3

 再度、男の子を見かけたのはそれからまた数日後のことだった。その日は近所の神社で夏祭りがあった。


 午後四時を回ったにもかかわらずなおも蒸し暑く、しきりと喉が渇いた。これだけ開けた視界でも、コンビニや自動販売機の類は見当たらない。畑。民家。ビニールハウス。少しだけ都会が恋しくなった。


 ふと、道の向こうに目をやると浴衣の子供たちが小走りに駆けてくる。それまでにも、浴衣を着た子供たちと何度かすれ違っていた。


「おじさん、こんにちは」


 一人が口火を切ると、他の子供たちも口々に「こんにちは」と挨拶を浴びせてきた。


「こんにちは」


 わたしは挨拶を返した。子供たちはそのまま神社に向かって走り去っていく。誰一人として見覚えはない。子供たちにとってもわたしは見知らぬ大人であろうに気安いものだ。人が少ないということもあって、道端で誰かとすれ違えば必ずこうして挨拶してくる。わたしはほほえましさを覚えるとともに、どこか痛みを感じた。


 男の子はまた例の畑の端にしゃがみこみ、地面にスコップを突き立てていた。オレンジの野球帽と黄色いリュックサック。遠目でもはっきりとわかった。


「やあ」


 わたしは声をかけ、畑の手前で足を止めた。


「夏祭りには行かないのかい」


「なんでそんなこと訊くの?」


「子供ならそういう場所に行きたがるものだと思って。さっきも祭りに行く子たちとすれ違ったし。君も友達はいるだろう?」


「でも僕は骨を探さないといけない」


「熱心なんだね」


「しょうがない。こればっかりはどうしようもない」


「なんならおじさんが夏祭りに連れて行ってあげようか」


「いい」


「本当に?」


「いいから」


 男の子の口調にかすかな苛立ちを感じ取って、わたしは戸惑った。


「あそこの家の子じゃないんだってね」


「うん」


「おうちはどこかな」


「あっち」と少年はスコップを持った手で方向を指差した。目線をやるが、そっちの方角には民家がいくつかまばらに立っており、どれが少年の家なのかは判別がつかない。


「今日も骨を探しているのかい」


「うん」男の子は言った。「ねえ、おじさん。おじさんには骨の泣き声が聞こえる?」


「骨が泣くのかい?」


「そう、泣く。ちゃんとしたお墓に入れなくて泣いてる」


 ふと今朝の新聞で、南方の島々に派兵された日本兵の遺骨を回収する事業が紹介されているのを思い出した。


「君にはその声が聞こえるんだ」


「そうじゃなかったら、骨の場所がわからない」男の子はいたく真剣に答えた。「骨は僕の友達なんだ」


「手伝おうか」


「いい。僕の骨だから」


「そうか」


 男の子はそう言って、手を止めた。男の子の掘っていた穴からまた新たな骨が出てきたのだ。


「よかったね」


 男の子はそれには答えず、骨をじーっと観察していた。それから、「ダメ」とつぶやき、骨をそこらに投げ捨ててしまった。


「気に入らなかったのかい?」


「人間の骨じゃないと意味がないから」


「人間の?」


「そう」


「まさか、昨日くれた骨って……」


「人間のだよ」

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