第52話 強き信頼

 スカイフィールドに来て、内部時間で二日経った。


「餓死の心配、なしと」

 このスカイフィールドに食糧は持ち込めなかったが、飢える心配はない。

「……ふーい、木の実取るのも大変だ!」

「なにがなんでも、修行にさせたいって感じだな」

「そういう目的の場だ。しゃあねぇよ」

 森林エリアに、餓死を防ぐ為のものは存在した。

 とても甘い匂いを放っているので、それの場所は簡単に分かる。問題は、その後だ。

「ダッシュポークが反応して、襲ってくるんだよなぁ。見つかってもいないのによ」

「暇の果実が生ってる所に近づくとだろ?」

 暇(いとま)の果実。

 見た目は、リンゴの様で。噛み応えも、そんな感じで。

「にがァッッッ!!」

「……こんな見た目と匂いでこの味は、詐欺だぜ」

「ここまで苦いんかいっ!!」

 せっかく取ってきたのに、裏切られた気分だ。話は聞いていたが、この匂いだと期待しちゃうだろ。

「ま、腹は膨れるんだがよ。この程度で!」

「才物内で発生する果実だから、不思議でもない」

「いやー、一個分だぜ。一個分。僕の腹も、随分安くなっちまったなっ!」

「時間短縮になって、いいだろ」

 しゃりしゃりと音を立て、口に収められていく、にっがい木の実。食べていくと、だんだん良さが分かるように……。

「ならない。苦いの駄目だわ。僕!……ああ、チョコケーキが恋しい……!」

 あの甘み!とろけてしまうようなそれを、脳内に浮かべた。

「不覚!心が折れそうだ!やばいぜ、こりゃあっ!!」

「はいはい。ふざけてないで、早く行こうぜ」

「……おうよ。今日も、はりきって行きますかっ」

 剣を引き抜き、練兵獣との戦いの始まり。当面の標的は、ダッシュポーク。現在の僕達の力量に、最も合った敵だ。

 奴等との戦いは、辛く、苦しいものだが、しかし。

(なんとか、やれている。このスカイフィールドで)

 魔の練兵場と、恐れる者もいる。

 実際、戦士団員ですら、一人で踏破できた者は数えるほど。

(……その点に関して言えば、ジン太がいるのは助かる。こいつと二人なら、きっと踏破できる)

 手応えは、かなりあった。才力の質が、恐ろしい勢いで上がっているのが分かる。

(スカイフィールド、練兵獣、それらの相乗効果か)

 当然楽じゃねぇが、このまま修行を重ね、才力を磨き続ければ、怪物にだって届きうる筈だ。いや、届かせなければならない。

 そうでなければ、この練兵場で朽ち果て、骨になるだけだ。

 目指す地に、足を踏み入れることすら出来ないまま。

「……こんな感じでな」

 朝、森林を探索していた時に、偶然見つけたもの。

 細い木に背を預けて、そいつは眠っていた。

「……」

 左手には、ボロボロの剣。折れていて、使い物にはなりそうにない。

 右手には、暇の果実。齧った跡はないようだ。

「……」

 寝息すら立てず、そこにいる。……皮も肉も何もないんだから、立てられるわけねぇだろ。

「なにが、あったんだかな」

 背後の木には、文字が彫られていた。

 諦観と謝罪。そこから読み取れた意味は、それだけ。想像したのは、折れてしまった心の形。

 頑張った果ての、後悔と挫折の幕引き。

「おい、ロイン!見つけたぞ、三体ほど!」

「……分かったっ!直ぐ、行くぜっ!」

 僕は気持ちを切り替え、再び精神を削りに行く。その過程の結果の一つを、頭に少し残しながら。

「そんなもんかも、しれねぇけどよ」

 僕は、そんな結末を迎えるのはゴメンだ。抗ってやる、踏み砕いてやる、ぶっ殺してやる。

「なにより、今は」

 心強い友がいる。仲間がいる。

 まあよ、その力でどんな困難だって乗り越えられるとか、さすがに言えねぇが。


(助けになると、信じてる。どんな時だって、僕は)


 ●■▲


 赤く燃える炎は、二人を照らしている。

「様子を見に来たわ。はいこれ」

「おお、おれの好きなチョコの匂いがする。【第三地区】の店か。気が利くな、リンダ」

 練兵長は手提げ袋を受け取りながら、顔を綻ばせた。

「今日は心なしか、お疲れ気味だな。リンダ」

「……ちょっと、戦士団の仕事を手伝っていたのよ」

「ああ、最近お騒がせな、奴等の相手か」

 練兵長が言う奴等とは、マットンの一味に違いなく。

「そうよ。……私の出番、なかったけれど」

「ほっほう、やるじゃないか戦士団も。見直したよ」

「……ええ、当たり前でしょう」

 返事は、どこかそっけなく。

 リンダは、ロイン達が入った入口へと目を向けている。

「当然だけど、まだよね。いくらあの子達でも」

「そりゃあね、簡単に踏破されちゃ困る。てか、おれは無理だと思ってるけども」

「もう、また……」

 呆れたように、リンダは顔をしかめる。練兵長は気にせず笑いながら、意地の悪い表情を見せた。

「ホホ、随分な信頼だな?」

「ロイン君は、強い子だもの。それに……」

「それに?なんだい?」

「ふふふ……」

 リンダは不敵に笑った。それに寒気を感じ、彼女から一歩退く練兵長。

 気にせず彼女は、堂々とした態度で言った。

「――彼には、ライバルがいる!力量を高め合う、強力な好敵手!――困難を乗り越え、ライバルを打倒する!正に、青春よッ!!」

 鼻息荒く、声を張り上げ、己の熱血論を主張するリンダ。その熱気に、練兵長は更なる距離を取る。

「あ、暑苦しい……!ちょっと抑えてくれ、リンダ」

「あっ、ごめんなさい。熱くなり過ぎたわ」

「……ホ、ホホホ。ライバル、かい。強いのかね」

「強いわよ。ロイン君が何回挑んでも、勝てないぐらいだもの。だからこそ彼は、最後の優勝のチャンスを掴む為、ここに来た」

 ロインの決意。彼女は、それを思い返す。

「スカイラウンドは、一年に一回……あいつは、もう三年生か。ライバルもそうなのか」

「ゴンザレス君も、同じよ。彼も、今年が最後のチャンス……ただ……」

 リンダは急に声を落とし、無言になった。

 今、掘り出されている記憶は。赤い生徒のもので。


【先生!リィドさんって、凄いよなッ!!あんな半端ない大会で、圧倒的に優勝しちゃうなんてよッ!!】

 無邪気に、オレも優勝してみせると語っていた彼。

 目は輝き、憧れの人物を見ていた。

【オレはあの人に影響されて、ここに来たんだからな!】

 リィド・マルゴスとは、リンダも親交がある。

 なので色々聞かれたり、頼まれたりした。

【いつか、オレもあんな格好いい男になるんだっ】

 熱意を高め、突き進もうとする、その姿勢は微笑ましく。

 彼の情熱を、信頼していた。


 ――墓の前で、彼は佇んでいる。

 ――奪っていったのは、良く知る一匹の才獣。


「……!!」

「リンダ。リンダ。顔、怖いよ。せっかくの美人が、台無しだ」

 右隣から掛けられる声。ハッと、リンダは歯軋りしていた自分に気付く。

「……」

 不安気に、右手で髪に触れるリンダ。歪んだ顔を戻し、無理矢理ぎみに笑顔をつくる。

「少し、思いつめすぎたかしら」

「ホホ、どうした。今更になって、心配になってきたか」

「……それは、ないわよ。ええ」

「本当かね。強がってない?」

 リンダは横目で、練兵長に抗議の視線をぶつけた。

「……見てきたんだよ。数々の挑戦者をな。どいつもこいつも、自信満々で、強くなった姿を思い浮かべてそうな面をしてたんだがね」

 視線もなんのその、彼は笑って応じ、体験を語る。

「ぎらぎらぎらぎら、燃えたぎる炎。それは決して消えることはない!……そんな顔をしてたんだが……ホホ」

「何が、言いたいの」

「やる前なら、いくらでも燃えていられるってことをだよ。リンダ」

 そんなもん、いくらでも見てきたぞと、練兵長は言う。

「本当に、彼は信頼通りの人物なのかね?……結果を見れば、分かるだろうが」

「私は、信じてる」

 斬り捨てるように、彼女は断言した。

 ロインなら大丈夫だと。その答えに変わりはないと。

 なにより今は、彼を助ける仲間がいるのだから。

「強がりだろうが、なんだろうが、信じてるのよ」

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