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「わざわざうちのビルにやって来て、何の用なんだ?私が休みの日でも良いだろう?」

 父はお茶を一口二口飲んでから、居住まいを正して問うてきた。

「父さんは休みでも忙しいだろ。それに、決心が揺るがないうちにと思って。僕は今の学校だと、その……良い高校生活を送れないと考えたんだ」

 僕はごくりと唾を飲み込んで、言葉を選びながら説明した。

「ほう。何故だね?」

 父が腕を組んで促す。

「僕のクラスメート達は皆、親の名声や功績ばかり自慢して、僕に話し掛けてくる奴の中には、自分の利益のために言い寄ってくるのもいるし……ずっと我慢してたけど、もう……うんざりなんだ。だから僕を知らない、違う高校で心機一転をしたい。転校したいんだ」

 この悩みは随分と前からあった。

 所謂エスカレーター式の学校で、中等部の始めはそんなことはなかった。しかし、仲間の空気が年を追うごとに次第に変わっていったのだ。父と母が有名なことを知られる度に、僕はちやほやされた。だがそれが表面だけの付き合いだということを知ってしまった僕は、皆に嫌悪感を抱いたのだ。もちろん、皆の前ではそんな感情はおくびにも出さなかったが。

「ふん、そうか」

 父は整えた口髭をいじりながら、少し考えて口を開いた。

「……快人、怪盗を知っているか?」

「へ?」

 何を言い出すかと思えば……カイトウ?親父ギャグか?父の真意が全く読めない。

「私はね、善意会ぜんいかいという美術品を保護する団体を設立しているんだ」

「善意会……?」

 僕の話題からどんどん逸れていってる……困惑する僕を余所に、父は続ける。

「それでだな、快人……お前に怪盗を務めて欲しいんだ」

「怪盗を、務める?」

「そう、怪盗」

 わけがわからない。冗談かと思ったが、父の表情はあくまで真剣だった。

「善意会のための、怪盗を務めて欲しいんだ」

「何だよそれ?そもそも善意会って一体何なんだ?」

 ついに僕は堪えれられなくなり、声を荒げて父に言った。

「まあ、落ち着きなさい。急に話を進めてすまない。順を追って話そう。善意会はだね、不本意に美術品を奪われてしまった人々のために私たち実業家が、本来の持ち主の元へ美術品を返す……場合によっては善意会に所属している怪盗を使って奪ってでも取り返す……そんな活動をしているんだ」

 どこが「善意会」なんだ。話の腰を折るまいと、僕は敢えてその言葉を口にはしなかった。

「快人、随分不審そうな顔をしているな」

 当たり前だ。こんな怪しい活動に加担するのは、断固拒否だ。

「いやあ、美術品を素直に返してもらえる場合はな、それ相応のモノをちゃんと渡しているよ。お礼の品と共に」

 父は右手を少し持ち上げ、親指と人差し指で輪を作った……相応のモノって金かよ。

「それでだな、快人。怪盗としてこの善意会の活動を手伝ってくれたら……」

 父は一旦言葉を切り、一呼吸置いて言った。

「——お前の悩みを解決してやろう」

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