【短編版】灰のアルカンシエル

穂波じん

灰のアルカンシエル

「レインボーキックっ!!」


 精悍な男の声が木霊する。灰色の闇を一閃、全身を強化外骨格フレームに覆われた鋭い飛び蹴りが放たれる。

 尾を引くのは風にたなびく虹のマフラー。そこからの燐光が辺りに散る。


 衝突。激音。


 しかし、それを受けた四つ腕の異形の怪人は何の痛痒も感じていないのか、平然としていた。


「フハハハハ、どうしたアルカンシエル! 貴様の力はこんなものか!」


 低く響く声で怪人は笑い、その巨大な腕をアルカンシエルと自ら呼んだ戦士へと振るう。

 アルカンシエルは素早く身を翻し、それを躱す。猛烈な豪風が彼の体を強く押し返した。


 足と片腕を地面につけて勢いを殺し、見上げる。灰色の土埃が舞った。


 世界の全てが色を失い灰色に染まった中にあって、その怪人だけは全身を傷一つ無い鮮烈な紅で包んでいる。

 対するアルカンシエルは全盛の頃と比べてあまりに見窄らしい有様だった。体中のあちこちの色は剥がれてボロボロで、往事を忍ばせるのは首から流れる長い虹色のマフラーだけ。


「惨めなものだ、アルカンシエル。あれ程に我らを追い詰めた男とは思えぬ。

 限界も近いのではないか?」

「ふっ戦場で交わす言葉など無いのではなかったか、ガーベラよ」


 いつかの言葉をそっくり返しつつ、アルカンシエルは体勢を整える。

 ガーベラの指摘通り限界は近い。だが、闘志はまだ衰えていない。まだ、闘える。


「ふん、見ておれんのよ。我らが仇敵たる貴様には常に光り輝ける星であって貰わねば困るのだ。

 その上で踏み躙ってこそが我らの矜持よ!」


 かつての力のことごとく失った強敵を見据え、ガーベラは吠える。

 闘争は互いの血と肉を削り合ってこそ。今のアルカンシエルがガーベラに勝てる見込みは万に一つもない。

 だというのに、だというのにだ。その瞳だけは、未だに諦めに色褪せる様子がない。


「いい加減認めてはどうだ。貴様は、失敗した。失敗したのだ!

 見よ、この世界を!」


 ガーベラが四つある腕を大きく拡げて周囲を示す。一切の色を奪われ、灰色に染まった世界を。


「今やこの世のあまねく色は、我らが首領のモノとなった!

 色失くした果ては、灰と崩れるか、石塊として砕けるのみ!

 貴様の護る人間達も、命惜しさに続々と我らへ恭順しておるわ!」


 そこで一度言葉を区切り、一本の腕をアルカンシエルへと突きつける。


「だのに、何故だ! 何故、貴様は独りで戦い続ける!

 既に趨勢は決した! 今の貴様が孤独に抗い続けて、何になる!」


 ガーベラの言葉を受けて、アルカンシエルは強化外骨格の下で苦笑に口端を歪める。


「何故……か。何故だろうな。正直、私にもよく分からん。

 だが、今も何処かで助けを求めている人々がいる。

 私が戦う目的としては、きっとそれで十分なのだろう」


「あの時、お前が求めた助けに応じなかった人間達に……、本当にその価値はあるのか?」


 思い返せば、今でも胸中に苦い想いが広がるのは、その通りだ。


「それでもだ」


 だが、それは奴の言う敗北のせいではない。


 人々の声に完璧に応えてきたアルカンシエルが犯した、たった一つの失敗。

 気付いたのは、随分経ってからだった。


 次の攻撃のため、アルカンシエルがガーベラを見据える。

 と、突きつけられていた怪人の手が、おもむろに上向きに開かれた。


「一度だけ問う」


 そうして語られたのは、


「我らの軍門に下れ、アルカンシエル。

 貴様が下るならば、世界の半分を対価にしても良いと、我らが首領は仰せだ。

 与えられた半分の世界で、貴様は人間達を護り続けるのだ」


「…………」


 それは想像もしていなかった誘いだった。確かに、自分も、彼ら怪人も、『色』に力の根源を求めるもの。

 一つボタンを掛け違えていれば、そういう事もあったやもしれない。





 ――――だが。


「く……ふ、ふ…………ははははははっ!!」

「何が可笑しいっ!」


 こみ上げるおかしさをそのままに、アルカンシエルは笑う。一頻り笑って、それから言った。


「他の誰よりも、そうなる事を望んでいないお前が言うのが可笑しくてな」

「ぬっ」

「言うまでもない。私はお前達を倒し、この世界に色を取り戻すっ!」

「それでこそ、我が好敵手よ、アルカンシエルぅっ!!」


 ガーベラの豪腕が唸りを上げる。

 アルカンシエルが素早く身を躱せば、虚空から投げ放たれた幾本もの真紅の槍が地面に突き立った。


「改めて、名乗り上げよう。

 我は”真紅”のガーベラ。『色喰いろばみ』が四天王筆頭にして、この世界最後の希望を手折る者だ」


 名乗りに合わせるように突き立った槍が綻び、真紅の炎の華を咲かせる。


「人類の守護者、アルカンシエル。

 お前を倒し、希望を繋いで見せる」


 赤光に半身を照らされながら、アルカンシエルが応える。



 動き出したのは同時だった。


 虹のマフラーを軌跡に、アルカンシエルが疾駆する。巧みにステップを混じえ、その度に灰の大地を真紅の槍が穿った。

 しかし反撃に放った光弾はガーベラの装甲に阻まれ、牽制にもならない。


 やがてアルカンシエルの周囲は百花繚乱。火炎の牢獄と化していた。


「終わりだ、アルカンシエル!」


 ガーベラが吠え、一際巨大な槍の花束を炎獄の輪の中心へと放り、さらに次の攻撃へと流れるように移る。

 これで終わるはずがないと、ガーベラは信じていたのだ。






 右か!





 左かっ!





 果たして、想い通りに炎の中に影がゆらめき現れる。





 ――――ガーベラの眼前!



 それはガーベラの慮外の事態であった。

 火勢が弱いのは右方。正面はとりわけ壁を熱く厚くした場所。そこから現れる事だけは微塵も考えていなかった。


 ガーベラの驚愕による一瞬の硬直を突いて、アルカンシエルが走る。

 強化外骨格が赤々と熱を発している。


 拳が振り抜かれ、硬質な音が響いた。


「貴様、どういうつもりだ。ただの拳で我はたおせぬぞ!」

「ふ、ここからが、本番だっ!」


 ややくぐもった声でアルカンシエルが答えるのと同時に、二人を内側に光の三角柱が立つ!


「お前の赤の力と、私に残された力、全てくれてやるっ!」

「正面切ったのは、その為かっ! だが、そんな事をすれば貴様も……っ!」

「知っている! だが、問題ないっ!」

「何故だっ!」

「後を継ぐ者が、必ず現れるからだ!」

「どうして言い切れるっ!」

「私達が、人間だからだっ!!」


 三角柱の中で、無数の色が乱反射する。柱は回転しながら輝きを増し、徐々に高速に、その大きさを細めていく!


「ウオオオオオッ、アルカンシエルゥゥッ!!!」

在りし日の万華鏡カレイドスコープ・インプロージョンっ!!」


 内部の二人諸共、一筋の光となって消える。








 一拍遅れて、極限まで圧縮された全てが開放された。


 轟音と圧倒的な破壊と色の嵐が周囲に吹き荒れ、最後に怪人の体を構成していた花弁が一面に散る。




 舞い踊る真紅の花吹雪、その中心には上半身を失った怪人と、灰色の石になった戦士が残されていた。





 ◆





「ちくしょう、失敗した! また失敗した!!」


 廃ビルの屋上を、少年は走っていた。脇目も振らず、それはもう一心に。


「カカ! この”白亜”のヒメノカリス様から逃げられると思うナァッ!」


 そのすぐ後ろを白い蜘蛛の怪人が追う。


「今回こそは、上手く行きそうだったのに!」


 時々吐きかけられる糸を器用に躱し、走り続ける。

 少年はレジスタンスの一員だった。世界から色を奪った『色喰いろばみ』への抵抗を続けていた。


 あの花の名を冠する怪人達の来歴は分からない。

 一時は撃退に成功するかと期待された。が、そうはならなかった。



 人類は失敗してしまったのだ。あの日、アルカンシエルが求めた初めての助けに気付けなかった。



 そして、世界は灰色に染まった。



 あれ以来、アルカンシエルが人々の前に姿を現すことはない。代わりに現れるのは怪人ばかり。

 かの人は死んでしまったとも、人類に絶望して去ってしまったのだとも言われてる。


 真相は分からない。


 命の保障を求めて、沢山の人達が『色喰いろばみ』に下った。

 だが一方で、少年達の様に諦めない者達も一定数世界には残されていた。


 それが少年達、レジスタンスである。

 しかし、アルカンシエルのように完璧とはいかないのが現実であった。


「失敗ばかりのレジスタンス! いい加減に観念したらどうだ!」

「へっへーん! やだねっ!」


 だが、それでも彼らはへこたれない。


(今更、一つ二つの失敗がなんだ! 一番大きな失敗なら、もうしてるんだ!)


 内心叫びながら、少年は走り続ける。時には柵を乗り越え、ビルの合間を飛んで。

 それに、少年達レジスタンスが諦めないのには理由もあった。


「それに、この間はしてやっただろっ! へっへー!」

「こ、このぉ~~っ!!」


 少年の挑発に、蜘蛛の怪人が白い顔を赤くする。


 そう、先日の作戦は大成功だったのだ。数々の失敗を積み重ねは着実な成長をもたらしていた。


 だから――――っ!


「今回の失敗も、しっかり持ち帰らせて貰うぜ!」

「そういつも逃がすと思うなぁっ!」


 ヒメノカリスが弾いた飛礫が空を切り裂く。


「しま――っ!?」


 ビルの谷間を跳ぼうとしていた所を打たれ、少年は闇の合間へ落下した。







「くっそ……失敗した……」


 ビルとビルに挟まれた灰色の闇の中を、少年は足を引き摺り進んでいた。


「ぜってぇ折れてる。いてぇ……」


 あの怪人は、まだ追ってこない。きっと、また余裕をかましているのだろう。


「だから逃げれるんだよな」



 シャリ。シャリ。



 ふと気づくと、足元一面に灰色の花弁が大量に散っていた。



 シャリ。シャリ。



 進む先が少し広場になっていて、そこに石像が一つだけ、立っていた。



「アルカン……シエル?」



 呆然と、呟く。



「色を無くして、石に……?」



 掌で触れてみる。


「熱っ!?」


 冷たく見えた石像は、強い熱を保っていた。

 でも意外には思わなかった。


「貴方は、ここに居たんですね」


 もう一度触れれば、かの英雄の想いが伝わってくる。


(そうか、そうだったんだ)


 少年は理解する。

 憧れたヒーローのたった一つの失敗。


 それは


 完璧過ぎた為に、人類は彼を盲信してしまった。

 なんとかなると思い込み、対話を怠ってしまった。




 少年の背後に気配が現れる。遂に追ってきたのだ。


(大丈夫、俺が引き継ぎます。

 貴方の失敗も、想いも)


 石像がさらさらと光る灰に返っていく。


(今日の僕たちは、誰かの失敗に支えられている事を知っているから。

 昨日の失敗は、明日に繋がることを知っているから)


 少年の手に残されたのは、一枚の虹色のマフラー。


「カカ! 追い詰めたぞ!」


 悠然と迫りながら、蜘蛛の怪人が上機嫌に笑う。


 それに臆することなく、少年は振り返った。瞳に覚悟を宿して。

 異変に気付いて、ヒメノカリスが狼狽え声を上げる。


「ちょ、ちょっと待て! それは、まさか……!」


 長い虹のマフラーが、風にたなびく。


(未来はまだ灰色じゃない! 全ての失敗を力に変えて、明日に虹を描いてみせる!)




 そして、少年は叫ぶ。








「変、身っ!!」







<了>

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