第7話 再会

 ――天上とは、ある傭兵集団の名称。

 

 ある者は、一生遊んで暮らせる富を。


 またある者は、特殊な土地の情報を。


 様々な理由で、彼等は戦った。


 敵対者は怯え、逃げ出し。


 彼等を、称した。


 【怪物】と。


「――その天上が、何を伝えたいと?」

 表す感情は変わらず冷たく、立ち姿は揺るがず力強い。

 天上の一人、フィルは、冷たい目つきで謎の長髪女性を見ている。

 女性は白いフリルのカチューシャを着け、黒を基調としたメイド服を着ていた。ミニスカから覗く右太ももには、空のナイフホルダーが巻きつけられている。

「……その前に自己紹介を。わたしは天上の一人、ドルフの妻、ウィルと申します。以後、お見知りおきを」

 紹介の口調は丁寧で、礼儀正しい。

「見事なお手際でした。わたしの勘も、まだまだ鈍ってはいませんね……。ふふ」

 投げナイフで攻撃を仕掛けた事実は変わらないが。と、フィルは思う。

「ドルフ。……あのドルフ」

 告げられた名前は、確かにフィルが知っているもの。かつて共に戦った仲間の名前。

(――天上。半数以上を上位種族が占める、集団)

 脳裏に蘇る記憶は、遠い戦場。

 正義感の強い男がいた。彼の振るう斧は、研ぎ澄まされ、洗練されていて。

 怠惰の塊の様な男がいた。やる気はなかったが、その才は確かなもので。

 形のないものを求めた女がいた。彼女は、戦場で何かを観察していた。


 そして、ドルフ。


(一言で言えば、戦闘狂い)

 敵の肉を潰し、血をぶちまけ、徹底的に踏みにじる。それを楽しみにするような危険な男。殺戮狂いと言ったほうが、正しいか。

 彼はただ闘争を、その先の血の海を求めて傭兵になったような者だ。鍛え上げられた肉体は、その為のものだったのか。素手で敵を粉砕していく姿は、正に異常の極み。

 屠った敵の数で言えば、彼が一番ではないだろうか?

(……ドルフの妻、本当だとすれば)

 下手に危害を加えるのは、危険。フィルはそう判断する。

(ドルフは凶暴ではあるけど、一緒に戦った者に対しては、情が深い傾向があった)


「無愛想な奴だな。まあ、良いや。俺が好きなら問題なし」

 などと、妙に自分に馴れ馴れしかったのを思い出すフィル。いや、全員に対してそんな感じだったが。

「背中を任せる。こっちは任せろ」

 彼とは一緒に戦う機会が多かったので、特にそうだったかもしれない。

「え、皆そうなんじゃないのか?常識だと思ってた」

 どこか、親しみやすい感じもあった気がする。異常者。

「ノードスの奴、俺の事が嫌いみたいだな。殺意持ってるレベルで。まあ、問題ないな」

 仲間から殺意を向けられても、平然としていた男。戦闘での苛烈さとは裏腹に、非常に冷静だった。もしかしたら、フィル以上に。

「一緒に飲まないか?やっぱり友達は大事だよな」

 事あるごとに、一緒に飲もうだとか、戦いの感想を語り合おうだとか、誘われたことがフィルにはあった。


「多分、お前達が最後の戦友になるな。感謝するよ。皆に会えて、本当に良かった」

 

 最後に彼はあんな事を言っていたが、妻と名乗るウィルとも、一緒に戦うことで絆を深めたのではないだろうか。彼女に手を出せば、彼が報復に乗り出す可能性は高い。

(というか)

 ドルフはなにを?フィルの認識が正しければ、伝言を任せるぐらいなら、自分でなんとか伝えにいくような性格の男。戦闘に関しては凶暴ではあるけど、決して横暴な人物ではなく、普段はむしろ落ち着いていて、常識的な部分がそれなりに多かった。

「……懐かしいわね。彼は現在何を?」

「……」

 フィルが自然に放った問い。それはウィルの顔を強ばらせる。もしかして、聞いてはいけないことだったかと、フィル。

(なに?)

 少しの硬直時間を経て、彼女は問いに対する答えを口にした。重々しく開かれた唇が、痛ましい事実を語る。


「自動車に轢かれて入院してます。全治二ヶ月です」

 

「……はい?」

 流石のフィルも、少し困惑した表情に。

(入院……怪我をした……自動車?……資料室で見たわね。確かあれは)


 異海に存在する、車だったか。


 与えられた情報について考えるフィルに構わず、ウィルは言葉を続けた。

「にゅほん?にいほん?……第三異海(サード・オーシャン)のそんな名前の国に滞在しているのですが、酔っぱらった状態で無防備なところを、あのアホは、失礼、あの平和ボケのアホは……!!」

 歯ぎしりしながら、ミニスカを両手で握りしめて語る彼女の表情は鬼気迫るもので、フィルの背中から様子を伺っていたマリンは、ひえっ、と更に怯えた。

「いや、まいったな。ははは……じゃないんですよ。人がどれだけ心配したと……!重ねて失礼。少し取り乱しましたね。まあ、とにかくあのドアホは、現在動けない状態なので、わたしが伝言に」

 取り乱していることに気付いた彼女は、すぐさま状態を復元した。しかし垣間見えた凶暴性は、真実のもの。

「そういうこと。納得したわ。それで伝言の内容は?」

 なんだか腑に落ちないこともあるが、とりあえず伝言の内容を聞いてみることにしたフィル。


「――この国から、早急に去れ。だそうです」


 ●■▲


「――彼女に会うには、このルートを通らないといけない。王城に繋がっているんだ」

 俺とレンド、二人の足音が通路に響く。

 建物の奥にあった赤い扉から、この石畳の通路に入った。中はひっそりと静まり、足音が良く聞こえる。

 俺の視界で、壁に取り付けられた蝋燭の火が妖しく揺らいだ。

「この通路。才力が宿った通路か。才物に分類される。種別は、道(ルート)の接続(コネクト)」

「おれ達は、天の道って呼称してるな。……詳しいんだね」

 この島に来る前に、資料に目を通しておいたからな。

(物にも、才力が宿る)

 誰かの手によって作られた、命を持たぬもの達。それらにすら、付属する力。


 そういった物を、才物と呼ぶ。


(俺も一つ持ってる。それもレア中のレアを)

 これを手に入れる為に痛い思いもしたが、結果的には良い方向に転んだといえる。フィルも……仲間になったしな。うん。

「空間の乱れが激しくなってきたな。そろそろ接続面か」

 俺の前方と周りの壁に、異変が生じる。石造りの灰色の壁が、いくつかの部分だけ変色した。

 色は白。変色は一定時間経つと元に戻り、更に一定時間経つと再度の変色。

「混ざり始めたね。……そうだ、一応伝えとこうかな」

「?」

 少しだけ前を歩くレンドが、少しの緊張感を俺に伝えてきた。

「なんか最近、妙な噂があってね」

 妙な噂?おいおい、なんだよ不安になるな。

「この国を乗っ取ろうとする、不穏分子がいる。……そんな噂なんだが」

「不穏……」

 ――何故か。イケメンの顔が浮かんだ。

 ……まさかな。

「ままっ、ただの噂さ!そんなことより、天の力に思いを注ごうじゃないか」

「そっ、そうだな!」

 単なる噂だ。噂。

「ジン太は、どんな力が欲しい?」

「うーん、やっぱり肉体を強化するやつとか」

 あれは便利そうだ。色々なことに使えるだろう。フィルの奴ほどの強化は無理……かな。

「普通すぎないか?やっぱりさ、空飛びたいだろ。男の夢的に考えて!空飛んで旅とか!」

「お前は、船に乗って旅をするのが好きなんじゃなかったか?」

「たまにはそういうのも、ね」

 残念だが、レンド。空を飛べる才力はないぞ。いや、まだ確認されてないだけかもしれないが、少なくとも後天的には手に入らない。

「いやー!夢が膨らむな」

「そうだなー」

 夢を壊しちゃ、あかん。そう考え、口を閉じた。

「きちんと二人共に習得できたら、町の酒場で飲もう!」

「騎士的に大丈夫なのか?おごりは?」

「そっち」

 ふざけんな!壊すぞ!!

「あの酒場は、料理が滅茶苦茶美味くてさ」

「ほう、それじゃあ楽しみにするか」


 俺とレンドの下らない歓談は、少しの間続き。


「完全に、変わった」

 白い壁とそこに飾られた風景画、赤を基調とした絨毯、高級そうな窓から見える庭園らしき場所、明らかにさっきまでの場所とは違う。

 ここは、王城だ。つまり、フェルンから少し離れた王都に到着した。あり得ないほどの、短時間で。

 これこそが、異なる道と道を繋ぐ接続(コネクト)の力。

「王城の廊下に到着か。あの扉の向こうに」 

 おれ達の前方、二十歩以内に到達できそうな距離に、大きな扉がある。

「ああ、いるんだ」

 赤い両開きの扉、あの向こうに。彼女と、

(求め続けた)

 才力。まだ見ぬ、未知の領域。俺にそれを扱う才能があるかは分からないが、天才的な「才使い」になれる可能性もあると。

(フィアはそう言ってくれた。だから俺は、それを信じて色々とやってきたんだ。そして功績を認められ、遂に――天才)

 特別な人間。優れた人間。そういった存在になれる可能性が。


【もうあの涙も汗も、傷つき裂けた両手も、全身を襲う痛み苦痛も、無駄にならずに済む】


(夢が、あふれる)

 しかし、俺の足は進まない。

 理由は、ドアの前に立ちふさがる物体。

「なんだ?犬?」

 赤い体毛が、鋭い牙と目つきと爪が、俺の注意を解かせてくれない。どうしてか、体が震える。

「おい、レンド」

 俺は左に立つレンドに、横目を向けた。

 彼の口端が、僅かに上がっている。

「――え」

 その笑みは、何度か見たことがある。目論見が上手くいった人間の笑み、とても危険な笑み。


 ――俺は咄嗟に、右斜めに飛び退いた。


「ううあッッ!?」

 俺が立っていた地点を、切り裂く爪。かなりの速度で飛びかかってきた赤い犬の、確かな殺意。

「……!?」

 その斬撃は、とても鋭く殺意に溢れていて、ならばこそ俺の脳裏に浮かぶ一つのイメージ。

 避けなければ、死んでいた。

「あっ……はっ」

 高鳴る心臓、冷えていく体。突きつけられ現実に、抱く思いは。

(逃げろ。さもなくば)

 俺は反転し、全力で走り出した。

「ごめん」

 そんな呟きが、聞こえたような気がしたが、今はどうでもいい。

 走れ、走れ、走れ。

「はっっ!!」

 遠ざかる、希望の光。彼女の居場所。

「はっっ!はっ!!」

 その代わりに俺に迫るのは、暗く重い絶望だった。


「ごめん」

 呟いた言葉はジン太に届いただろうか?別にどちらでも構わない。おれの罪悪感を消すための言葉なのだから。

(罪悪感はある)

 当然だ。おれは彼を本当に友達だと思ってたし、彼と過ごす時間は本当に楽しかった。

 なら、何故に裏切ったのか?答えは簡単だ。

(死にたくないから)

 死にたくない。おれはあの人に殺されたくない。

(おれの主)

 元々おれは、あの人に雇われてこの国で騎士をやっていたんだ。

(騎士なんて……)

 別に好きでもなんでもなかった。旅の方が好きだ。

 だから、あの報酬に飛びついた。

(一生の旅ができるほどの富と、自分の立派な船、並べられた報酬の数々)

 飛びついてしまったんだ。

(後悔の底へ)

 まさか、こんなことをやらされることになるとは。なぜ、詳しい内容を聞かなかったのか。自分の迂闊さに吐き気がする。

 しかし一度やると言ったからには、やらないと。時間がない。

 主は、約束を破った者には非常に厳しい。

(破ったら)

 どうやって殺されるか?まず間違いなく、まともな殺され方はされないだろう。一度だけ、主の【やり方】を見たが――この男は、本当に同じ人間か?と。

 

 想像するだけで、ああ嫌だ。


「……」

 そうして今、その死から逃れられるところまで来てる。

(扉を開ければ……中の護衛も対処済み)

 天の使い様がいる。彼女を連れ去れば、おれの仕事は終わり。その為に【あの人】に助力を頼んだりと、準備してきた。

 ああ、ここまで長かった。おれは、やっと不安から解放される。感謝するよジン太。後で伝えるのは無理そうだから、今伝えよう。


 君と出会えて、本当に良かった。

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