第三話  ドブネズミで……バタフライ《前》

(前書き)いつも冗長な書き方のせいで、みなさまには多大なごめいわくをおかけしております。重ねて、今回は書きたいことが次々浮かんできてしまった結果、予想を上回る分量になってしまったので、前・中・後に分けさせていただきました。






―――――

 私は生涯この”すすぎ”という名前の本来の意味を知ることはないだろう、と思っていました。なんてったって私は、人に誇れるような長所はないけど、人を傷つけたりお母さんに叱られたりするようなことを今までしたことがなかったのですから。何をすすぐことがあるだろうとたかをくくっていました。


 そんな私がここ最近におかした決定的な間違い……もしかしてお母さんは”もし悪いことをしても、ちゃんとつぐないができるように”という気持ちでこの名前をくれたんじゃないかな。自己じこ擁護ようごにしか聞こえない考え方ですけど、それでも私は自分にできる限りの償いをして、今回のことにケリをつけようと思います。そのためにできることなら、進んでなんでもやろうと。


 雨のにおいがする午前8時の学校正門前、家のほうから歩いて来た私と、駅のほうから歩いて来たさなっちゃん、カミカミは当然のようにそこで出会うことになりました。


「おはよう……」


 私のあいさつはいつになく元気なさげに聞こえたでしょう。二人は顔を見合わせて、なんだろうと考え込みました。


 するとさなっちゃん、トレードマークの直毛ちょくもうツインテの先端を持ち上げてみせ「そ、そろそろ夏休みだし、虫取り行こうぜぇ?」発言も行動も意味不明すぎてその場が凍りついたことを感知すると、おでこのあたりを真っ赤にしてうつむいてしまったのです。


「また自爆したねー」


「うん……」


 カミカミはというと落ち着きはらって、もうなんにもなく私のことを”かわいいねー”といって褒めてくれたり、場所構わずハグしてきたりしませんでした。


「なんかさ、カラオケ行った次の日って、顔合わせるの恥ずかしいよねー?」


「ね、なんでだろうね」


 返事をして視線を送ると、カミカミは急に無機質な表情になっていました。「……なんか、今日ヘンだぞ」さなっちゃんが空気を察したみたいでした。


「いつからマジメになったんだ? 自分という人間を考えてみろ、そうだ、お前はクソカスギャグしかできない。あたしもカミカミもバカしかできない。いいな?」


「さなっちゃん、ちょっと静かにして?」


 伸ばし棒がない! カミカミ怒ってる……もしかして、私がいい出そうとしてるの気づいて、待ってくれてるのかな。そうかもしれない。カミカミ以上にこのグループを大切にしている人なんかいないんですから。私は、ほんの少し勇気をもらえた気がしました。


「あのね……もし、私が例の露出魔ろしゅつまだったら、どうする?」


 しばらく、校門前での時間が静止したみたいに感じたのです。

 やっぱり、うたぐってたのかな――今ごろになって、いわなければよかった、二人にはちょっとでもそう思われたくないという感情がき上がってきた私の心は、破裂はれつ寸前でした。そのとき突然、私の頭の上に何かふってきました。


「いたっ」


 大げさに声が出ましたけど、そんなに痛いこともありませんでした。

 でも、ふってきたものが目の前の友だちたちの空手チョップ(というか唐竹からたけり)だったこともあって、痛い気がしました。


「じゃあ、ユキちゃん、これからはしちゃだめだよー?」


「何かあってからじゃ遅いからな。もうあそこには近づくんじゃないぞ」


 すなおに笑顔を作って、二人はそういってくれたのです。私はさいしょ返すべき言葉が見当たらずあせりました。でも、なんだか、そんなのいらないかなって思えてきたんです。そのまま私たちは三人で校舎に向かって歩き始めていました。


「(二人にはかなわないなー)」

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