第5話 そういえば、ここも異世界ですね

 「何だここは…………? 山、じゃない」


目の前には麻子には見慣れた風景が広がっていました。

まずは隣の家の芝生が広がり、門扉の先に見える市道があります。その向こうには岡本さんちの細長い田んぼがあり、最近、次々と立ち並び始めた新しい住宅街につながっています。市道を右にちょっと行くと牛乳を作っている大きな工場があります。反対側の左手に進んで行くと西尾にしお駅があって、賑やかなお店が建ち並んでいます。

麻子が住んでいる岸蔵きしくら市は日本によくある中核市なのです。県内でいうと2番めに大きい市になるでしょうか。西尾町は岸蔵市の中心部からは西に外れた所にあり、ここ何年かは都会に住む人たちのベッドタウンといわれるようになってきました。


「うちは隣の家なんです。あの……鍵をかけるので、こっちによってくれませんか?」

「う? あ、ああ」

ぼーっと周りを眺めていたマクスの大きな身体にどいてもらって、麻子は隣の玄関に鍵をかけました。

「それからその銃みたいな武器はしまってください。日本ではそんなものをチラつかせると、銃刀法違反で警察に捕まっちゃうんです」

「……わかった」

マクスの持っている短銃は、少し前からもう麻子を狙っていませんでしたが、武器などを見たことがない麻子からすれば、目に見えるところにあるだけで落ち着かない気分だったのです。

マクスが上着のポケットにそれをしまってくれて助かりました。



 女性の独り暮らし感が満載のパステルカラーでまとめられた部屋の中に、いかつい山男ぜんとしたマクスが座っているところは、違和感がありまくりです。

麻子の家は亡くなった父親が生きていた頃には、まだ普通のインテリアでした。けれど、この六年間で少しずつ、麻子好みのナチュラルな部屋に模様替えしていったのです。


「粗茶ですが、どうぞ」

麻子がおしぼりと花柄のティーカップに入れた紅茶をマクスの前に置くと、マクスは茶色の目でチラリと麻子を見上げました。

「同じテーブルに座って、同じお茶を出せ。それが我が国のもてなし方だ」

マクスに言われて、麻子はハッとしました。そういえばパルマおばさんに教えてもらっていたのです。日本の家にいたことで、そのことをすっかり忘れていました。


「すみません。そういえばトーテレスでは、そんな作法がありましたね。聞いたことがあります」

「トーテレスではない、トーチラスだ」

「トーチラス? ええっと、そうだったかも? ダレン村の名前はよく口にするんですが、国の名前は一度教えてもらっただけだったから……」

「まったく……国の名前もろくに覚えていない人間をスパイだと疑っていたとは。俺も落ちたな」

「へ? スパイ? ふふふ、冗談ですよね」

自分の分の紅茶も用意して、作りおきしていたクッキーと共にテーブルにのせると、麻子はマクスの前に座りました。


「もういい……ところで、この丸めた布は何に使うんだ?」

疲れた顔になったマクスは、おしぼりを指でつまんで持ち上げました。その時、マクスの手の泥がおしぼりにべったりとつくのが見えました。

ヒッ、先に洗面所に案内すればよかったかも。あの泥汚れって、洗濯で落ちるかしら?


「えっと、手拭きです。歳を取るとそれで顔を拭く人もいますが、若い人は……えっ?!」

麻子が説明している間に、マクスはおしぼりで顔を拭いてしまいました。レンジでチンして温めて出したおしぼりだったので、マクスとしては気持ちが良かったみたいです。ごしごしと顔を拭いてさっぱりしたのか、この家に来てやっと落ち着いたといった様子で、紅茶を美味しそうに飲み始めました。

麻子はテーブルに置かれたおしぼりの末路を横目で見て、『雑巾ぞうきん行き決定』と呟きました。



「しかし贅沢だな」

「はぁ」


お茶うけに出したクッキーをマクスがボリボリと平らげてしまったので、お腹が空いているのかな?と思って、麻子は夕食を早めに作ることにしたのです。

昨日は留守にしていたので、冷蔵庫にはろくなものが入っていませんでした。

ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ベーコン、チーズ、卵などの常備している食材を使って、メインの品はスパニッシュオムレツにしました。

これにケチャップをかけて食べると間違いがない美味しさです。

そしてレタスとトマトで簡単なサラダをこしらえて、ドレッシングをかけます。もう一品はカットトマトの缶詰と残り物の野菜を入れて煮たトマトスープにしました。

パンも冷凍庫に保存していたものにバターをぬって、トースターで焼いただけです。


マクスの山小屋で食べたステーキの方がよほどご馳走なような気がしましたが、マクスからするとこの有り合わせの献立が贅沢極まりないものだというのです。

「冬には食べられない野菜がこんなにたくさんあるだろう。それに貴重な卵や牛乳を使った料理もある。複雑な味がする調味料も驚きだ。これだけの食材を駆使して、短い時間でうまい料理を作ってしまえるアサコもすごい」


ああ、そういうことか。

そういえば以前、イレーネにチョコレートをあげたら、神様の食べ物だと言って感激してたことがあったな。この料理は、あっちの国では手に入りにくい食材が多かったのかも。


「魔電力製品も多い。お前の魔力量は、王族並みだな」

ああ、何か勘違いが入ってますね。

「マクスさん、この『家電』じゃない……台所道具は『電気』というもので動いてるんです。私は魔法を使えません」

「デンキ? 魔法と何が違うんだ?」

難しい質問ですね。

「私は魔法のことを知りませんから、どこが違うとは言えませんが、とにかく違うんです!」

「ふん、デンキ……どこかで聞いたような言葉だな。隣国のファジャンシル王国の新しい産業の名前が、確かそんな名前だったような気もする。ふむ……」


へぇ~、異世界にも電気があるのか。

ということは、イレーネたちが住んでいるトーチラス国は後進国っていうことになるのかな?


とにかくこの世界のことをマクスに説明するのは大変なようです。

この後、二十四時間営業のスーパーにマクスを連れていくべきかどうかを、麻子は悩み始めたのでした。

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