第43話 流れ、変わる

「――今日は、楽しかったです」

「いや、こっちこそ」


 流れる時は、あっさりしたものだった。

 楽しいことは、なんとやら。って、やつか。


 テーブルに着いて話し合いを始めてから、どれぐらい経っただろうか。首を右に回して、窓を見る。

「もう、こんな時間か」

 図書館の窓から見える外は、赤く染まっていた。

 彼女との話が楽しくて、時間を忘れてしまうとは。

(最初は、謝罪のつもりで付き合っていたが……ここまで、集中できるとはな。それもこれも、キャサリンさんが悪いんだ)

 知識豊富というか、才力について詳しい。

 個人的に深く研究してるのが、よく分かる話だった。

(形・方向性は違えど、これも一つの努力の形!!)

 滾るな!これは、やはり!俺まで、染められそうだッ!

(しかし、彼女は何者だろうか)

 これほどの知識を有しているということは、研究者かなにかでは。趣味で、ここまで調べるだろうか。

「……キャサリンさんって、研究者とかなのか」

「えっ?研究者?」

 直球に、聞いてみた。

 キャサリンさんは、少し動揺してる風だ。

「……分かっちゃいますか。凄いですね、ジン太さん」

 星形の黄色い髪飾りを右手でいじりながら、大当たりだと告げるキャサリンさん。その仕草は、純粋に可愛いと思った。

「やっぱり。そんな感じしたんですよ。凄い、物知りで……」

「そうですか……少し、熱心に語りすぎましたかね。私も楽しくなってしまって……ジン太さんが、あまりに熱心なものだから!」

 彼女は照れ臭そうに顔を赤らめ、朗らかに笑顔を向けた。

 どうやら彼女も、似たようなことを感じたようだ。

「才力に関する研究、ですよね?やってるのは」

 そうなると、研究所にも関係があるのかもしれない。

「……そうですよー。仲間達と、こつこつと。なかなか進まないんですけど、楽しさ満点です!!あっ、研究所には関係ないですけど」

 なかったか。まあ、あの研究所の関係者が、研究成果を簡単に言うはずがないよな。

「仲間達と、こつこつ……そうかぁ」

 それはともかくとして、語る彼女の表情を見て、俺は理解する。

 感じていた想いに対して、自分の中で納得がいった。

「?、なにが、そうかぁ何です?」

「はは、なんでもないです。勝手な、自己満足ですよ」

「よく、分かりませんねぇ。ジン太さんの言うことは」

 キャサリンさんは首を傾げ、クエスチョンマークを浮かべた。

「すまない。だが、本当になんでもないんだよ」

「そう言うなら、良いんですけど……ちょっと、気になりますね」

 そんな、気にすることでもない。

「それじゃあ、そろそろ行きますね。わたしの我が儘に付き合ってくれて、ありがとうございます!」

 ただ、キャサリンさんが自分に近しい人間だと。

(嬉しく、思っただけで)


「さようなら――時々この図書館を訪れますので、また会えますよね!」


 笑顔で手を振りながら、グレーのワンピースを翻して去っていった。

 その後ろ姿が、階段を下り、図書館一階に消えるまで見届ける。

「……不思議な人だったな」

 一人ぽつりと、静かな読書スペースで。周りを見れば、誰もいない。

 奇妙な感慨に浸ること、数秒。

「さて、今度は本との対話だ」

 俺はもう少し、残って調べ物をしないとな。

 まずは、どこから……。


「……今度、会ったら」


 また、色々な話を聞かせてもらえるだろうかと、ぼんやりと思った。

 今日出会ったばかりなのに、こんなにも気が合うなんてな。


 ●■▲


 吹く風が運ぶは、血の香り。


「ふー、ふー!!」

 王都の北に広がる、広大な土地。

 名を、アスカルド平野。暗く、その大地を染めている。

 場所によっては脅威才獣が出没することもあり、危険な場所だが、美味しい果実がなる木が生えていたり、食用の才獣が生息していたりするので、わざわざ足を運ぶ者もいる。

「くそ……!強い……!」

 殺風景な地面に立つ、青を基調にした服を纏う、黒髪の男。服の左胸には、アスカール・武の象徴である、赤い蛇の刺繍が。

 息は乱れ、顔に血が流れ、地面に突き立てた剣によって、なんとか立てている状態。

「おのれ……!!」

 この男も、わざわざこの平野に足を踏み入れた者。

 目的は、一般人と違うものだが。


「いやー、頑張るね。流石は、国の治安を守る【第一団】の戦士ってとこかな?」


 第一団の戦士、そう称された男と。

「黙れ……!マットン!!この、恥さらしがぁ……!!よく分からん研究の為に、何を為すか!貴様は!」

 男に殺気をぶつけられる白衣の者、マットン。薄暗闇の中に浮かぶ彼の笑顔は、不気味さを見せている。

 彼は、余裕ありありといった態度で、腕を組んで戦士の前に立つ。

「ははは、言ってくれるね。……私の研究は、阿呆には理解できないか?本当に、楽しい楽しい、やり甲斐があるものなんだが」

 若干、マットンの顔が不満を表している。こめかみが、ピクリと動いた。

「……才獣の乱獲ぐらい、見逃してくれないか?ちょっと、大目に見てくれよ。才獣の実験の為、なんだよ。優しい、戦士様」

「だから、恥知らずだというんだ……!貴様は!」

 戦士は憤り、肉体を奮起させる。

 土から剣が引き抜かれ、マットンへと向けられる。

「おやおや、まだやるのか。私としては、見逃してくれれば……」

「見逃す筈がないだろう……!――ミスト!」

 右手で向けられた剣から、青い霧が発生する。見るからに弱弱しく、今にも消えそうなほどの不安定さだ。

「弱弱しいな。それでは、私の防御は崩せない。……それじゃあ」

 余裕を少しも崩さずに、マットンは両腕を開き。


「――ッ!?」

 

 そのマットン目掛けて、男は球体を投げつけた。霧の剣に注意を向けた上での、投擲攻撃。

 緑の炎を纏った紫の球体は、胴体に命中して赤紫の光を炸裂させた。

「なにッ!?」

 不意の攻撃に体は仰け反り、守りを光が侵食する。溶かしていく。

「これは……!防御上昇が……!」

 ストロングによる防御を低下させる、一光。

 光はマットンの体を包み、ストロングを削る。

「これで……ッ!!」

 この状態ならば、脆い刃でも刺さる。

 戦士の判断は早く、接近も早く。

「おおッ!!」

 

 ぱちんと。

 それ以上に早く、彼の脇腹が抉られた。


 刃の届く距離には、まだ遠く。

「ぐぶッ!?」

 走る痛みと衝撃で、右手に持った剣を手放し。

 勢いのままに、地面に倒れる。

「はー、ちょっと驚いたよ。防御崩壊(シールド・クラッシュ)か。面白い才物、持ってるね」

 マットンは、なにもおかしなことはしていない。ただ一回、指を鳴らしただけだ。

「なにを、した……!!才力……!?才物……!?」

「分からないか?だろうなぁ。この攻撃は、性質が非常に掴みづらい。今まで誰も、理解できたことはない。……みんな、きっちり仕留めたしね」

「……くそぉっ!!」

 マットンの言葉に反発するように、ぐぐぐと、体を起こそうとする戦士。

 倒された同胞の為にも、ここで終わるわけには行かぬと、気力を出して。


 ぱちんと。

 絶命の一撃が、戦士の背中、心臓部分を鮮血に染めた。


「……見逃してくれれば、見逃してやったのに。バカだね。楽しい研究の邪魔するなら、排除するしかないじゃない」

 吐き捨てる言葉は、死臭混じりの風に乗って。物言わぬ戦士に届くことはない。

 戦士は息絶え、男はやれやれと首を振った。

「まったく。面倒な。他のが来る前に、退散しなきゃね……調達班も、捕獲完了した筈だしなぁ」

 遠くを見つめながら、マットンは憂鬱に呟いた。

「……ノーシュの酒が、恋しいなぁ。そっちも調達していくかな」

 見つめる先には、西の港町。

 彼はそこの酒の味を思い出し、少しにやけた。


「帰ったら、ぐいっと行くかね」


●■▲


「危ない!! バッファローが!!」

「!」


 図書館前の通りでジン太はバッファローに突撃されそうになる。

 なんだか前も見たような展開に、ため息を吐きたくもなるが、さすがに慣れて冷静だ。

 バッファローがいきなり来るとか意味不明すぎるだろ、誰か飼ってるのか、流行ってんのか?

 ツッコミは置いといて回避行動を取る。


「フン」


 もうこの程度のトラブルなぞ、トラブルの内にも入らない。

 そう言いたげな表情で彼は突進を避けた。

 完全な予想の上に成り立つプロの技!!


「ごぶァッ!?」


■避けた瞬間に別のバッファローが降ってきて、彼は押しつぶされる!■

■しかも黄金のバッファローだ!■


(予想できるかァああああッ!!)

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