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 そんなことを言われると迷ってしまう。

 僕はそれほど、思い詰めていた。しばらく無言で逡巡していたが、決心して僕は父の目を見て言う。

「やってやるよ……本当に僕の悩みを解決してくれるなら」

 僕のその言葉に父は「そうか」と言って、にまりと嫌な笑みを湛えた。実に嬉しそうだ。チクショウ。

「そうだな、お前が転入する学校の手配をしなくては。うん……あそこが良いな。校長は私の知り合いだし、近くにも知人がいるし……丁度良い」

 父は独り言を呟いた。一人で納得して、一人で事を進めている。何故こんな人間が社長という役職を務められるのか疑問に思う。

「快人。これをやろう」

 急に父は立ち上がると机まで歩いていき、その引き出しからスマートフォンを取り出した。黒いボディのものだ。僕にその真新しいスマホを手渡し、父は続けた。

「今持ってる携帯はやめて、こっちのを使いなさい。天都君の自信作なんだ」

「それって……」

 天都という人物は父と長い付き合いの友人で、研究者だ。今は父が経営しているロードのグループ会社に在籍して、機器の開発に携わっているらしい。今父が取り出したスマホは、彼が趣味として作ったものか、もしくは父の依頼のものだ。彼の作品だというと、もちろん普通のものとは違うはずだ。父は僕の反応に答えた。

「ああ、もちろんただの携帯じゃない。例えば盗聴されないよう通信や通話が暗号化されているとか、逆に傍受もできる。他には……なんだっけな。説明書に書いてあるから見てくれ」

 適当に父は説明する。それ、犯罪じゃないか。

「そのうち私の知人宅の地図を送ろう。そこへ行くのは、五月まで待っていなさい。学校の手配がしばらく掛かるからな。それと、怪盗のことについても後々教えてやろう」

「はあ」

 僕はため息をついた。五月か。すぐ行けるわけではないんだ。

「ふふふ……楽しくなりそうだ。なかなかに気持ちが浮き立つ幕開けじゃないか」

 父は悪役のような雰囲気で笑って言った。

「幕開け……」

「なかなか良い表現だろう?」

 僕はその言葉の真意がわからず、曖昧に頷いた。

「また、何かあったら連絡するから」

「わかったよ」

 僕はそれだけ言って、社長室を後にした。


「もしもし、私だ……わかっている。計画は順調だ。私の息子が予定通りこの計画に参加してくれるよ……ああ、肝心なところはまだ言っていない。だが、あいつはきっと盗んでくれるさ。あれだけ準備したんだ………ああ…そうだ……あまり時間がないから切るぞ……ああ、また連絡する」

 ふーっと長い溜め息を吐いて、卯路井崇人は受話器を静かに元に戻した。

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