第3話 ロマンと現実のすり合わせ、そして最強の敵、姉

 ペロロンチーノがボスNPCの制作に入ってから十二日目。


 外見は裸状態で作られたモデルに、イラストからの変換したモデルを同期させていた。さらに、まさしく愛が無ければできないボーンや重力、稼働範囲設定、硬度設定など細かい作業を繰り返した結果、服装や装備データだけ交換しても粗が一切見えない完成度を誇る外見が完成した。


 加えて、第一から第三層のフロア担当のガーネットとも協力して、フロアの方にも改修を加えた。


 まずは第二層に屍蝋玄室とのちに名付けられるボスNPCの住居。プレイヤーが通るルートはまるで古典の冒険映画に出てくるような朽ちた玄室だが、正しい手順を踏むことで、ボスNPCのプライベートスペースに入ることができる。


 このプライベートスペースはまさしくエロゲー・イズ・マイ・ライフと自称するペロロンチーノと、リアル建築士ガーネットの魔のコラボレーションが発揮された空間であった。


 部屋も廊下も不必要な明かりはない。そして四隅には香炉が置かれ、うっすらと煙が立ち上り視界を遮る。しかし、問題はそこからだった。どこから持ってきたのか不明だが、まるで王侯貴族が利用するような豪華なソファーやベットなどの家具一式。それらを照らすのは、燭台の蝋燭の揺らめく柔らかい明かり。しかしその色は家具と混ざりどこか朱と黄金を感じさせ、一切直接的で下品なものがないのに淫靡な空間を演出していた。


 そして屍蝋玄室の先に広がる地下聖堂。


 中に入れば一〇〇メートル四方の空間が広がり、崩れ落ちた台座、破壊された長椅子。壊れかけながらも生者には不快な音をかき鳴らすオルガン。


 不用意にプレイヤーが入れば六人目で、大きな音とともに聖堂の扉は閉ざされ、ボスを倒さない限り出ることはできない。


 単純だが、心理的にはクル演出。


 そして広間の奥、朽ちた台座に座る一人の美少女。長い銀髪に白蝋のような白い肌。深紅の瞳。黒と紫を基調とした舞踏会用のドレスとボレロカーディガン、フリルとレースで飾り付けられたそれは可憐とも優美とも感じさせるデザイン。そして少女に侍る五人の吸血鬼の花嫁ヴァンパイア・ブライド……。


 

*****


「どうです? モモンガさん」

「あ~」


 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルマスにして、ぺロロンチーノの親友であるモモンガは、雑談という名目でペロロンチーノの進捗を聞きにきたのだが……。まるで待ってましたとばかりに、設定から演出、そして苦労話にいたるまで懇々と語られてしまったのだった。

 

ーー軽く一時間ほど


「外見も、配置もいいとおもいますよ」

「ですよね」


 実際、この完成度のNPCをモモンガは見たことがなかった。


 なにかと凝り性が多い、アインズ・ウール・ゴウンの面々だが、外観やストーリーなどでここまで作りこんでいる人はいなかった。


 厳密には、キャラを作りこんだ上で、フレーバーテキストに一万文字近い文章を書きあげているタブラ・スマラグディナなどもいるが、あくまでキャラに突出したものであって、フロアなどまで作りこみがされているわけではない。


 また、さすが姉弟というべきか、第六階層を担当するぶくぶく茶釜は、フロア担当のブループラネットとフロア配置と合わせたNPCのスキル構成で効率的な防衛を可能としている。もっとも最終防衛ラインは八層であるため、防衛というよりも消耗を強いる構成になっているのは、彼女なりにギルド防衛の全体像を考えてのこと。


 しかし……。


「あの、こ……」

「で、モモンガさんのNPCのほうはどうなんですか?」

「ああ、私のは後回しです。宝物庫担当なので、急ぎじゃないんですよ。ってより皆さんの進捗確認が思った以上に忙しいので」


 これだけですか?


 そう質問したかったモモンガはペロロンチーノの言葉に遮られる。実際、今のモモンガは、ある意味で一番忙しい。方針こそ決めたが、実際作り始めるといろいろ問題がでてくる。それを調整しながらなんとか期日までに間に合わせる必要があるのだ。ゲームの中でまで仕事をやってられるかと投げだしそうになると同時に、頼られる嬉しさを感じているモモンガは、社畜根性なのか、それとも承認欲求に満たされたいだけなのか正直わからなくなってきていた。


「ですよね。やっぱり全階層一斉の防衛線構築って」

「大変ですね。でもほら、このギルドってなにかと」

「恨みを買ってますからね~」


 現在、ナザリックがギルド アインズ・ウール・ゴウンの拠点とバレている様子はない。気になって外部掲示板やブログなどもチェックしたが、それらしい情報も無かった。


 とはいえ、安心できるものでもない。


 ある意味ゲームだからと好き勝手している事実を自分たちが一番よくわかっているからだ。まあ、自覚しているが、自重しないのがこのギルメンたる所以なのだろうが。


「しかし、実際最低限が揃うのが明後日。そして困ったことに、NPC制作チームと罠設置チーム以外は総出でお金稼ぎにいかないといけないみたいなんですよね」

「なんでまた?」

「NPCはポイント割り振りで、持たせるアイテムもプレイヤーのものを流用するので問題ないんですが、復活の時はお金がかかります」

「ですね」

「フロアや罠は仮組の段階ではお金かからないんですけど、設置された段階で初期費と維持費が発生します。どうやら最初の一か月は維持費は発生しないようなんですけど、それを過ぎると結構がな額が発生しそうなんですよ」


 そう、いま一番モモンガが頭を悩ませているのは、NPC達のことではなく維持費のことであった。


「そういえば、いままでギルド拠点がなかったので、お金は銀行口座の上限までしかいれてませんでしたからね」

「今更なんですけど、あの口座上限って少なすぎですね」

「まあ、小さくてもよければ拠点はすぐに作れるので、さっさと腰を落ち着けろってことなのかもね」

「でしょうかね」


 ユグドラシルにおける銀行口座の上限は十億。そしてナザリック全体の初期費用は二〇〇億程度。維持は初期費用の一%。


 そう考えると、防衛線の一斉稼働は厳しいという見解にもなるのだが、やはり一周回ってギルドの悪名や敵の多さがネックとなってしまうのであった。


「そうそう、ぷにっと萌えさんがいろいろ仕様調べてたんですけど、誰も入れない部屋を作ることはできるみたいなんですよね」

「へ~。あれ? ガーネットさんがキャラクターが通れる一本筋が必要って言ってたような」

「あの制限って入口からダンジョン制覇を意味するフロア、うちでいうと玉座の間との間の制限みたいなんですよ。逆に、通路指定されない場所であれば密閉空間とか、それに近い制限のものも作成できるみたいなんですよね」

「ルールの穴ってより、クソ運営の最後の良心ですかね」

「むしろクソ運営は、それすらもギルド突破報酬の一つと考えているんじゃなかってぷにっと萌えさんが言ってました」


 ギルドメンバーのみが入れる宝物庫を作り、そこにアイテムや金貨をためこんだとしても、ギルド自体が攻略されてしまえば、そのアイテムや金貨は攻略した者たちのものになってしまうのだ。


「なるほど、ギルド攻略の報酬をプレイヤーに作らせるという考えか。さすがクソ運営。考えることが汚い」


 さて、そんな話をモモンガとペロロンチーノがしていると、ちょうど一人ログインしてきたのであった。


「さ~今日も頑張ってうちの子作りましょうか!」


 そんな風に叫びながらログインしてきたのは、てかてか光るピンク色のスライム。しかし口悪く表現するならばピンク色の肉棒といったほうがしっくりくる姿をしたプレイヤー、ぶくぶく茶釜であった。


「こんばんわ。茶釜さん」

「姉ちゃん。乙」

「こんばんわモモンガさん。あと弟。てめえ挨拶もできんのか」

「お仕事おつかれさまです。姉様」


 姉弟の軽いコントをみながら、モモンガはふと雑談する前に言いかけたことを思い出した。

 

「そういえば、ぺロロンさんのNPCって外観とフレーバーテキストは結構はいってましたけど、スキルとかAIはどうしました?」

「え?」

「え? まじでアレでおしまいですか」

「おう」


 モモンガはイヤな予感を感じながら確認すると、ペロロンチーノは胸を張り全力で是とかえしてきた。


「種族やスキルも外見に影響のあるものだけ設定されていて、レベルも三十台なんですが、どうやって防衛するんですか?」

「えっ? まだスキルを組んでませんからできてませんよ?」


 さすがのモモンガも頭を抱えた。そしてそのリアクションを見て、姉のぶくぶく茶釜も状況を察したのだろう、若干低い声だがぺロロンチーノに命令する。


「ちょっと私にも見せなさい」

「え~」

「口答えすんな」


 情報開示を要求するぶくぶく茶釜に、まるで様式美だというように不満を返すペロロンチーノ。だが、それでも一言で従わせるのは姉の貫禄なのだろう。


 しぶしぶと渡されたデータをぶくぶく茶釜は確認する。


 もしこれがアニメであればそれこそ額に血管でも浮き上がり、どんどん表情が消え失せていたことだろう。しかしユグドラシルには表情の表現はなく、感情が昂ぶってもアイコン表現も入れず口を開かなければ、なにも表示はされない。


「愚弟。正座」

「えっ」

「もう一度言う。愚弟。正座」

「はい」


 この状況にペロロンチーノの姉であろうぶくぶく茶釜が動き出す。一回目はネタかとおもったペロロンチーノも、二回目の声優特有の感情の乗ったセリフに、脊髄反射のように正座をし、なぜか頭を垂れるペロロンチーノであった。


「あんた、明後日までにやるべきことわかってなかったのね。そして、それができないと、どんだけ仲間に迷惑かけるかも理解してなかったでしょ」


 その時、背筋に氷でも通されたような、身も震え上がるような淡々とではあるがあらん限りの怒気を乗せた声が響き渡った。

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