第35話 山あり、谷あり

「……はぁ、今日は、散々だなー」

 夕日に照らされた校舎前をまっすぐ歩く僕の頭は、疲れ切っている。

 背負う鞄の重さ、顔を所々覆う包帯の感触が、余計に感じ。

 下校する生徒達の様々な声が、耳障りに感じる。

 ぼんやりと光を放つ二本の木、【光星樹】の輝きすら今は鬱陶しく感じながら、それらの間を通り過ぎた。

 石の地面を踏む足取りは、重い。

「ゴンザレスの奴のせいで……!こんちくしょう!」

 ぼこぼこにされるわ、メリッサとハニーに説教をされるわ、あんまりだ!

 怪我については、薬(ポーション)の才物で、なんとかなるだろうが……。

 これでもし、練兵場の利用許可証が貰えなくなったら……どないすんねん!!勝手に決意してた僕が、アホじゃないかよ!

「大会まで、時間がない……」

 一年に一回、天上学院主催で開催されるスカイ・ラウンド。強さを競う、才力者達の決戦場。

 戦士団のスカウトも顔を出す、半端ない戦い。男子なら一度は優勝を夢見るだろう。

 戦闘の形式は時々違かったりする。一対一だったり、多対一だったり。

 今回は。

「チーム戦による、勝ち抜き形式かぁ……」

 四人一組のチームを組み、トーナメントに挑む。時間は無制限。

 一度負けた選手はその時点で退場、戦えなくなる。

 チーム選びは、慎重に行わなければ……。

「後、一人。……誰にすっかなぁ……」

 二人は決まっていた。長い間、志を支えてくれた友だ。

 しかし、あと一人で迷っている。

「ハニーが出れればなぁ……愛の力で勝ち進む二人。そして最後に……!!うひょ!!」

 メイは強い。学院の中で、間違いなくトップクラスだ。

 流石は僕の嫁ェ!!

「強すぎるが故に、とは……!」

 スカイ・ラウンドは、ある程度力量が拮抗した戦士同士が戦う事を良しとする。

 なので強すぎる戦士は、【殿堂入り】され、出場が禁止されることがあるのだ。

 

 現在、殿堂入りされてる生徒は、三人。


 ――美しき一輪の花。放つ橙色の輝きは、彼女の魅力の一要素に過ぎない……。

 秀才美女、メリッサ!!


 後は、野郎二人。


(ハニーはグレーゾーン。なので、出場しない可能性がある)

 残念ではあるなぁ……。一対一形式ならばともかく、今回のチーム形式なら、味方として彼女の近くで、その可憐な舞を見れたのに!!

「ふぅ……うまくは、いかねぇぜ」


 そう、上手くは行かない。

 誰より努力したから優勝できるなんて、甘いもんじゃねぇ。

【ロイン選手!もう立ち上がれないかー!?】

 一年時は、一回戦であっさり敗退。

 その年の優勝者・「ワンシェル」の野郎に。

【ゴンザレス選手!すばらしい斧捌きだー!!】

 雪辱を晴らす為挑んだ二年時は、更なる雪辱を積み重ねる結果に終わった。

【――くそったれ】 

 圧し掛かる敗北(げんじつ)によって、仰向けに倒れて涙する。

 上空で輝く太陽(ゆめ)は、僕を拒絶しているように見えた。


【優勝という名の頂は・だんだんと遠ざかる】


「……」

 僕は足下の板石に目を落としながら、トボトボと歩く。

 そうして、ダイヤ型の広場に差し掛かったところで。


「――我らが、同士。何をそんなに落ち込んでいる」


 変にシリアスな声を、掛けられた。

 聞き覚えはありまくる。

「なに、この世のままならなさを、嘆いていたのさ……【シャドウ・トライアングル】」

 そう言って、前方、広場中央に横に並んで立つ三人組を見る。

「――下らない。この世は、ままならないのが常なり」 

 三人共に、緑の鎧を全身に纏っている。

「――然り、故に我等は、夢想の果てを目指す」

 不審者、丸出しである。

 しかし通り過ぎる生徒達は慣れているので、気にはしない。

 それにこいつ等だって何の意味もなく、こんな格好しているわけではないんだ。


(才力の法則・ルール)


 人間に宿る器はそれぞれ性質が違う。それに関係して、同じ才力でも使用者によって、違い・法則が出てくる。

 それこそが法則(ルール)。

 

 例えば、技名や、特定の言葉を口にすることで、威力が上がったり。


 特定の条件をクリアしないと、発動できなかったり。


(こいつ等の場合は、前者かな。緑の鎧を纏うことで、使用する才力の精度が上がる)

 話を聞くと、形状は割と縛りがないが、色は絶対に緑でないと駄目らしい。本当は、黒か灰色にしたいのに……と、泣きながら語っていた。

 ……シャドウ・トライアングル。こんな素敵な名前を考えた僕にも、責はあるのだろうよ。才能とは、時に人を傷つける。

(……交流会。最近は開けてないが、あれは実に良い!刺激になる!)

 こいつ等の力量は、僕に負けず劣らず。

 正直、尊敬してしまう時もあるぐらいだ。

(緻密な展開。練り込まれた、世界観……末恐ろしい奴らだ……これでまだ、成長段階とは)

 頼もしい三人組。

 同士であるこいつ等だが、今回のスカイ・ラウンドでは……。

(敵同士。しかも、よりによって、あのゴンザレスのチームとは!)

 先を越された。ゴンザレスの奴め……。

 それだけじゃなく、三人組の方も「同士との戦い、燃える!」的な感じで、ノリノリだしよ。

(不幸中の幸いは、チーム戦とはいえ、一対一で戦う形式であることだな!)

 シャドウ・トライアングルのコンビネーションは、非常に厄介だ。

 二人が隙を作り、そこを目掛けてアタッカーが破壊の斧を振るう。

 弱い部類の脅威才獣なら、撃破できるほどの戦力……!正直、三人一斉に来られたら、勝てる気がしない。

 ……そんな状況には、絶対ならんがね!安心だっ!!

「――同士よ。我等が仲間。赤い髪のゴンザレスが、失礼なことをした……!」

「うん?ゴンザレス?」

「――この通りだ。どうか我らと、ゴンザレスを許してくれ……!」

 僕に向かって頭を下げる、シャドウ・トライアングル。

 こいつ等、その為に校舎前の広場で待ってたのかい。律儀な奴らだな。

「よせよ。あれは僕が挑発に乗ったのも悪い」

 ゴンザレスの見え見えの挑発に乗らなければ、こんな事にはならなかったろうぜ。……奴がそこまで考えていたのかは、疑問だが。

 スルーしないとな、次からは。頑張ろう。うん。

「――同士なら、そう言うと思っていたよ」

 頭を上げ、表情は分からないが、多分笑顔のシャドウ・トライアングル。

「――大会では、正々堂々戦おう」

 真ん中の奴がそう言うと、三人一斉に背を向け、校門に向けて歩き出す。

 背負った紺色の鞄が、目に入る。

「鎧の上に、学生鞄……」

 ありだな。

 シュールだが。


「……行ったか」

 去っていくシャドウ・トライアングルの背中を見ながら、僕は呟いた。

「さてと、僕も運動場へ行くとすっか!」

 僕の視界に映るは、広場から続く、正面・右・左の三本ある石畳の道。それに沿うように置かれた道案内用の立て札も、同じく三。

 その中の左の道に向けて、一歩を踏み出した。

 行き先は運動場・【研磨の域】。

(さっきより、足が軽い)

 正々堂々戦おう。

 同士の、あの言葉のせいだろうか。心に熱い火が点いたような気がするぜ。めらめらと、燃えてやがる……!

「柄じゃないな。奴じゃ、あるまいし」

 熱血野郎、ジン太君。

 あんな風になっては、メイに嫌われるだろうな……。くわばら、くわばら。

「僕は、僕の道を。進んで、必ず……」

 

「あら、ロイン君。これから鍛錬かしら?」


「?、ああ!リンダ先生っ!!」

 広場から出ようとした時、背後からの声に振り返る。

 見えた髪は、青色のサイドテール。

 見えた瞳は、薔薇のような真紅。

 きっちりした水色のスーツに浮き出る体のラインは綺麗で、特に聳え立つ二つの山が素晴らしい!

 それをジロジロみることなく、一瞬で読み取る!紳士パワー!

(美人さんやで!)

 僕のクラスの担任でもある、美しき戦士。

 これでまだ独身なんだから信じられん!

 周りの男見る目なさ過ぎやろ!

(……レイピア)

 腰に巻かれたベルトに付いた、武器。

 関係あるかもしれないな、その理由に。

「おはようございますっ!今日も、お美しいですねっ!!ええ、本当っ!」

「おはよう?……ふふ、お世辞ありがとう。ロイン君って、女性に優しいわよね」

 お世辞だなんて、とんでもない!心の底から、そう思っていますとも!

 何かの用事で、朝から姿が見えなかったが……今日の才獣関連の授業が、先生担当だと知っていれば……。くそっ!!やっちまったっ!!……それと先生!僕の優しさは!限定的なものです!

「ロイン君、これから鍛錬なんでしょう。私、少し時間が空いたから、一戦だけなら付き合えるわよ」

「まじっすか!是非!!よろしく、お願いしますっ!!ありがてぇ!!」

 勉強になるなっ!!色んな意味でっ!!

「良いのよ。頑張ってる子を見ると、応援したくなるの」

 優しく微笑みを向ける、リンダ先生。

 癒される、僕の心。


 ――今日は、ついてるな。いや、マジで。

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