第22話 シガル長老

 異世界の初日の出も、どこか清々しいものを感じます。


麻子は今年、二回目の初日を拝んだことになります。

新年の日の出に手を合わせてありがたがる麻子を、パルマおばさんとイレーネは面白そうにながめていました。

やはりこういうのは、日本人ならではの感覚なのかもしれません。


朝食を食べ終わって祭儀場に行く支度をしていると、大通りからシャンシャンという鈴の音が聞こえてきました。

外に出てみると大勢の人たちが木の棒の先に鈴をぶら下げて歩いています。パリッとした晴れ着を着た家族連れが、みんな同じ方向に歩いて行きます。


「『お宮』にお参りに行くのかな?」

「アサコのいうオミヤが何なのか知らないけど、みんな新年の大川詣おおかわもうでに行くんだよ。ナウレーヌ川のほとりに大きな鈴の塔が立っててね、塔のそばの滝に願いごとを書いた札を流すと、今年も幸せに暮らせるっていう言い伝えがあるんだ」


ソルマンが麻子に都の慣習を話していると、側で聞いていたイレーネが羨ましそうな顔をして、自分も行きたいと言い出しました。


「今日は儀式があるからダメだよ、イレーネ」

パルマおばさんがすぐにそう言いましたが、イレーネは諦めきれないようで、ソルマンをキラキラした目でじっと見ています。

「ソルマン、その場所って祭儀場の方向とは違うの? 今年の幸せを、私もお願いしたいなぁ~」

「うーん……ちょっと寄り道になるけど、魔導車なら何とかなるかなぁ」


甘い!

イレーネのお願い攻撃に、ソルマンの顔がデレデレになっています。


パルマおばさんは目をむいて麻子のほうを見ると、救いようがないとばかりに肩をすくめました。

いつもツンツンしていたイレーネの変貌ぶりに、麻子も苦笑いをするしかありません。



結局、儀式の後片付けをしに行くという名目で、店で魔導車を借りることができ、おかげで大川詣でもすることができました。

行ってみると、ナウレーヌ川の滝というのがカナダのナイヤガラ瀑布のような見ごたえがあるものだったので、イレーネだけではなくパルマおばさんや麻子も楽しむことができました。


山のふもとにある祭儀場に着いた時には、予定していた時間ギリギリでした。

ソルマンの魔導車がやって来たのを見て、一人の女の人が馬車のすぐ側までやってきました。


「ソルマンさんですか?」

「はい」

「シガル長老がお呼びです。皆さんもご一緒にということです」

「わかりました」


女の人は鋭い目でイレーネと麻子をじろりとにらむと、サッときびすを返して祭儀場の横を通り抜け、山の奥の方に向かって歩き始めました。麻子たちは女の人を見失わないように、すぐに馬車を降りて追いかけました。


樹々が深い山道を途中で左に折れ、少し小高くなった山肌をぐるりと回ったところにお屋敷の裏口のようなものがありました。


「こちらです」

女の人は最小限の言葉を発すると、裏木戸を通って裏庭の方へ行き、屋敷の使用人が使う勝手口から麻子たちを家の中に忍び込ませました。

そこは台所のようで、何人もの人たちが忙しそうに料理を作っています。

女の人は働いている人たちに「ガラナ商会の人が来られました」とだけ伝えて、麻子たち全員を急かして、屋敷の奥の方に連れて行きます。


暗い廊下を何回も曲がりながら進んでいくうちに、麻子はスパイになったような気がして、ドキドキしてきました。


中庭のそばを通り過ぎたところで、女の人は大きな部屋のドアをノックしました。

「エロールです」

「……お入り」

部屋の中からくぐもった年老いた声が聞こえてきました。ここがシガル長老の部屋なのでしょう。

鈴の彫り物がしてあるドアノブを回すと、リンッと音がしてドアが開きました。


部屋の中には微かにお香の匂いがしていました。


窓際の安楽椅子に100歳ぐらいに見える白髪頭の老婆が背中をかがめて座っています。

この人がシガル長老でしょう。

長老は薄目を開けて、じっと麻子の方を見てきました。年老いた人なのに、目に奇妙な力があります。


「ほうほう……この子がアサコだね。はぁ~お告げのとおりだね、マクス坊に波動が似ている。魔力量も今のナサイア一族には勝てる者がいないだろう。どうやら本当に諦めねばならないようだよ、エロール」


長老がため息をつきながら、側にやって来た案内人の女の人の手を取って、手のひらをトントンと叩きながら、女の人の顔を気の毒そうに見上げました。

エロールと呼ばれた女の人は、長老のしなびた手を優しくにぎりながら、悔しそうに唇を噛みしめます。

一度下げかけた顔をキリッと上げ、長老の向かいに座っているマクスをにらみつけました。


アサコ達四人は戸口のところで置いてけぼりにされていましたが、長老の言っていることを聞いて、女の人の正体がわかりました。

エロール、マクスの元婚約者の人ですね。

新政府側に縁があるといっていました。


マクスは婚約を解消したと言っていましたが、エロールはまだ納得していないようです。


それはそうかもしれません。

急に婚約を解消したいと言われても、今まで育ててきた感情はすぐに消えてしまうことはないでしょう。


エロールさんの気持ちを思うと、麻子もうつむきそうになりましたが、ここで引いてはダメだと思いました。マクスを信じて、自分たち二人の繋がりを信じて、堂々と元婚約者の方に対峙しなければなりません。


「こんにちは。お初にお目にかかります、三浦麻子と申します。この度はお二人の間に割り込むようなことになってしまい、申し訳ありません。マクスさんのことを大切にします。どうかお許しください」


頭をさげた麻子のもとに、マクスが慌ててやってきました。

麻子の横で一緒に頭を下げるマクスを見て、エロールは驚いているようでした。


「マクシミリアン様……バンダル家の家長が頭を下げてはいけません。ましてや貴方はナサイアを、いえパンガリアン大陸をべる方」

「しかし君に嫌な思いをさせてしまったことには変わりはない。申し訳なかった」


エロールはマクスと麻子を見ていましたが、しばらくしてクスリと笑いました。

「あーあ、これもババ様のせいよ!」

「そうじゃな。けれど、娘の孫可愛さに婚約を言い出したわけではないのじゃぞ」

「わかってる、私が選ばれたのは年頃の娘の中で魔力量が大きかったからよね。ほら、そういうことよ、アサコ! 許す許さないじゃないの。二人とも……お幸せに」


精一杯の虚勢だったのでしょうが、エロールさんがそう言ってくれて助かりました。


やっとゆるんだ部屋の空気の中で、シガル長老が口を開きました。

「今年の儀式は荒れそうじゃ。ウランジュール家の本家に旧政府の人間が出入りしておるらしい」


どうやらマクスが儀式に出るだけでは、ことが収まりそうにないのかもしれません。

いったいどうなるのでしょうか。

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