† 〜残酷な現実〜


 村長の家には、すでに二十人の“戦士”たちが集まり輪になって村長を囲んでいた。

 他の家よりも二回りも大きく、村で作られた装飾品も、室内を華美にし過ぎず、質素な雰囲気をかもし出している。しかし、どう見ても職人たちが手間隙を掛けて作ったタンスや家具というのは一目瞭然だ。これほどまでに白に塗りつぶされた家具は他の家にはない。敷物も機織りの職人たちが、一目一目、丁寧に織り込み、島の美しかった頃の森を再現させていた。


 シンが敷物に足を踏み入れるのを躊躇っていると、クルドは横を通り過ぎ空いている輪の中に胡坐を掻いて腰を下ろした。これで立っているのはシンだけになる。


 皆はシンが座るのを待っている。シンはなるべく敷物の上に足を踏み入れないよう、末席に腰を下ろし足の裏を天井に向ける正座で座った。


 村長はゆっくりと“リディアの戦士”たちの顔を見回し、深く息を吐き出した。


「ここに、皆を集めたのは他でもない。もうこれ以上、この島に犠牲者を出すわけにもいかず、急遽、儀式を行う事になった」


 張り詰められた空気が、緊張の糸を伸ばす。島の誰もが知っている儀式の一つ。


「雨神様の再来の儀を行う」


 息を呑む音が、全員の耳に入った。


「雨神様の再来の儀…………」


 シンは村長の言葉をなぞり、記憶の糸を手繰った。大人になる前に島に伝わる一通りの儀式については習っている。

 雨神様の再来の儀の知識もシンは身に付けているが、あまり良い話しではないので苦虫を齧る思いがした。


 この島では何年かに一度、今の様に雨が全く降らなくなり大干ばつに襲われる時がある。そんな時に行われるのが、雨神様の再来の儀だ。


 村の伝承を辿ると、雨が全く降らない状況は人々が何か大きな罪を起こしてしまい、それに対して怒った雨神様が神の世界に戻ってしまうせいだと言われている。


 反省した人々は雨神様の怒りを鎮める為、島の中で一番純粋な心を持つ清き乙女が、海に出て雨神様の元へ赴き、伴侶となって雨神様の怒りを鎮め、雨を降らして貰おうとするものだ。


 シンは膝の上で拳を握り、目を閉じた。


(村の為……、そしてザギを助ける為なんだ………)


 仕方が無いとは言いたくない。それが言い訳だという事を知っているから。それでも友人を失いたくないシンには、この方法が一番、最適なものだと思うしかなかった。


「純粋な心を持ち、清き乙女となると、やはり未婚の女性か……」


「いえ、村長。清き乙女ならば子供でも条件に当てはまりますよ」


 シンは顔を上げ、今の発言者の顔を見た。見た事のない中年の男だ。“リディアの戦士”ではない。


「なら、なるべく身寄りのない者の方がいいだろう」


「なるほど、その分、家族からの批判も少なくなるし、選定も進む」


「東側と西側の住民たちの中で、条件にあった娘を搾り出そう」


 様々な意見が飛び交う中、シンは呆然としていた。完全に蚊帳の外扱いだ。見ると、クルドも話しに参加せず、苦い顔で皆の話し合いを聞いている。


 その横顔がどこか切なくて、いつもの彼ではない気がして、シンは声を掛けようと息を呑み、吐き出すことはなかった。


「では、この二人の内の、どちらかを雨神様の伴侶として御送りしよう」


 村長の言葉に皆が拍手喝采をした。


 音が遠く、崖下に叩き落されても、ここまで絶望はしないだろう。


 村長の口にした名前の一つは、シンの妹――サラの名前だった。








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