6 帰ってきた我家?

 これがオレの家?

 住所は間違いないはずだ。

 今朝までは『おんぼろアパート』だったはずの建物が、立派な十階建てのマンションになっている。

 ――父さんを助けて、歴史が変わってしまった?

 入り口で、たくさん並んだ郵便受けを見渡す。

 古戸、古戸……あった、三〇一号室だ。とりあえず、呼び鈴を押してみる。


「はい、古戸です」


 確かにそれはオフクロの声だった。鍵を開けてもらい、家に入る。

 玄関には、見慣れない黒いビジネスシューズが一足。

 ――まさか。


「よう、飛出男。遅かったじゃないか。さてはデートか? かっかっか」


 リビングでオレを出迎えたのは、紛れもなく父さんだった。テレビを見ながらソファーに掛けた中年男が、グラスに注いだビールをゴクリゴクリとやっている。

 ――父さんが、生きている!


「と、父さん! 何でここに?」

「仕事が早く終わったからに決まってるじゃないか。変なこと、訊くやつだなあ」


 台所からはオフクロの下手くそな鼻歌も聞こえる。


「今日の夕飯は、カレーよ。母さん特製の」


 リビングにやって来たオフクロが、衝撃的事実をオレに伝えた。

 ――あれ? いつもの鳥の巣頭じゃない!


「何、イヤな顔してんだ。飛出男、カレー好きだろ?」


 父さんが、怪訝そうに言った。

 ――そりゃ好きだけど、モノには限度というものがありますよ。

 そのとき鳴った、呼び鈴の音。

 もう、ずーっと住んでますとばかりに、オフクロは慣れた手付きでインターホンの受話器を手にした。


「はい、古戸です。あら、スミレちゃん?」


 えっ、スミレ? スミレっていえば、オレの幼友達で高校の同級生。腐れ縁ってヤツなんだけど……。なんでアイツがここに?

 玄関に向かったオレを見るなり、スミレが愛想よく言い放つ。


「えーっとぉ、お宅の息子さんをちょっとお借りしまーす」

「はいっ。どうぞ、どうぞ!」


 俺の『両親』が明るく答えた。


「ちょっとあんた、どういうつもりよ。私との約束すっぽかして」


 マンションの駐車場に降り立ったスミレが、氷のように冷たいオーラを纏ってオレを見据えた。

 この目付き、昼間も見たような気がするけど……。

 ん、ちょっと待って? 約束? あーっ、そうか忘れてた! 午後三時に、駅前のデパートで待ち合わせ。お父さんへのプレゼントの買い物に付き合えとか、ナントカカントカ……。


「いや、これには深い訳があってさ。あのな、時空の旅で十年前に……」

「ナニ、訳分かんないこと言ってんの! 許さないわよぉ。二時間も待ったんだからねッ!」


 いきなりオレの胸ぐらを掴んだスミレが、勢い良くオレを空中に放り投げた。

 似ている……。

 その手つき、そしてこの投げっぷり。

 まさか、お前がアゲハの……。そして、オレの……。


「いーやああぁ」


 オレの叫び声は辺りに木魂こだましながら、空しく星空に吸い込まれていった。



 【終】

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スパイス・トラベラー 鈴木りん @rin-suzuki

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