第14話 二つの戦い

「パパ!!ママ!!褒めて!!褒めて!!僕ね!!」 

 

 港町フェルンの中央広場にて。

 演習場は壊され、守りの象徴の像は粉々になり、一部の石造りの地面は荒れていた。

「僕ね!!」

 何カ所か陥没したその地面に、仰向けに寝転がる人物がいる。

「僕」

 その人物からは赤色が広がり、地面を浸食していた。それの発生元は、肘から先が消失した二本の腕。それ以外の損傷は、鎧を貫通して全身に突き刺さった、電光を輝かせる多数の矢。

 赤色は命のもと、されど彼は動くことができない・両足の骨が折られているから・このまま死を待つのみ・無様に顔を汚しながら。

「期待はずれ。――だから私がやるって、言ったのに。君じゃ、荷が重いわよ」

 その姿を見下ろしている、凛々しい銀髪の女性がいた。

 両手には、白一色のクロスボウが二丁。それこそが、ジーアを打倒したのが誰であるかを証明していた。

 体に鎧を纏った彼女は、隣に立つ仲間に愚痴をぶつける。

「調子に乗りやすいんだから。もう……」

 それは、彼を案じた言葉とも受け取れる。

「油断した……。なんて、言い訳だな」

 愚痴をぶつけられたエドワードは、赤く腫れた頬を右手でさすった。

「強かったな。これが、リアメル最強の騎士の力か。僕の水晶の刃が敗れるとは……」

「君の切り札、わりと破られてない?」

「そんなことないよ」

 誤魔化すように、エドワードは言った。

「……しかし、その最強の騎士もこの様か。なんて醜態だ」

 地面に倒れたジーア。彼は笑いながら、意味が分からない独り言を口にし続けている。目の焦点が狂ったその面に、失望と軽蔑を混ぜた視線を向けるエドワード。

「ショックによるものかしら。守りたいものを守れなかったのだから、しょうがないかもね」

「……お前が相手では。相手が悪いな【エルマリィ】。天上の一人よ」

 天上。彼は確かにそう言った。

「そうでもないわよ。この少年、雷(エレキ)の発動速度が異様に速かったし、攻撃上昇と防御上昇もかなりのレベルだった」

「少年か?……それはともかく、その評価には同意しよう。雷(エレキ)は武強(ブレード)の中でも発動速度が速いが、それにしても異常な速さだった。僕はおろか、お前よりも速いんじゃないか?」

 エドワードの評価に、エルマリィは頷いた。

「かもしれないわね。情報じゃ、あまり努力は好かない少年だったみたいだけど。恵まれてるのね。あの少女を思い出す」

 エルマリィの脳内に流れたのは、過去の戦場の記録。

 敵を冷酷に処理していた、あの少女。冷たい雰囲気を纏った、天賦の才を持ちし者。

「……嫉妬とかするのか?お前」

「しないわよ。どうあれ、持った能力で頑張るしかない。例え凡人だろうとね」

 そう。彼女は嫉妬したことなどない。自分が持った能力で、努力を続けるだけだと。そうやって長い年月、磨き抜かれた力はジーアを凌駕した。

「……さあ、とどめを刺しましょうか」

「仕事熱心だな。好きか?」

「これに関してはノーコメントよ」

「……まあ、見るに堪えないしな」

 エルマリィは、右手のクロスボウを丁寧に地面に置く。

「ほら。大事に頼むぞ」

 予備の剣を、エルマリィに手渡すエドワード。

「ありがとう。……ちゃんと手入れされてるのね。感心」

 彼女は、一束に纏めた腰まで伸びた長い髪を揺らしながら、ジーアに近づく。

「パパママパパママ、みんな、僕が、私が」

「君は」

 そして、剣を振り上げて。

「努力するのが、遅すぎたわね」


 ぐちゃりと、音が響いた。


「これで、一段落だな」

「いきなり頭がやられるとかー。どんだけー」

「不意打ちじゃ、仕方ないだろ。……【白亜の槍】、せっかく持ってきたのになぁ」

 ガルドスは無人の部屋で鼻歌を吹いて、足下に転がる大きな黒い袋を見遣る。

 彼以外に、その場所に人は存在していなかった。


 人だった、赤い物体や白い物体は転がっている。


「んー、なんか切り札がある感じだったけど。なんだったんだろうな?――フィア」

「さて?わたくしには分かりませーん!!」

 ぎゃははははは!と、下品な笑い声を上げるフィア。玉座に座る彼女の口からは血が流れ、純白のドレスを赤く染めている。

 本来、そこに座るはずの人物の姿はどこにもなかった。

「お前な。少し食い過ぎじゃないか?太るぞフィア」

「えー、そんなこと言われても。この王様、わたくしに全てを捧げたそうにしてたから。つい……それにぃ」

 げらげらと笑いながら喋るその姿に、彼女の面影など少しもない。

「わたくし、フィアじゃないんですけど」

「そうだったな。でも、どうでも良いんじゃないか?あっちの牢屋にいる方と、同じ姿なんだし」

「私はただの人形よー。情報収集用のね……あっ、そうだ。これ!」

 偽のフィアは座ったまま、小さい物体をガルドスに投げつけた。

「!――これは」

 ガルドスは、それを華麗にキャッチしようとして――掴み損ねて、床に落とす。

「……」

 失態を晒したポーズのまま、真顔で数秒硬直。

 下手に格好付けようとした為、余計に恥ずかしい。

「……うわ、だっさー」

「わざとだよ!?本当だよ!?」

 ガルドスは恥ずかしそうにしながら、床に落ちた物体を拾い上げる。

「小さい剣か。ほうほう……これは」 

 鞘に収まった玩具のような小ささの剣を、興味深そうに見るガルドス。その姿は知力が感じられ、それをフィアは、らしくないと思いながら観察している。


「――さっぱり分からない」

「ですよねー。ぎゃは」

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