第4話 吸血鬼を想う

――正座


 ユグドラシルでは、たとえ正座をしても視界が下がる程度で足が痛むということはない。


 しかし視線を下げ、頭の上からキツイ声が聞こえてくる。


 ただそれだけで、自分が悪いことをしたという意識が芽生える。


「あんた、明後日までにやるべきことわかってなかったのね。そして、それができないと、どんだけ仲間に迷惑かけるかも理解してなかったでしょ」


 淡々とではあるが、あらん限りの怒気を乗せた声が響き渡る。


 毎日のように聞く姉の声にペロロンチーノは背筋に氷でも通され、身も震え上がるような錯覚に陥る。

 

 そして同時に思う。


――ああ、またやっちまった


 ペロロンチーノは社会人であり、いい大人である。ノリが良いためムードメーカーが定位置で、良くも悪くも目先のことに集中しすぎてしまう点がある。しかしムードメーカーとしての力は職場環境の雰囲気に直結し、集中できることは評価にもつながる。もちろん、定時で帰りたい一心で集中していることはバレバレだが、それでも真面目に取り組んでいるのだから、社会人としての評価は悪くない。


 しかし、いざ社会人としての意識的枷がなくなると、配慮が抜けてしまう。「それは頭のどこかで、ゲームだから、遊びだから」という意識によるものだから、つい調子に乗りすぎて余計な一言がでてしまったり、没頭してしまったり……。


 もっとも姉のぶくぶく茶釜はその逆で、ある意味神経質なまでに配慮の人である。それは声優という芸能の世界で仕事をするうちに、より悪化したともいえる。だからこそ、一時期ノイローゼにもなったのだろう。


「五分やる」


 そういうとぶくぶく茶釜は、アバターを動かし床に座る。ペロロンチーノは、急ぎギルド掲示板を呼び出し確認しだす。


 しばし時間が流れる。


 居合わせてしまったモモンガは若干いたたまれない雰囲気になるものの、そのまま放置するわけにもいかないと思いその場に座る。同時に場違いだが椅子一つないこの場を、殺風景な自分のリアルの家を重ねていた。


(せめて、みんなと集まれる場所が必要だよな~。あと個室は、まあ後でいいとしても、みんなで話ができるような……)


「姉ちゃん。わりい」


 ペロロンチーノは、掲示板を閉じるとぶくぶく茶釜に謝罪をする。そして、今度はモモンガのほうに向きなおると頭をさげるのだった。


「モモンガさん。今日話をしてくれたのは、バカやってたおれに気が付いてきてくれたんだな。ありがとう」

「そんなお気になさらず。友達じゃないですか」

「愚弟。あんたのやるべきことを言ってみな」


 頭を下げるペロロンチーノに、ほっとしながら答えるモモンガ。そんなところに、ぶくぶく茶釜は鋭い言葉をかさねる。もっとも言っていることは至極当然な内容なのだが、やはり声優という職業柄なのだろうか、声に乗せる感情というものが違う。アホなこと言えば殺すと言わんばかりの緊張感が漂っているのだ。


「フロアボスNPC担当は、防衛方針をフロア担当と決める」

「ほかは?」

「あと、随伴するNPCも含めて、戦闘AI以外を完成させること」

「そうよ。考察の方は読む時間はなかったでしょうから、ポイントだけ補足してあげる」


 そういうとぶくぶく茶釜は立ち上がる。職業柄しゃべる時のほとんどは立ってあるため、特に意識してのことではないのだろうが自然とその癖がでてしまったのだろう。


「いろいろ考察されてるけど、愚弟に関係するのは二つね。まあ私にも関係があるって点は同じか」


 ぶくぶく茶釜はそういうと一息間を置く。


「一つ目は、ギルドホーム規制チェック”アリアドネ”の存在。公式のギルドホームの項目に何の契約書かって思わせるぐらい、事細かに禁止事項がかかれているわ。そして禁止事項に抵触すると該当フロアは削除され、その上で膨大な罰金がギルド資産から引かれるわ」

「でも、問題があるんですよね~」

「どんな問題が?」


 ぶくぶく茶釜に、困った顔のアイコンを出しながら相づちをするモモンガ。そんな二人にぺロロンチーノは、首をかしげながら質問する。


「あれ、チェックツールとかないんですよ」

「だから、書かれていることが正しく実現できているか、わざわざ人目で確認しないといけないわ」

「マジで?」

「マジです。軽く百を超える項目があるので、チェックだけでもどれほど時間がかかることか。ナザリック規模だと手分けしても一週間は……」

「なまじっか秘密主義のクソ運営が契約書ばりに明確にしてるから、違反してれば公正明大に罰金を徴収しにくるわ」


 ぶくぶく茶釜とモモンガはため息をつくアイコンを頭の上に出しながら肩をすくめる。


 ユグドラシルの運営はまともに情報を出さないのはプレイヤー間では共通認識となっている。サービス開始後数年経過しているのに、どうみても当初から実装されていたと思わしき、アイテムレシピやダンジョンが発見されているのだ。だからこそレアアイテムなどの正しい情報が、ゲーム内通貨、リアル通貨で売買される対象となるほどなのだ。


 そんな運営が珍しく情報を出しているということは、それこそ全力でプレイヤーの資産をむしり取っていくことだ。


「あれ? NPC班の注意事項にはそのへんのことなかったような」

「ええ、NPCのビルド自体には無いわね。へろへろさん曰く キャラ作成メソッドを継承してつくってるから、チェックロジックを外す手間と罰金回収の効果を比較した結果ではないかって言ってましたが」

「いつのまにか罰金回収が目的になってんな~」

「運営のインフレ対策の一つって予想、案外あってるんじゃないかしら?」

「じゃあこの件がポイントってなにさ?」


 けっきょくNPC作成の注意点になっていない一つ目のポイントに、ペロロンチーノはツッコミをいれてしまう。


「オート状態でNPCを動かして、たとえば階層ゲートの唯一の入り口を隠してしまうとか埋めてしまうなどの行動はNG」

「あ~」

「もちろんボスを倒さないと開かない扉とかなら問題ないけど、オート状態のNPCの行動の結果、間接的にアリアドネの規制に抵触する可能性があるのよ」


 NPCには戦闘AIに加え行動AIを組み込むことができる。音声による外部コマンドが一般的だが、行動AIには巡回や一定時間ごとに眷属を呼び出し警戒するなど、自動動作を登録することもできる。しかも行動AIのバグで意図しない結果を引き起こす可能性も十分にあるのだ。


「だからNPCは完成したら一週間オート動作の確認も必要って話になったのよ」

「スケジュールを守っていれば意識する必要ない項目ですが……ね」

「すまん」


 モモンガはフォローしようとするが、実際ペロロンチーノの今の進捗を考えればこんな回答しかでてこなかった。


「もう一つは、傭兵NPCの雇用に関係するんだけど、愚弟も見て気がついたかもしれないけど、今現在傭兵NPCの雇用は金貨0枚で統一されているわ」

「いいことじゃないか? 自由に配置できるんだから……って、そういうこと?」

「悪辣ですよね」


 ぶくぶく茶釜の言葉の問題点に気付いたペロロンチーノ。そしてモモンガも同意する。


 つまり傭兵NPCは今はいくらでも雇用しダンジョンに配置することができる。しかし、壁など構造物と違い、罠は発動ごとに、傭兵NPCは維持コストが必要となる。もちろん維持コストを低減する施設というのもあるが、極論で無駄に多く配置すればギルドの財政を圧迫することになり、少なすぎればプレイヤー襲撃時の足止め役がいなくなる。


「その辺はぷにっと萌えさんとか音改さんを中心に四・五人集まって日替わり総チェックしてくれるそうです」

「あ~」


 ぷにっと萌えはギルドにおける軍師的人物である。そして音新は、ギルド内でも唯一の商人スキル持ちだが、リアルでも会計に携わる仕事をしており、この手のことはある意味で慣れた分野といえる人物である。


「どっちにしろ、スケジュール通りに進めないとギルメンに迷惑かけることはわかった?」

「はい」

「それにね」


 ぶくぶく茶釜は、今の今まで出しっぱなしだったNPCの方に顔を向けながら言う。


「せっかく作った嫁が、ただの木偶の坊になってプレイヤーに狩られるって嫌でしょ」


 その言葉を聞いたペロロンチーノは、なんだかんだと姉は自分の理解者であると思ったのだった。

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