てて人ごみの中を歩き出す。

 向かいから来る人をうまく避けながら、ミナの元へと急ぐ。


―だから気付かなかった。


 向かいから歩いてくる人物。

 黒尽くめの服を着て、フードを深く被っている。

 口元には笑みが浮かんでいた。

 マカが向かってくるのを、心待ちにしているように。

 そして二人がすれ違いざま。


大切なモノは、ちゃんと守らなきゃ…

いつか失ってしまうよ?


 マカの眼が大きく見開かれた。

 しかし足はそのまま信号を渡りきってしまった。

 向こう側へとたどり着いたマカは振り返る。

 しかしそこに、黒尽くめの人物はいなかった。



【終わり】


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擬態【マカシリーズ・2】 hosimure @hosimure

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