第21話 大晦日

 思ってもみなかったことに、麻子はトーチラス国の首都ザリンで年越し蕎麦を作っていました。


急遽きゅうきょ、買って来た大きな寸胴鍋にブーケガルニとくず野菜、それに鶏ガラを入れてグツグツと煮込みます。しっかりと素材の味が出た汁をこすと、スープストックができました。そこに大根のような味がするかぶとオレンジ色をしたニンジンを拍子切りにして入れます。豚こま肉を入れたら味を付け、アクを取りながらしばらく煮込みます。

かつお節や昆布がないので完璧な洋風の汁物になりますが、麺のほうも細めのパスタですからこの方が味の馴染みはいいかもしれません。


汁がコンソメ味でさっぱりしているので、ブリの煮物の代わりに濃厚な下味をつけた鶏もも肉の唐揚げを作りました。年越しそばに見立てたスープスパゲティに添えて食べやすいように、丸い形のものではなく斜めに削ぎ切りにしてあります。

緑の彩りが欲しかったので、塩コショウと白ワインビネガー、オリーブオイルをかけたホウレン草を生のままでサラダにしました。刻んだ黒オリーブのピクルス、揚げ玉ねぎ、すりおろしたチーズが味のアクセントになってくれるでしょう。


ここのところ自然に採れる食材に塩をかけて食べるというシンプルな食生活をしていたので、色々な調味料や材料を料理に使えることが楽しくてしかたがありません。


「アサコ、こっちはシェパードパイが焼きあがったよ」

パルマおばさんがこんがりと焼けた大皿のパイを三つ、テーブルに並べました。大き目のスプーンをパイに差し込むと、とろけるチーズが絡んだクリーミィなマッシュポテトの間から、トマト味がついたひき肉がホカホカと湯気を立てて顔をのぞかせます。


「うわぁ、美味しそう! これは味見をしておかなくちゃね」

イレーネがさっそく小皿を持ってきて、つまみ食いをしているのをパルマおばさんが笑ってたしなめました。

「こらこら、味見なんだからお代わりは無しだよ」

「イレーネ、私にも一口ちょうだい!」

「なんだいアサコまで。しょうがないねぇ」



ご馳走が出来上がった頃に、ソルマンが帰って来ました。

新年の儀式に必要な品物を祭儀場まで持って行ったのです。品物に紛れてこっそりと潜入するためにマクスもついて行きました。ソルマンが一人で帰って来たところをみると、上手くいったようです。


「うー、寒い寒い。いい匂いだな。寒い外から帰って来た時に、あったかいご飯が待ってるとホッとするよ~」

夕方になって冷え込んできていましたが、外は雪になったようです。ソルマンの上着についていた雪が室内の温かさでとけて光っていました。


「おかえり、ソルマン!」

「ただいま、イレーネ。」

あらら、イレーネとソルマンは軽く抱き合って挨拶をしています。

いつの間にこんなにラブラブになったんでしょう?

麻子がパルマおばさんの方を見ると、おばさんは麻子の方を向いて口角を上げながら、ニコニコと頷きました。

どうやら、ここのところずっとこんな感じになっているようですね。


「マクスさんは無事にシガル長老様の屋敷に入れた?」

「ああ、祭儀場の奥にナサイア一族の家長しか知らない抜け道があるらしくて、そこを使ったみたいだ。しかし儀式の物品が重なってるんだよ。ウランジュール家がニュウル商会に頼んだものがもう置いてあったんだ。どういうことなんだろうな?」


「シガル長老は本家のウランジュール家と手を切られたということだろうね。マクスの失踪にウランジュール家の当主が関わっていることがわかったんだろうよ」

麻子はパルマおばさんの予想が当たっていればいいなと思いました。

「まずはシガルばあさんを説得しないと話が始まらない」

マクスがそう言って、今夜シガル長老の屋敷に行くことにしたので、麻子は心配していたのです。

シガル長老は何といってもウランジュール家の傍系の出です。本家の意向に逆らうのは大変なんじゃないでしょうか?



麻子たちは大晦日の夕食を食べながら、ソルマンに明日の儀式について聞いていました。

どうやら自分たちにも役割があるようです。


「アサコは儀式の間はずっとシガル長老の側にいるようにと、マクス様は言ってらしたよ」

「はい、わかりました。でも……ナサイア一族の人たちに何か言われないのかな?」

「侍女の制服を用意してもらうそうだから、それはごまかせるんじゃないかな」


なるほど、それなら側についていても大丈夫そうだね。


「パルマおばさんは祭儀場の扉の側にいてもらって、事が起こった時に皆を鎮めてほしい」

「なんだい、事を起こすつもりなんだね」


パルマおばさんは楽しそうに目をキラリと光らせます。


「イレーネは、マクス様の登場の手助けをしてほしい。タイミングは僕が指示するからさ」

「フフフ、面白くなりそうね」


どうやらマクスは他の人に内緒にしたまま、新年の儀式に出るつもりのようです。

ナサイア一族の家長の人たちを驚かせて、一気にその場を掌握しょうあくしていくつもりなんでしょう。


大晦日の食卓を賑やかに囲みながら、皆で明日の儀式の予定を話し合っていましたが、一番驚かされることになるのはナサイア一族の人たちではなくて、麻子の方になるかもしれません。

どうやら新年早々、事態は混迷の様相をみせてくるようです。

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