第56話 期待の先は

「晴天!スカイラウンド開幕だーっ!!」

「いよっしゃー!!屋台巡りじゃー!!」


 王都南西、第四地区の喧噪。

 花壇や植木が周りを彩る、大きな才物・闘技場(バトル・コロシアム)、その前では。

「早くっ!早くっ!」

「こらこら、走るな。危ないぞ」

「盛り上げていくぞ!準備は良いな!」

「おうとも!」

「人多すぎて、うっとうしいぜ」

「我慢しろよ、これぐらい」

 第一地区、第二地区、第三地区……もしくは外から。様々な人達が、それぞれの想いを抱いてここに集結しようとしていた。

 騒めきはそこかしこで広がり、一つの大きな熱気となる。

「どのチームが優勝するのかなー」

「そりゃ、ゴンザレスのとこだろ。してくんなきゃ困る!」

 熱気が向けられる先は、遥か頂、天の玉座。そこに座るは、果たして新星か古参か。興味は尽きず、故に熱気は衰えない。

「なんでだよォお!試合だぞ、試合っ!!これからだぞっ。マイク」

「うっせ!興味ねぇ!おれは、屋台目当てで来たんだよっ。ジョン!」

 天上学院の制服を着た、男の二人組。学院三年の小柄なジョンと、大柄なマイク。

 開会式を終えた闘技場の前で、うるさく言い合っている。

「おまえっ、それ本気で言ってんのかっ!スカイラウンドは、男と男が汗と血を流しっ!戦いを繰り広げるっ!熱き戦いの舞台なんだぞっ!!非国民かよッ!いいかっ!スカイラウンドとはそもそもスカイフィールドを造ったクリエイターが同時期に造り出した闘技場を舞台にして――」

「お、おお」 

 握り拳で無駄に熱く語る友人に、若干引くマイク。周りからも、奇異の視線が向けられる。

「なんといってもスカイラウンドの長い歴史の中で名勝負と言えば、かのリィド・マルゴスが怪我のハンデを負いながらも、凄まじい圧倒的な力を見せつけて相手を撃破、あれにはさすがのおれもびびったね、まあ、そのせいで実力差が問題視されるようになって接戦の熱さはまるでないんだけど圧倒して勝利するというのも、違う良さがあってすかっとするというかね、接戦で熱かった試合と言えば最近だと、アッシュVSワンシェルとメリッサ・アーデンVSメイかな、特に後者は美女二人の戦いとあってそっち方面でも映えるし特にメリッサの戦いの美は今でも目に焼き付いていて、おれはすっかり彼女のファンになったけど今回は出場しないようで残念、だけど、今大会にはゴンザレスとロインの因縁の戦いがあるし期待してんだ」

「……ああ、そうなんだ」

 マイクは思い出した。校内ウザい奴ランキングで上位に位置する、スイッチが入った友人のマシンガントークの凄まじさを。

 というか、ウザさを。

「まあ、まあ、ロインがゴンザレスに勝てるとは思えないんだけどね、なんでかっていうとやっぱり努力じゃ越えられない壁ってあると思うしさ、ゴンザレスって戦闘だけなら本当に凄いし殿堂入りしてもおかしくないレベルではあるんだよね、ロインも強い部類ではあるけれど飛び抜けてるわけじゃないしイヤ頑張ってるのは認めるよ?あんなにボロボロになってさ努力量だけなら選手の中でもトップだと思う」

「ロインかぁ。あいつって、努力してる割にはそこまで強くないよな。言っちゃなんだけどさ」

 友のトークに自然に対応して言葉を返す、マイクの顔は達観していた。

「言われてみれば二回の出場記録の内目立った活躍はないなどれも中の上そこそこといったもので、なんというか凡人レベルというか下手したらそれより」

「……結果は大事だよ」

 スカイラウンドお馴染みの、優勝予想の賭け。それはやはり、ゴンザレスチームが優勢だった。


【ロインのチームは、どうだ?なんか外部枠とかいるみたいじゃん】

【あー、綺麗な人だよな。でもよ、ゴンザレスチームに匹敵するとは思えね。今回も駄目だろ、あいつ】

【はは、だろうな。……なんつーか、才能ないって悲しいよな。同情すんぜ】

【正直、うざいわロイン。あほっぽい。いい加減にしとけよな】


「まあ、おれもゴンザレスに賭けたんだよね」

「妥当なところだな賢い判断だお金は大事に、さてさて結果は見えているようなものだが観戦は楽しいものだじっくりと楽しむとしようかな!」

 満面の笑みで闘技場を見ながら、期待に体を震わせるジョン。本当にバトルが好きなことを、両目の輝きが証明している。闘技場へ近づく歩みが加速した。

「そんなに好きなら自分で」

「嫌だ。疲れる、痛い、面倒」

 トークの勢いがガクッと落ち、いつもの平坦な口調に戻った。見るのと、自分がやるのは全然違うと言いたげな不満ありありの顔で、マイクは分かってないなと言う。

「そういう人間だよな。観戦オタクよ」

「おれは普通だっ!お前が異常っ! 他の学院関係者も観に来ているっていうのに。何故、スカイラウンドで熱くならないかが不思議で……ああッ!?」

 いきなり、ジョンの声が上ずった。

 マイクはそれに反応し、思わず彼の視線の先を見る。

「!ルナ……」


「あらぁ、面白味のない制服姿のお二人さん。奇遇ね。嬉しくないけれども」


「性悪女……!今度はどんな嫌味を!」

「来てるのは意外だ。こういうイベントは嫌いじゃなかったか?」

 歩く二人の目の前に現れたのは、海のきらめきを連想させる水色の長髪を持つ女性。紫のカチューシャを着け、高貴な雰囲気を漂わせ、見るからにお嬢様といった感じだ。

「実際、お嬢様なんだよなぁ。流石だよ、本物の金持ち様は。オーラが違うぜ」

「そこはかとなくバカにしてるような気もするけれど……ともかく、わたしは当然、このような大会は好きません。ジョンみたいな人種を否定はしませんけど。生徒達が覇を競い合い、高め合うこと自体は素晴らしいもの」

「競うって言っても、優勝の席は既に決まってるようなもんだが」

「ゴンザレスのチームのことね。どうかしらァ?案外、変……ロインが健闘するかも……フフ」

 ちらりと視線をジョンに投げ、ルナはちょっと口を歪める。

「低俗極まる大会に夢中になってるなんて、底辺低身長庶民らしくて微笑ましいですね……と、見下してやがるよぉ……!」

「被害妄想、過ぎません?失敬な」

 顔を悔しそうにして睨むジョンの敵意を、静かに華麗にルナは回避する。そのスルー力は、研ぎ澄まされていた。

「わたしは、どうやら勘違いされやすいようで……悲しい」

「何が勘違いなんだよ!ことある毎に人の弁当にケチをつけて、自分のをにやけ顔でたべさせようとしてきたり!身だしなみがだらしないとか言って、見下してきやがるくせに!」


【栄養が偏っているわ。わたしの美味しいサンドイッチはどうかしら?】

【だらしのない……。ほら、じっとしてなさい】


「いやー、ジョン。お前、それは……」

 マイクはルナの真意に気付いているが、わざわざ指摘しようとは思わない。ルナはそこまで気にしていないだろうし、ジョンも口ではこう言っているが、クラスメイトで友人を続けているのだ。

「ぐぐぐ……興味がないイベントに顔を見せた理由は、おれを嘲笑う為か!」

 びしっと人差し指を突き付け探偵気分のジョンに、ルナはやれやれと否定を口にする。

「単なる気紛れのようなものよ。深い理由はないのだから、気にしないことぉ」

「理由はない……か」

 マイクはルナの頭からつま先まで、格好を凝視した。

「ぴっちぴちだな。運動用とかいうが」

 お嬢様らしくない、ピチピチの紺色スーツ。体にしっかりフィットしたそれは、彼女のスタイルの良さを強調。

 ルナの頬は上気し、額には汗が浮かんでいる。

「良い汗をかいたわ。やはり体を動かすのは最高ねぇ……」

「……本当は、参加する気だろ?」

「ありえないわね。騒がしいの嫌いなのよぉ」

 ルナの姿は見るからにこれから戦います状態で、通りすがりの人達の中にも勘違いしている者はいるだろう。

「飛び入り参加とか」

 闘技場内の掲示板に名前はなかったが、マイクの疑念は晴れない。

「ないと言ってるでしょうに……たまたまよ」

 右手でカチューシャの位置を調整しながら、ルナは二人に背を向ける。


「それでは。精々楽しむと良いわぁ」


 言い残すと、彼女は闘技場の方へ歩いていく。歩調は、流麗かつ穏やかに。

「くっそー、メリッサは出場しないのかよ……無駄足じゃん」

「ちゃんと調べとけよ。ちなみに俺は、メイちゃん派だ。可愛いよな!」

「おい!あれ、戦士団の」

「何か買っていこうぜ。始まっちまうしさ」

「今年こそ、ゴンザレス君にサインを……!」

 その後ろ姿は人混みの中に消えて、二人はルナの姿を見失った。

「フン、なーにが楽しむと良いわだ!言われずとも、楽しむぜ!」

「はは、ルナらしいや」

「……半分同意」

 ジョンは悪態をついているが、同時に親しみを込めている。そのことに、マイクは少し破顔した。

「よっしゃ、おれ達も行こうぜ!」

「おれは後で。屋台回ったのちにな、すでにルートは構築した」

 目ざとく屋台を見回して、頭の中で巡回ルートを構築していたらしいマイクは、闘技場へ向かう道から外れていく。

「まだっ、そんなこと言ってるのかよっ!くそやろうっ!」

「くそやろうで結構。席取り頼んだぜっ!」

 文句を飛ばしまくるジョンに構わず、友はダッシュで去っていく。


「――絶対っ!試合までには戻ってこいよっ!」

 未来にあるであろう、素晴らしき戦いへの期待を胸に、ジョンも闘技場へと駆けていった。

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