† 〜後悔1〜

 独房に放り込まれてからどれだけの時間が経っただろう。虚無を見ていた瞳が、檻越しに現れた影を捉えた時、再び意識を覚醒させる。

 胸の奥から沸々と沸き起こる激情に、シンは歯を喰いしばり手を硬く握り締め拳を作り、足に力を入れて膝を伸ばすと、身体に残る全ての力を使って影ーークルドを睨み上げた。


「どうして、どうして、干ばつが起こるって、分かっているのに事前に準備とかしておかないんだよ! 何十年も起こっていることなんでしょ! なら、水を蓄えておく貯水庫を造るとか、色々な方法を考えれば」


「だからだ」


「え?」


 壁から背中を離し、クルドは正面からシンの睨みを受け止めた。


「だから、生贄を海に流すという伝統が生まれたんだ」


 クルドは伴侶ではなく、間違いなく生贄と言った。雨神様の儀の、意味を分かっているからこそ言えるセリフだ。


「なら……」


 奥歯が擦れる音を耳で聞き、握った拳を壁に打ち付けた。


「なら、それが間違った行為だと、何でみんなに言わないんだよ。人を流したところで、雨なんか降るわけが……」


「降る」


 目を閉じ開き、クルドは遠くを見るように、シンから目を反らした。


「高確率で降るんだ。だから、止められない」


「――――――っ!!」


「何よりも、妹を救う唯一の手段をお前はおまえ自身の手で蹴った。常々、言っているだろう」




『弱き者に価値はない。』




 シンは叫んだ。何かを伝える為ではなく、吐き出すために無意味に声を上げ続けた。


 いくつもの光景が走馬灯のように駆け抜け、シンの中から零れ落ちていく。


 強ければ守れたかもしれない。


 訓練では役に立たなくとも、本番では万が一の可能性があったかもしれない。


 様々な可能性と希望の光りが、シンの断末魔と共に独房に響いては空しく消える。


 クルドはそれを黙って見守る事しかできずにいた。


 同じ傷を知るもの同士。クルドにはシンの気持ちが痛いほど分かった。分かるが故に、戦いを回避する方法など思いつきもしなかった。


 “リディアの戦士”である以上、戦って勝つ事しか、その者の価値はない。クルド自身にも身体の隅々まで染み込むように叩き込まれた教えだ。


 シンが疲れて寝入った頃を見計らって、クルドはシンに背を向けてその場を去った。


 雨神様の再来の儀を行う為に。






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