第16羽 一難去って

 無数の小枝のような脚をばたつかせ、ヒヨコ魔物が目の前に迫って来ている。


 私は、背後の木を支えに立ち上がろうと脚に力を込めるけど、ガクガクとするだけで立ち上がれないでいる。

 ヒヨコ魔物からの攻撃に備えて、身体中の気力を振り絞って、腕を前で組むようにして防御を固める。


 くそっ、負けるもんか!

 桔梗たちや向日葵さん、兎神様に、それに……。

 絶対、必ず、元の世界に戻って、みんなに会うんだ!


 出来る限りの力を振り絞り、覚悟を決めた。

 その時。


 突風が吹き、鈍い炸裂音が響き、ヒヨコ魔物はゴロゴロと転がって甲高い叫び声を上げている。


 私とヒヨコ魔物の間をさえぎるように、つむじ風をまとい一羽のウサギが立っていた。


「大丈夫かい? 梨乃ちゃん」

 少しこちらを見て様子を伺うのは、白黒パンダウサギの杏。

 私は声がでないので、コクコクとうなずいてみせる。


「良かったよ、具合も……大分良さそうかな?」

 杏はつぶやくと、大地を踏みしめ魔物の方に向き直る。


「ボクの友達をいじめてくれたみたいだね? 覚悟はいいかい?」

 風のベールまとい、その場でステップを踏むように軽く動くと、その姿が陽炎の様にゆらりと揺れる。

 キャー、杏ちゃんカッコいいー!


 杏は滑るように魔物の懐に飛び込んでいく。

 ヒヨコ魔物は、その短いくちばしで杏を迎え撃ちデカい頭を振り下ろすと、大きな音を立ててヒヨコ魔物の頭が地面にめり込み土煙を上げる。


「びきょっ!」

 でかい炸裂音と共に、ヒヨコ魔物の身体が跳ね上がる。

 杏が魔物の側面に回り込み、突き上げたのだ。

 あの小さなモフモフの手で、とんでもないよネ、杏。


 舞うように移動し、ヒヨコ魔物に拳を、蹴りを、浴びせていく。

 疾風怒濤しっぷうどとうってやつだね。

 しかも移動と打撃の早さで、まるで削岩機の音みたいになっている。


 魔物は動きに付いて行けないで、ビヨビヨと叫び声を上げている。

 たぶん目どころか、意識もついていけてないんだろうなぁ。

 私は見えてるけどね! ふふんっ。


 トッ、と軽い音を立て、杏がヒヨコ魔物の頭上に飛び上がり、くるりと身体を回転させその勢いのまま、ヒヨコ魔物のでかい頭に脚を振り下ろした。


「風閃割り!」

「ぴぎょっー!?」

 杏の声とヒヨコ魔物の叫び声、そして鈍く重い炸裂音が重なる。


 杏の踵落とし? (踵? かな?)の威力は、ヒヨコ魔物の背後の地面をえぐり取り、ヒヨコ魔物は、クッションを思い切りつぶしたように凹み、その勢いで跳ね上がり、大きな音を立てて地面に倒れこむ。


 あれだ、擬音で言うと「ドカン」「ボヨ~ん」「ドスン」みたいな。

 しかも、頭ピヨピヨしてるわ、ヒヨコ魔物だけに。


 トコトコと一仕事終えたみたいな顔をして、私の方に杏が歩いてきて、小さな手で背中をさすって。

「うん、うん、打ち身だけのようだね、うん」

 感心するみたいに言っている。


 修行やらなんやらで、丈夫になっているみたいです、はい。

「……ありがとう、ごめんね」

 かっすかすの声がでた。


「元にも戻ったみたいだね」

 笑いながら杏が言っている。

「……あー!?」

 本当だ、あの二重人格みたいなのが治ってる!

 ちょっと、涙かでそうになっているのをさえぎるように、

 ヒヨコ魔物が叫び声を上げた。


「びぃいぃぃぃ!」

 脚をモジョモジョと動かし、逃げ出すために、立ち上がろうとしている。


 まぁ、逃げ出す分には、ほっておいていいかな。


「んー……」

 杏が魔物を見てうなっている。

「どうしたの杏?」

「まだ、お仕置きは終わってないんだよね、ボクの分は、もういいけどサ」

 ちょいちょいと、指さしている。


 ヒヨコ魔物は、脚をばたつかせて、結構な勢いで逃げ出している。


 その目の前に、一羽のウサギが現れた。

 白い毛に青い瞳、桔梗だ。


 音もなく大きな光の壁が現れ、魔物の行く手をふさぎ、一枚、二枚と数を増やして、あっと言う間に取り囲んでいく。


 ぐるりとヒヨコ魔物を取り囲む、光の壁。


 そして。

「壁立閃刀!」

 桔梗の声だ。

 光の壁は、光の柱となって閃光と熱気を放つ。


「まぶしっ! あっつっ!」

 熱風と閃光が渦巻く嵐のように暴れまくる。


 これ、アレだ! レーザー光線だ! やばいわー。

 杏が風を操ってガードしてくれているので、いくらかましになってるはずなんだけど。


 時間にしたら数秒だろうか。

 光の嵐が消え、焼けた焦げ臭い臭いが漂っている。

 魔物の周りの土は溶け、黒い岩のようになって煙りを漂わせている。

 ぐってりと潰れた饅頭みたいになっている魔物の足は、溶けて固まった地面に埋まっている。

 アレは目が覚めても動けないな。

 それと、また頭ピヨピヨしてるわ、ヒヨコだけに。


「梨乃!」

 桔梗が駆け寄って来て、まだ座り込んでいる私の頭を抱き締める。

「ごめんね、もう大丈夫」

 私がそう言っても、「うん、うん」と言って離してくれない。

 しばらく、このままでもいいかな、気持ちいい。


 ******


「ひゃあ!」

 胡桃が張り付けた湿布の冷たさに、変な声が出た。

「ん! 我慢、するの」

 桔梗たちと椿たちの元に帰ってから、ポーション的な水薬やら湿布やら、てきぱきと手際よく私の治療をしてくれている。

 椿も私の姿を見てモフンと抱きついてきて、しばらく泣いていた。

 心配かけちゃったなぁ。


 望月には怒られた、『正気に戻ったのなら、何故呼ばない』だそうだ。

 だって、思い出す余裕なかったし、ゴメンねモッチー。


 私が変な風になった原因も話を聞いた。

 あの時、虎モドキ魔物の吐き出したモノは、私の意識を乗っ取った。

 その正体は、魔王クワの力の源『人の悪意』。

 うさちゃん達には、そんなに効かないらしいけど、人間の私には相性?が良かったみたい。

 迷惑な話だ。


「また、あんな事になったら嫌だなぁ」

 私が小声でつぶやくと、側にいて治療してくれている胡桃が「大丈夫、なの、もうすぐ、来るの」とか言ってる。

 何だろうと思っていたら。


「あなたという方は! ホントにもう!」

 とか言いながら、蘭さまが来た。

 なんかちょっとハァフゥしている。

「ハァ、疲れましたわ……、兎神様からいただいてまいりましたの、これを首に巻いておきなさい」

 そう言って、赤い……朱色って言うのかな? 折りたたまれた綺麗な布を差し出してきた。


 私があんな事になって、慌てて兎神様の元に行って来てくれたらしい。

「ありがと、蘭さま、えっと……これは何?」

 そう言いながら首に巻いてみる。

 おぉ? 思ったより長いな、マフラーっぽいぞ。


「兎神様の御神気が通っている布ですわ、首元に巻いてあるだけで、悪いものは身体に入らないでしょう」

 おぉ! ありがたい、御神器二つ目ゲットだぜ。


「赤いマフラーなんて、ちょっとヒーローっぽいね」

「”ひーろー”が何かわかりませんが、まだダメダメですわよ」

「たっはー、きびしいなぁ蘭さまはー」

 そんな事を言いながら、みんなで笑い合った。


 良かった、本当に。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る