第40話 敗北の日

 星空が、綺麗だ。

「……」

 夜空に煌めく、無数の光。

 目に映るそれらを、なんともいえない気分で眺める。

 顔を流れ落ちる涙は、冷たく。


 僕は、負けた。


(まいった、なんてこった)

 呆然としながら、右手に握られた木剣を見る。

 正しくは、それだったもの。

(粉々だ……)

 渾身のブレードで、纏ったはずの武器。

 残っているのは、柄の部分だけ。

 欠けてしまった、刃。

 それは努力を打ち砕かれたことの、証明でもある。

 まるで僕の心境を表しているようで。

「ああ……」

 負けるのは、やっぱり悔しい。

 ただ単純に悔しいという想いもあるが、一番の理由はあれだろう。

「また、遠のいたか」


【強い人が、好き!】

【リィドさん、みたいな!】


 メイの、強い男のイメージ。

 あの、天才的な戦闘能力を秘めた男、天上学院を首席で卒業した男、リィド・マルゴスがそうなんだろう。

 彼女は子供の頃、よく、リィド・マルゴスの試合などを見に行っていた。

 闘技場で目を輝かせる、彼女。本当に嬉しそうな笑顔。

 僕はそれを、複雑な気持ちで見ていた。


「だから、だな」


 鍛えて鍛えて、強さを磨いた。

 身を削り。精神を削り。

 落ちこぼれのなまくら刀を、そこそこの刀へと。

「……それでも、足りなかった」

 ゴンザレスに負け、ジン太に負け、地に体を横たえる弱い男。

 僕の現実が、それだ。そうなってしまった。

「……!」

 僕は、自分を見下ろして立つ、ジン太に目を向ける。

「……」

 奴は無言で僕を見ていた。

 考えていることは、なんとなく分かる。

 

「なら、倒れてられねぇな」


 それが現実なら変えるために動けばいい。

 泣いて落ちぶれていたって何も変わりはしない。あの時、それを理解した筈だろ。


 涙を左手で拭い、仰向けの体を起こす。

 感じる痛みすら、気力に変えてやる。


 ●■▲


「……」

 立ち上がった友を見て、俺は喜びを抱いた。

 お前ならきっと、すぐに立ち上がると信じていたよ。ロイン。

(なんだかんだで根性あるからな、お前は)

 だからかもな、ロインと親友と呼べる程に仲よくなれたのは。

「……なるべく気を付けたが、大丈夫か?」

 ロインに、怪我の程を聞く。

 見た限り、問題なさそうだが。通り魔に襲われたとかいう、顔の包帯を除いて。

「大丈夫だ。僕も、侮られたもんだぜ。……しかし、加減されて負けるとはよぉ。ジン太のくせに、強すぎだろ。舐めてたぜ」

「くせにって、なんだ。くせにって」

 相変わらずの、自信過剰。

 俺だって、色々と積んできてんだよ。

「その……イレギュラーだったか。それって、異海変動は起きないのか?」

「どうだろうな。よく分からない」

 

 ――異海変動とは。

 別の異海に移動した時に、起こる現象のこと。

(変動するのは、才力と器の性能)

 他の異海に移動することで、習得した才力の性能が上下する時がある。

 同様に、器の性能も上下することがある。

(器の方は、才力と違ってバラつきがあるから、なかなか面倒だ)

 個人の、能力変動。

 それを理解し、その異海に適した人材を選ぶ。オーシャン・ストレンジャーは、そういう風なシステムみたいだが。

(ある異海では強者でも、違う異海では弱者になってしまう) 

 なんてこともあり得るし、当然か。


【――無様ですね】

 

 ……つまり、もしかしたら、俺があいつに勝てるチャンスもあるのだろうかと。


「フィルさんって、そんなに強いんかい」

「強い。やばいな、あれは。死にかけたよ、俺は」

 あれから何度か少し抑えた戦闘を行い、俺達は帰路に着いた。

 戦って思ったが、ロインの力は格段に上がっていた。

 努力の程が感じられて、俺は思わず顔が綻んだ。ロインに気持ち悪いわ!と、言われてしまったが。

「……確かにやべぇよな、あのオッパイは。揉みたい」

「真面目に話せ。揉みたいなら、勝手に揉め。楽にあの世にはいけないだろうが」

 以前、不幸にも誤ってあいつの胸に飛び込んだ時は、この世の地獄を見てしまったからな。

 思い出したら、寒気が。新たなトラウマ誕生の瞬間。

「じゃあ真面目に話すが、そんなに強いならフィルさん、外部枠で大会に出てくれんだろうか」

「大会?スカイ・ラウンドか。外部枠なんてあるのかよ」

「あんだよな。学院側も色々と試したりしてるみたいだから、こういうパターンもあり得る」

 スカイ・ラウンドか。

 今回は、四人でチームを組んでのトーナメント戦らしいが、それにフィルが?

「そんなに強いなら、安心だぜ。色んな意味で。お前も強いが、不安な部分が多すぎる」

「メイとの約束。結婚を前提に付き合う、為……そんな、他力本願でも良いのか?」

「彼女に、ちゃんと確認はしたさ。メイは、それでもきっと納得してくれる。……本当に他力本願になりそうなら、自重する」

「……どうだろうな」

 普段の彼女ならば、顔が真っ青になるレベルの殺戮ショーを繰り広げることは、容易いだろう。

 ロインの見立てでは、イレギュラーを使った俺と、現在のメリッサの実力は、ほぼ互角らしい。

(メリッサには、唯一無二の才力、【才奥(オリジン)】があるが)

 それを加味したとしても、充分いける筈。

 普段なら。

(今のフィルは)

 俺は足下に目を落としながら、考える。

「――ところでジン太。明日は、どうするんだ?」

 掛けられたロインの問いで、それは中断される。

「えっ、あっ、ああ。明日は、図書館に行こうと思う。お前は」

「僕は休みなんで、一日鍛錬だ。図書館……才力に関する、資料漁りか」

「その通り。少しでも、ヒントがあれば」

 良いんだが、そう上手くは行かないよな。

 才力を使えるようになる方法……悪あがきじみてるが、得意分野だ。

 あがいてあがいて、ここまで来たんだからな。

 書物か伝聞か他にも色々……手段はいくらでも使って、模索してやる。才の知識が詰まった国なら見つかる筈。


(やってやるさ)


 ●■▲


 一人の少女が、犯罪に巻き込まれていた。

「やめてぇ……ひっぱらないでぇ……」

 ベッドに身を沈めたマリンが、顔をしかめながらそんな寝言を言う。

 寝言の元は、引っ張られた右頬。

「フフフ……」

 ベッドの横で、膝立ちのフィル。

 犯人は、その光景を見ながら歪に笑っている。

 本当に楽しそうだ。

「……通報しないと」

 ロイン宅、二階の一室。

 そこで俺は、後ろから犯行を目撃していた。しかし、何もできない。これが、無力な一般人の限界か。

 そもそも、何故に俺がここにいるかというと。

「……さて、そろそろ治療に移りましょうか」

 存分に楽しんだ後、フィルは立ち上がり、こっちを向いた。

「頼む……できれば、ロインも」

「気が向いたらやります。まずは貴方。足、挫いたのでしょう?」

「……なるべく、隠してたつもりだったんだが」


 遡ること、ロインとの激突、その瞬間。

(!!、痛ッ!!足、挫いたァッ!!)

 見事にぐきりと、足をやってしまった。

 ロインの攻撃とは関係なく、勝手に負傷。

「大丈夫か?」

 

 ――滅茶苦茶、足が痛い……!!


(なかなか、上手くいかないもんだな)

 地味すぎる邪魔が入る、この場面破壊の力。

 ある時は、転んだ拍子に敵を倒したり。

 ある時は、海賊の首領を倒した直後に、鳥の糞が落ちてきたり。

(もうちょっと、なんとかならないか……)

 そう思わずにはいられない。ここまで絶妙なタイミングで、邪魔が入ると。

 地味なだけ、まだ良いのかもしれないが。

「はぁ……」

「なんで、ため息なんですか?失礼です。侮辱ですよ。この状況に感謝したら、どうなんですか」

 感謝?

 それは、お前の格好の事を言っているか。

(なんで、ナース服)

 純白の、ナース服を着ていた。目の前の、どす黒い女は。

 あれが大きくて、胸元のボタンが外れそうだ。

(いかん、いかん……綺麗だな。外見だけは。内面はともかく)

 欠点はどこにでもあり。か。

「ちょっとしたサービスです。男性は、好きなんでしょう?」

「別に、そんな趣味はない」


 ――ロインなら喜ぶな。狂喜乱舞だ。


■そして■


「……っ」

「どうしました? 顔が赤いですよ」

「なんでもないヨ」

 そんな筈はなかった。

 俺の足を見ているフィルの大きな山が二つ、それを見下ろす体勢になっているので遠慮なく見ることが……って違う、違うッ。

 しかし何だか頭が惚けてきたというか、バカな馬鹿な相手はフィルだぞ性悪だぞ。

 しかししかし、妙に彼女の足の触り方がいやらしいというか、優しくねっとりとした感があるというかッ。


(なんだか、どす黒いお前なのに輝いて見えるよ……フィ


「あ、すいません。間違えました」


■ぎゃああああああ――――ッ!?■

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