第42話 文武両道

「申し訳ありませんでした……」


 女性の手をしっかり握って、その感触を味わう事案が発生。

 被告人は、「これ、ラブコメじゃね」などと、意味不明な供述をしており。

「良いんですよ。事故ですから」

 優しい被害者は、そう言って俺の行動を許容してくれた。

 

 天使が、ここに降臨した。

 正直、俺が彼女の立場だったら、初対面の男に思い切りニギニギされるとか、嫌だわ。絶対。

(加えて更に)

 なんとか弁明しようとして、口を開いた揚句に。

【――綺麗な手ですねッ!?結婚しましょうッ!!】

【はっ、はいィ!?】

 違うだろうゥッ!?

 いきなり告白するってどういう展開だ!完全に変質者じゃないかァッ!!


(終わった俺の尊厳ッッ。完ッッ!!)

 

 図書館の読書スペースを訪れる俺たち。ちらほらと、読書している人達が窺えた。

 そこに並んだテーブルの一つに着いた俺と。

「ジン太さんですか。わたしは、キャサリンです!」

 ピンクの長髪美少女、キャサリンさん。

「どうしても、読みたい本でして。はい。そういう気持ちは。はい」

 ハンカチで額を拭きながら、謝罪するひと風に弁明する。我ながら少し見苦しい。

 フィルとマリンがこの光景を見たら、渇いた目を向けられそうだ……!


【キャプテン……自首しよう?】

【軽蔑です。近寄らないでください。汚らわしい】

【美女の敵!羨ましい!僕の敵!羨ましい!】


「本当、すみませんでした!反射的に、こう!!」

「いえいえ、良いんですよー」

 机に額を押しつけて、誠心誠意、謝罪スタイル!!

「頭を、上げて下さい。……そんな事よりも、話に付き合ってくれる約束でしたよね?ジン太さん」

 ……そういうことに、なったんだった。なんでも、俺の探していた本がかなりマニアックというか、あまり読まれないものだったので、興味を持ったとか。

(ポピュラーなのは、目を通したからな。別の切り口から、調べてみないと。そう思って、この本を選んだんだが)

 俺の目の前に置いてある黒い本、【才力者と無力者の違いと、克服!君なら、できる!】と表紙には書いてある。

 正直、うさんくさい気がしないでもないが、試してみないと分からないこともある。

「その本……あなたは。もしかして」

 キャサリンさんの、小さい呟き。

「……あ、はい。俺は、【無才】です」

 才力者の反対存在。その意味を持つ言葉を、対面の彼女に告げた。

「珍しい、ですね……えーっと……」

 若干気まずそうに、目を泳がせる彼女。

 天上族は大半が才使いである為、無才であることにコンプレックスを持つ者はいる。そのせいでキャサリンさんは、言葉に詰まっているのだろう。

(俺にはイレギュラーがあるとはいえ、あれは才力かどうかも怪しい……無才で間違ってはいないだろう)

 だからといって、そこまで気まずくされると、こっちまで気まずくなるな。

 この空気をぶち壊せ、俺!

「……あーっと、話をしたいって、具体的にどんな話を?キャサリンさん」

「ああっ!?はいっ!……とにかく、才力に関することを。マニアさんなら、なにか興味深い話が聞けるかなって」

 マニア……。俺は色々と人に聞いたり、本で調べたりしてたが、ここ最近の事情には、国から離れてたから詳しくない。

 俺がここを離れたのが確か、天道暦1750年頃で。

 現在は……だいたい五年前ぐらいか?あの日は。

「そんなマニアじゃ、ないですよ」

 期待はずれで悪いが、正直に言う。

「それは、話してみれば分かりますよ!これも、何かの縁です!それじゃあまず、何から……」

 わくわくしてるように見える、キャサリンさん。

(この人、得られるものに期待しているんじゃなくて、ただ話をするのが楽しい人なのかな)

 そういうことなら、遠慮無く喋れるが。

 この人は、かなりそっち方面に詳しいようだし、俺の方が得られるものは多そうだ。

(ロインじゃないが、べっぴんさんとお話できるだけでも嬉しいしな!)

 俺も、男だ!正直に、楽しもう!

(当然、それに惑わされるようなことはないが)

 ダチ公とは、違うんだな。俺は。


「――決まりました!最初は」


 ●■▲


「ふんっ!!ふんぬっ!!」

 ぶんっ!!ぶんっ!!と、空気を裂く、木剣の音!

 訓練場で、僕は必死になってフルスイングしていた。

 その素振りの音は、なんとも勇ましく。

「ちっくしょい!!」

 本当に素振りだったら、良かったんだが。

 そうじゃないから、空しいばかりで。


「――本気でやってるの?ロイン」


 稽古相手。半ズボン姿のメリッサから、地味に傷つく言葉を受けた。

「やってますよっ!!メリッサさんっ!!」

「そう。あんたのことだから、手を抜いてるんじゃないかと思ったの……」

 手を抜くだとっ!?

(お前の、その姿っ!!目映いばかりの、細い美脚!ノースリーブから現れた、すらりとした両腕!!)

 これを見ながら戦うのが、やりづらい。

 あるよ。それは、滅茶苦茶あるよ。

(まあ、当たったところで)

 効果はないんだろう。と、持っている木剣の輝きを見て思った。訓練用の特質武器なのに僕の全力よりも強そう……。

 剣がへし折れるイメージが浮かんだぜ!!ぼきりとなっ!!

(これは決闘ではないから、セーフ……!挑んでも、勝てる気がしねぇ!)

 なんて考えていると、腹部に衝撃が走った。

「ぐっふぅ!?」

「ちょっと、隙あり。もっと、集中しなさいな。あたし相手に、良い度胸ね」

 ちょっと怒ってる風メリッサの見事な突きにより、僕の腹がへこむ。

 敵わず。僕は、その場にへたり込んだ。

「一旦、休憩にしましょうか。体を壊したら、元も子もないし」

「ふー……容赦ねぇ。幼馴染みに、この仕打ちですよ!」

「そっちの方が、良い特訓になるでしょう?……ジン太に、そう言ったくせに」

「それは、そうなんだけどな!」

 もっとも、偉そうに言ったはいいが、見事に敗北してしまったが……。

「ジン太に、叩きのめされたんですって?あいつ、そんなに強くなってんのね。一回、戦ってみたい!」

「おいおい、いつからお前は、戦闘好きになったんだ?」

 とは言ってみたものの、彼女は割とそういう部分があったな。

 フェアな戦いというか、同等の敵との戦いというか、そういったものを好む一面。


(前のスカイ・ラウンドでの戦いを思い出した……凄い楽しんで戦っていたぜ!【他校】の生徒が引く勢いで……)


「ジン太め……なんで、あたしに一声もないのかしら」

「奴は昔からそうだろ。おかしくはない」

 今日の朝も、図書館が開く時間まで僕と特訓し、さっさと言ってしまった。

 忙しない野郎だぜ。

「そうだったわね。まったくもう。ちょっと顔を見せるぐらい、良いでしょうに……。会ったら、それを口実に決闘を……!」

「……」

 ジン太の知らぬ所で、恐ろしい計画が進んでいた。

 いくら奴が強いと言っても、メリッサ相手は分が悪い。

「……他にも、あんたの家に住んでるって聞いたけど」

「ああ、お前が来たときは、なんかの用事で部屋にこもってたからな。見てないか」

「男?女?」

「うっ」

 いかんぞ僕。メリッサに、警戒されているのか。

 一応なんとか、隠さなくては。あらぬ疑いを、向けられる。

「その反応だと、女ね。それも可愛い」

 あっさり、ばれた!

「何故」

「幼馴染だもの。……ロイン、妙な真似をしたら」

 拳をぼきりと鳴らして、警告するメリッサ。

 信用ないなぁ。僕。

「しないよ!紳士だよ、僕!!紳士は、己を律する者だぜ!!例え、無防備に寝てる子ウサギちゃんが目の前にいても、絶対に手は出さないッ!!」

「力強く宣言するのが、逆に怪しい!」

「弱くても怪しむんだろいぃ!!それよぉ!!」

 酷いやい!それが親友に対する信頼かよぉ!

「……なんて、冗談よ。あんたが、そんな人間じゃないことは分かってるわよ。幼馴染だもの……一応は」

「一応かよぉ!それはそうと、メリッサ!疲れてんなら、マッサージするぜっ!遠慮せずにっ!僕に、身を委ねるんだっ!」

「そういう発言のせいよっ!にやけるなっ!汗だくのあんたが言う言葉じゃないでしょうが!」

 そう言って彼女は、木を支えにして置いてあった鞄に近づいた。

「ほら、これで汗を拭きなさい。もう少し休んでから、再開するわよ!」

 鞄からタオルを取り出し、僕の顔面に投げつけた。

「わぶっ!」

「あと、水分補給もね」

 続けて、水袋を投げつけてきたので、右手でキャッチ。

「なんだかんだ言って、あんたが優勝する姿、期待してるのよ。変に根性あるものね、ロインは」

「……ありがとよ、親友」

 優しいよな、お前は。

 子供の頃からそうだった。そこは変わらない。


「……よし!さらに、気合入ってきた!」

 彼女に貰ったものを元気に変えて、僕はひた走る。

 目的に向かって真っ直ぐに。やるべきことは決まっている。

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