第51話 俺は

「ようするに負け続けかよ。お前」

「うるせぇっ!!相手が強すぎんだよっ!!」


 薄い暗闇の中。雨風の音が、木材で囲まれた空間に響いて。暗闇を映す窓に雨粒が見える。

スカイフィールドでも、本当に天候が変わるんだな。とか、頭の隅で思った。

「天上学院……強い奴が多そうだな。才力に関することを、学ぶ場なんだろ?」

「んあ?多いんじゃ、ねぇか。卒業したら、戦士団に入る奴はたくさんだし。格好良いイメージあるからなぁ、あそこ。……戦いたくなったかよ。メリッサじゃあるまいし」

「あいつほど、戦いが好きって訳じゃない。俺にとっては、手段みたいなもんだ」

 小さな木の家に、並んだ二つのベッド。

 僕は天井に顔を向けて寝ながら、隣のベッドで横になっている、ジン太と話していた。スカイフィールドに、こんな休憩場所があるとはな……小さい木の家だが、ないよりはマシだろう。

 どうやらこの修練場を造った奴も鬼ではないらしい。

「メイ……メリッサ…………先生……フィルさん……マリンちゃん……恋しい。きっと、みんなも……」

「さりげなく、あいつ等を混ぜるなよ。お前と、そんなに仲良くなったのか」

「そんなではないかなー。二人共、時々部屋にこもっちゃうし。なにやってんだ?あれ」

「さあな。俺にも教えてくれない」

「……ふーむ、妄想が捗るな!」

「やめい。そんなんだから、仲よくなれないんだ」

 む。失礼な。それなりに悪くない関係は築けているんだぞ。

 結構会話は弾むし、一緒に家事をする時もあるしな!

「へえ……まあ、一部の女性には優しいからな。お前」

「そうそう。紳士な男、ロイン様よ。……特に、フィルさんは僕に興味がある気がする」

 視線を感じる時が、ある気がする。気のせいじゃないレベルで。

 あれはそう、獲物を狙う肉食獣の如き。彼女は意外と、ワイルドなのかもしれんっ!

「フィルが?そんなまさか……ロイン、忠告するが、あいつの好意を信用し過ぎるな」

「はい?なに言ってるんだ、ジン太」

 ちんぷんかんぷんだ。

 ……やれやれ、嫉妬か。見苦しいぞ、友よ。あれだけの美女だ。気持ちは分かるがな。

「ふっ」

「ふっ、てなんだ。ふっ、て」

「なんでもないさ、ジン太君……僕には、メイがいる。安心してくれ」

 お前の僅かな希望を、奪いはしない。親友としてな。本当に僅かだがな!

「なにを、考えてんだが……メイと言えば、スカイフィールドの事、伝えてないんだったな」

「……当然だろ。伝えたら、止められるかもしれない」

 メイの性格上、そうなる事は充分考えられる。なので、僕は彼女に悟られないように振る舞った。

「メイなら、確かにそうするか」

「するさ。ハニーだから」

「ハニー……恥ずかしくないか?それ」

「なにを、恥ずかしがることがある。僕の純粋な愛を表現した、素晴らしい言葉だ!彼女だって、そこまで悪くない反応だった筈」

ちょっと微妙な表情をしながらも、嬉しそうだった。

「意外だ。あいつは内気なタイプだから、そういうの苦手かと思ってたんだが。お前に気を遣って、何も言わないんじゃないか」

「本当に嫌なら、ちゃんと言うさ」

 その筈だ。その筈なんだ。そうであってくれなければ、困るんだよ。

 彼女と過ごした、日々の為にも。

「……ジン太、スカイフィールドに行ったこと、メイには内緒な」

「分かってるよ。怒る姿が、割と想像できる」

 そう、彼女は怒るだろう。内緒でスカイフィールドに行ったことがばれたら、泣いて怒るかもしれない。

「……そうなって、くれねぇかな」

 

 ――イメージに、ヒビが入った。


「ロイン?」

「なんでもねぇ……」

 どうにも落ち着かない心だが、目的は変わらないし、変えられない。

 彼女を信じて、いるのだから。僕は。

「……スカイラウンドで優勝!ゴンザレスにリベンジ!それ以外、ないだろ!」

「うおっ!いきなり、なんなんだ。阿呆」

「気合いの宣言だ!改めてなっ!」

「やかましい、奴だな」

 横になりながら、嫌そうな顔をこちらに向けるジン太。

 お前に言われたくないぜ。

「ゴンザレスって、話に聞いた、因縁の相手か」

「因縁っつーか、あっちから敵意を向けられてるっつーか。だから僕も、喧嘩を買うっていうか」

「お前、なんかしたのか?そのゴンザレスに」

「覚えはねぇが、したのかもな。理由聞いても、気にいらねぇとしか言わないしよ」

 最初にあった時は、仲よくなれそうだと思ったんだが。人生、分からないもんだ。

「それで、売られた喧嘩買って、一度も勝てないと」

「……そうだよっ」


 何度、奴と戦ったか。

 倒され、吹き飛ばされ、木剣が砕ける音、嫌な土の感触、見上げるゴンザレスの顔、歯ぎしりの音。

 その悔しさをバネに、更なるトレーニングを行い、奴にリベンジ。

【おめぇも、こりねぇな。落ちこぼれ】

 それは肌寒い、冬の日のこと。

 また、敗北。似たような敗れ方だが、少しは善戦できたか?

【負けは、負けだがな。劣等生】

 その通りだ、苛つくぜ。この赤髪野郎がっ!今に、見てろよっ!!

 帰ったら、また特訓だ。メイ達が、それに力を貸してくれる。

次こそは。

【なぁ、おめぇよぉ】

 次こそ、リベンジを。そう思いながら、訓練場でぶっ倒れた。

 やり過ぎたか。メイに怒られ、それを宥めるメリッサ。

【まさかと、思うが】

 少し暖かくなってきた、ある日のこと。

 結果は、同じだ。

 少し差が縮んだような、気がする。

 もっと、努力すれば。もっと、頑張れば。


 きっと、次こそは、さ


「――ロイン。ロイン!」

「うっ!?な、なんだよっ!いきなり大声でっ!」

 長い長い、過去の映像。それを遮断したのは、左耳に入った友の声だった。

 びっくりするじゃねぇか!なんだよぉ!?

「いきなりじゃない。さっきから呼びかけてるのに、返事しないからだろ。まさか、目を開けたまま寝てるんじゃあるまいし」

「んな器用な真似、できっかよ!」

 映像に見入りすぎたようだ。呼んでる声にすら気付かないとは。

「……昔のこと、思い出してただけだ。因縁のな」

「因縁……滅茶苦茶、険しい顔してたが」

 それほどに僕は、あの日々を引きずっていたのか?自覚はなかったが、そうなのかもしれない。

「マジかよー……僕って、割と繊細ボーイなのか」

「それはねぇよ。アホみたいに図太いわ、お前は」

「アホみたいだとッ!?」

 失礼なっ!僕は紳士だぞ!細かい気遣いを忘れない、完璧なっ!

「くそっ、知性溢れる僕に、なんて言いぐさだ……!」

 憤りながら、ふと、あることを思い。

「なぁ、お前には因縁の相手とかいないのか」

 思った事を、自然と口にしていた。

「!……そんな奴」

 ジン太の言葉は途中で途切れ、数秒間、天井を見つめて無言になった。

「いるっちゃ、いるが……な」

 口を開いたかと思えば、右手で顔を覆う。

 聞いてはいけないことを、聞いてしまったのか?どんな因縁が。

「おい、ジン太。言いたくないなら、別に」

「……いいや、大丈夫だ。今は、そこまででもない」

 ジン太は顔から手を離し、ゆっくりと僕に顔を向けた。とても、真面目な表情だ。

「……しかし、因縁の相手というか、なんていうのか、結構複雑な相手でな」

「複雑?どう、複雑なんだよ」

「恩人でもあるんだよ。そいつは」

 そう言うと、彼は目を閉じ、再び無言になった。

 なんとなくではあるが、僕と同じように映像を見ているのだろうと思った。険しいわけでもなく、穏やかなわけでもない、絶妙な表情。

 やがて目を開け、語りを続ける。

「そう、あいつがいなければ……俺は、どうしていたか……だから……」

「その様子を見ると、単純に憎し相手でもないんだな」

「だろうな。友でもあったし。俺は今でも、感謝はしている……こてんぱんに、叩きのめされたが」

 話の内容からすると、仲違いして殴り合いの喧嘩にでもなったか。

「こてんぱんか」

「こてんぱんだ。手も足も出なかった」

 悔しそうに歪む、ジン太の顔。よほどの惨敗だったのが、それから伺える。

「そいつへのリベンジとか、考えてんのか。僕みたいに」

「リベンジ。は」

 ジン太は眼を細め、僕から顔をそらした。

 そのまま顔を反対側の壁に向けると、ぽつりと頼りなく言う。


「諦めたよ。俺は」


 声は何処にも留まることなく、薄暗闇にとけていった。

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