既読スルーは七十年後のお祖母さん

新巻へもん

未練のメッセージ

『サラ。帰って来たよ』

 メッセージアプリで送った女々しい伝言。既読のマークは付いたが返信はない。まあ、当然だろう。既読マークがついたこと自体が驚きだ。


 指揮シートに座った私に軽い振動が伝わる。アルファケンタウリを目指した恒星間移民船N・アームストロングは、無事に地球の周回軌道上ステーションのドックに入った。


 ***


 サラとの交際は私の一目ぼれで始まった。交際は順調に進み、あの事故さえなければに結婚していただろう。あの悲惨な事故により、私より名簿の前に記載されていた候補者が一斉に故人となり、人類初の恒星間移民船船長の座が私に回ってきた。


 断ることもできたかもしれない。だが、私は莫大な費用をかけて育成された宇宙飛行士だった。国家の威信がかかったこの事業から降りれば、二度と日のあたる場所に出れないことも明白だった。


 私が彼女より仕事を取ることを告げた日以降、私から送ったメッセージはすべて既読スルー。この航海が無事に終わったとしても亜光速航行のウラシマ効果により、地球では70年の歳月が流れてしまう。一人の人間を待つにはあまりに長い時間だ。


 私の送ったメッセージを既読スルーしたサラは70年後のお祖母さんだ。きっと誰かと結婚し子供を設け、孫もいることだろう。私のメッセージも単なる義務的なものに過ぎない。


 他の船員達が下船した後にゆっくりとドッキングゲートを通って、宇宙ステーションに歩いて行く。式典は地上に降りてからだ。ステーションでは私を出迎える人はいない。


 物陰から一人の人物が進み出る。

「サラ。まさか……。そんな」


「久しぶりねヒューイ。主観時間では3年ぶりというところかしら」

 分かれた時とほとんど変わらない容姿のサラが懐かしい笑みを浮かべて立っている。


「ヒューイ。顎が外れそうよ」

「ど、どうして、君が……」

「私はサラの孫よ。祖母によく似ているでしょ。驚いた?」

 ああ。そうだ。私は何を期待したんだ。彼女に会わせる顔も無いはずなのに。


 目の前のサラの孫が笑い出す。朗らかで心の底からの明るい笑い声。まるでサラそっくりだ。

「ヒューイ。嫌ね。たった3年で彼女の顔も分からなくなったの?」


 混乱する私に彼女が駆け寄り、私をきつく抱きしめる。これは間違いなくサラだ。全身の感覚がそう告げる。


「しかし、どうして……」

「どこかのおバカさんが次に私の前に現れるのが70年後と知って一時は絶望したわ。でも、私もそのおバカさんが忘れられない、それ以上のおバカさんだったってわけよ」


 黙って見つめるだけの私にサラは言葉を続ける。

「それで、私は探査船のクルーに志願したの。ちょうど地球に1年前に戻ってこれる船があって良かったわ」


 ああ。サラは優秀だった。一途で頑固で。彼女ならやると決めたら達成するだろう。ゼロから宇宙飛行士になるのだって無理じゃない。そんなに簡単なことじゃないのだがな。


「メッセージを返しても良かったんだけど、やっぱりこういうことは面と向かって言ってもらわなきゃ。さあ、ヒューイ。70年前に言うはずだったセリフを言って」

 

 私はサラを抱きしめて、その言葉を伝えた。

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