シアワセ?





「フレン! フーレーン! 起きてー! うさぎくーん!」


 何度目かの呼び掛けで、ベッドの上で丸まっていた塊がモゾモゾと動く。眠そうな目が、今しがた大きな声を出していた少女へと向いた。


「あっ、おはよう!」

「おはよ、う……」

「やっと起きたのね。もう、お寝坊さんなんだから。ご飯きたわよ?」


 反対側のベッドの上でケラケラと笑うメリー。その姿を見て、フレンは目を丸くした。

 メリーは、赤いうさぎのぬいぐるみを抱えて楽しそうに笑っている。


「どうしたのフレン? 変な顔して」


 赤いうさぎを抱えてこてんと首を傾げるメリー。体を起こしながらそれ、とフレンに指さされたぬいぐるみに目を落とし自分の前に掲げて見せる。


「それ、どうしたの?」

「これね、ちりょーを頑張ったからって先生に貰ったのよ。可愛いでしよう?」


 ね? と微笑みながらうさぎを傾ける。そうしてうさぎをベッドの脇へ避けると、食事が乗っているキャスター付きのテーブルを手繰り寄せた。

 怪訝そうな顔をしながら、フレンも用意されたパンへと手を伸ばした。瞬間、彼の顔の横を何かが飛ぶ。それは背後の壁にぶつかり音を立てると、そのままベッドへ落ちた。

 呆然とするフレンを、向かいに座る空色の瞳が睨みつける。


「いただきます」

「……え」

「食べる前にはいただきますを言わないといけないのよ」


 静かな声だった。

 フレンは、先程自分に投げつけられた物を確認するために背後へと目を向ける。そこに落ちていたものを見て目を見開いた。

 そこに落ちていたものは、銀色のフォーク。もしも当たっていたらと考え、フレンは身震いした。


「……ねぇ」

「なぁに」

「…………昨日、遅かったけど、どんな治療したの?」


 突然の質問にメリーはきょとんとする。うーん、と唸りながら考え首を横に振った。


「あんまりよく覚えていないの。気付いたらうさぎのぬいぐるみを抱っこしてたのよね」


 こんな風に、とベッドに置いていたうさぎを腕に抱える。そうなんだ、と答えたフレンはベッドに落ちたフォークを手に立ち上がるとメリーへと歩み寄った。

 不思議そうに首を傾げるメリーに、フォークを差し出す。


「はい、これ。フォークは投げちゃダメだよ、危ないからね」

「ありがとう。わかったわ、今度からは投げないようにするわね。ごめんなさい」


 メリーはフォークを受け取ると目を細めて微笑む。その笑顔を見て、フレンは僅かに眉を顰めた。

 この違和感は何なのだろう。

 目の前にいるメリーが、まるで“メリー”ではないようなそんな違和感。

 君は誰、と問おうとしてしかし直ぐに口を噤んだ。きっと不思議そうな顔をされて終わりなのだろう。

 それに、これが彼女なりの防衛反応なのだとしたら。


「……フレン?」


 無言で抱きしめられたメリーが目を丸くする。モゾモゾと身動ぐ彼女を抑えるようにフレンの腕に少し力が入った。それによってメリーも大人しくなる。


「……君は、さ」


 しばらくそのままの状態が続いた後、フレンが口を開いた。


「幸せになりたいって思う?」


 体を離して問いかけたフレンの言葉に、メリーが目を丸くする。壊れた人形のように首を傾げた。


「シアワセ?」

「そう、幸せ」

「私にはわからないわ」


 メリーの答えにフレンは目を伏せる。そっか、と呟くと自分のベッドへと戻った。

 ベッドに座り、両の手の平を合わせる。

 いただきます、と小さな声で言うと黙って食事を始めた。


「あなたは」

「……ん?」


 メリーが呟くように言葉を発した。パンを持ったまま視線を向けてくるフレンには目を向けず、メリーは独り言のように言葉を並べる。


「シアワセ、になりたいの?」

「どうだろう。……なりたい、ちょっと違うかな」


 それきり会話が途絶える。曖昧に答えたフレンに、メリーはそれ以上何も言わない。フレンも敢えて何かを言うことはしなかった。


 メリーの頭の中で、フレンの問いかけが繰り返される。


「……シアワセ……」


 小さな呟きは静かな部屋に溶ける。

 何かが胸に引っかかるような感覚に、メリーは不思議そうに首を傾げるだけだった。





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