第13話 覚醒

「うわあああああああー!?」


 それは、まさしく日常の破壊だった。

 三番通りを必死に走る、人・人・人。何かから逃げる為に走っているのは明白で、その何かは、人々が通り過ぎた地点を少し遅れて過ぎていった。

「はっっ!?はっ!?」

 その少しのタイムラグ、それが無くなった者から死んでいく。

「ひやっ!?やっ、やめっ――びゅぎゆ」

 ぐさぐさと、刺されて、死んで、刺されて、死んで、どんどん減っていく逃走者。

 死を運ぶ、鉄の兵隊との追いかけっこ。

「ふっっ!!ふっ!!」

 一人の青年が、走っている。

 彼は、子供の頃からかけっこが得意で、誰にも負けない自信があった。しかし、 あの天才に負けて、現実を知り、走ることを止めてしまった。でも、こんなことになるならもっと走っておけば良かったと反省してるから神様どうかもう一度だけチャンスを――ごっひゆぅ。

「いやっ!!いやぁ!!」

 一人の女性が走っている。彼女は――ぐぎゃ。

「パパー!!ママー!!」

 一人の子供が――びゃい。

 体力が尽きた、つまずいて転んだ、助けに戻った、理由は様々なれど、結果はどれも同一だった。


「はっっはあ!!はっ!!ちくしょう!!」

 シュウは未だに生き残っている。靴の片方は途中で脱げてしまい、足の裏がじんじん痛むが、それでも命は拾っていたのだ。

(悪夢かよ……ッ!!)

 ここまで生き延びたということは、多数の嘆きの声を聞いてきたということ。それらを振り切って、密かに思いを寄せていた花屋の店員の断末魔を、耳を塞いで振り切ってきた。

「ふっっ!!」

 そうしてやっと辿り着いたのは、町の中央広場。

 時々だが公開演習が行われ、守りを司る騎士像が四方に配置されている場所。

「ふふ……はは」

 シュウは知る。そんな物が、人を守ってくれる筈はないのだと。

「なにが守りの像だよ……ッ!!」

 騎士像は壊されていた。

 壊したのは、広場に存在する多数の鎧兵。

「逃げ場……なしか」

 シュウの体から力が抜けていく。

 後ろの通りから追いかけてくる、多数の兵。

 広場の殆どを占拠した、多くの兵。

 どう考えても詰んでいた。シュウの周りの生存者も、表情でその気持ちを伝えていた。


「――詰みだな。生存者、諸君」

 広場を占拠した兵達の中に、異様な雰囲気を纏った男が一人。

「全ての大通りは抑えた。例え町から出られたとしても、周囲を固めた兵達に射殺される」

 兜を脱ぎ、それなりに整った顔をさらけ出している男。

「お前たちは、良く頑張ったよ。なので、この僕、エドワードが、楽に死ねるように命令しよう」

 茶の髪を肩まで伸ばした青年、エドワードは右手を上げ、兵達に命令を下す。

「全員かかれ!苦しめないようにな!」

 殺害の命令と共に動き出す兵達。がしゃがしゃと鳴る鎧の音すら、シュウ達には絶望を煽る、最悪の音楽に聞こえる。

 

 もう、彼等に抗う気力はなく――。


「やらせません」 

 ならばこそ自分が抗わなくてはどうすると。白い鎧を着込んだ、金髪の勇者が参上した。

 

 襲いかかる兵達を、疾風の如く蹴散らして。


「あ、貴方は!?」

 驚愕するシュウ。彼の目に映った騎士の動きは、以前に見た覚えがあるもの。しかしその顔は、包帯が巻かれていて良く分からない。

「皆さん!私のそばに!必ず守り抜きます!」

 現れた希望の光、ジーア。それにすがるように、彼の元に集まる人々。

「――面白い」

「隊長。私が」

「いや、お前は下がっていろ。他の者達も手を出すな!!」

 集まるのは、味方だけではない。その輝きに興味を持ったエドワードが、ジーアに向けて走り出す。

「手合せ、願おう!!」

 それを迎撃するべきジーアも拳を構え。エドワードは、腰の鞘から細長い剣を抜いた。

「はあああっ!!――水晶の刃!!」

 言葉を引き金にして、エドワードの持つ剣から、青色の霧の様なものが噴出する。

 才力による、武器の強化。言葉を乗せることで、その効果を引き上げる。

「はあっっ!!」

 上段から振り下ろされる青き刃。真っ直ぐな閃光が、ジーアの頭を切り裂かんと迫り――!

「ブレード・エレキ」

 雷光の左腕で剣の横っ腹を殴った。剣の中心が砕け、破片が右に飛んでいく。

 驚きに染まったエドワードの硬直。その機を逃さず右腕を突き出し、全力の雷光を顔面に叩き込んだ。

「ぐゅっ!?」

 弾き飛ばされる体。そのまま地面を何回か転がり、立っていた地点に戻された。


(戦えている)


 ジーアは自分で自分の力に驚いている。

 昨日のダメージはまだ残っていて、だからこそ慣れ親しんだこの町で療養していたというのに。

 沸き上がるこの力はなんだ?これほどの力は、体験したことがなかった。ダメージがあるはずなのに、昨日よりも動きは鋭い。

 何かを守りたいと、強く願った結果なのか。

(私は、納得いかなかった)

 なんで善に対して、ああいった反応が返ってくるのか。嫉妬心などで、覆ってしまうようなものなのか。

 いつしか、守りたいと思っていた者達を憎むようになっていた。

(――だが、この状況になって気付いてしまったんだ)

 そんな事は、関係ない。やはり自分は強く願っている。


(弱くも必死に生きようとする命を、守りたいと――迷いなく、そう思える)


(ジン太。彼との戦いで、自分の心と向き合う機会を得られたおかげだ)

 発散し、己の本心を見つめるのは辛いものだが。決めることは出来た。

 あの人には、感謝するべきか。もう私は侮らない。

(酷いことを言った)

 いくら罪人とはいえ、あれは不味かったと。彼は思う。

 とはいえ負けたのは悔しいので、機会があれば必ずリベンジすると誓って。

(その為にも、ですね)

 ここを切り抜けなければ。そうして、皆の命を守る。

(防衛に向かったであろう団長、王には奥の手がある)

 ならば、ここで自分が踏ん張らなければ。


「では、反撃開始です」

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