† 〜白昼夢〜

 世界から色が失ったみたいに周りが白黒に写る。“リディアの戦士”の鍛錬場から、どうやってこの場に来たのかは覚えていない。ただ、ただ目の前に広がる光景に息を呑み、温か味のないサラの手を加減も知らずに握っていた。


 人々の声だけがシンの耳を右から左へと流れ、情報だけが頭に収納されていく。


 曰く、ロクに水分も取らせてくれない中で行われた工房作業は、労働者たちの体内の水分を奪い続け、人の限界を超えてしまったという管理不届きが原因だ。


 今までに数人、倒れる事はあったが、何十人もの人々が倒れたとなっては流石に村長も黙ってはいまい。

 早急な手立てが必要になり、すると、“リディアの戦士”たちの出番と言う訳だ。シンにとっては初陣となる大事な戦い。


 周りが色々と囃し立てている中、シンは倒れている人々の中から、ザギを見つける事ができた。

 傍らで、ザギの母親や、兄が何かを言っている。周りの声はやけにはっきりと聞こえるのに、そこだけ音がないみたいに聞こえない。


 シンは耐え切れず、その場から背を向けた。サラの手が自分から離れたと気付いても、引き返す事はできなかった。


 あんな姿の友人を見るのは初めてだ。

 いつも馬鹿みたいに笑っていたザギが、今は死人のような表情で眠っているなんて信じたくなかった。


 数日前まで、子供の頃のように話していたのが嘘のようだ。


 フワフワとした地面を歩き続け、視界に巨大な壁が現れ立ち止まる。見上げると、クルドだった。


「集合だ。村長の家に行くぞ」


 短く重い言葉がシンの両肩に圧し掛かる。

 “リディアの戦士”になった時点で分かりきっていた事だ。この先、何があってもシンの意思は変わらないはずだった。それが揺れ動いている。


 サラだけを守れればそれで良かったと思っていた。それが友人がいなくなるかもしれない恐怖でシンの中は不安で満ち溢れていた。


 滾々と湧き出る負の泉が、シンの中で生まれて、また別の何かが泉の上に立っていた。


(誰?)


 前にも会った気がする。顔は見えず、ただ黒い靄でできた人の形にも見え、それは手を伸ばしてきた。


 シンは自分の手と交互に見合わせて握り返そうと、腕を伸ばした。


「おい」


 低い声がシンの幻影を打ち砕く。顔を上げると、クルドの険しい形相がこちらを睨み下げている。


「行くぞ」


「は、はい!」


 シンは早足で彼に駆け寄った。

 最近は見ていなかった白昼夢が、再びシンの目の前に現れた。実体を持たないその存在はシンの胸の奥底、背中から湧き出る熱い何かのように思えてならない。


 空想が現実になる時、目の前には理想郷が現れるのか、それとも地獄の開門への道が拓かれる時か。


 シンは生唾を呑み込み、自分の考えを頭の奥へと押しやった。








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