第3章  夢のために、キッズコーナーへ

第25話   新たな職場へ

 汽車の発車時刻を間違えてしまって、一時間半ほど時間が余って、でも以前みたいに辺りをきょろきょろしながらスイーツ屋さんを楽しむ心の余裕は、なかった。


 駅中のベンチで、一時間半、ずっとぼーっとしていた。これから行く先には、この国一大きな劇場がある。キッズコーナーに囲まれて、大変賑やかな場所だと聞いているが、セシリアは張り切れなかった。


(ハァ……団長から出された課題なのに、メル一人見つけるための運賃とか補助金っぽいお小遣いとか、そういうの出ないのかしら……出ないのよね〜)


 虹色の綿飴のような汽車の、最後尾、従業員用の地味な色合いの車両に、異様に重く感じる荷物を両手に乗り込んだ。窓枠に肘をのせて、走り出してゆく景色を、ぼんやりと眺める。


 誰かにメルへの伝言を残そうにも、仕事が多忙な彼は、仕事以外の伝言を全て断っていると言われて、どの従業員も承ってくれなかった。


(伝言すら受け取れないほど忙しい、仕事の最前線で働く人気者……わたしみたいなバイトごときが、追っかけられる人材じゃないのね……)


 伝言が無理なら手紙はどうかと考え、メルの同僚に預けようとしたのだが、それも断られた。いつぞやの夜に、メルとロビンが食事に来たあの時間は、二人にとって奇跡的に合致した貴重なひとときだったんだと、セシリアは思い返した。


(すごいなぁ、メルは。いや、メルさんだわ。さん付けしないと)


 次こそ会える、という希望が、自分の中でだんだんと薄らいでいるのをセシリア自身も感じていた。


(十数年生きてきたから、自分が疲れてる理由はだいたいわかるわ。これは、全力で走り回っているのに結果が出ないことへの、強い不満と不安のせいよ。ここのところ、ずっと自分の作品の潔白を証明する方法と、メルを追いかけることばっかり考えてたし……息抜きなんて、してる暇もなかったわね……)


 せめて汽車の車窓を眺める今だけは、別のことを考えていたかった。



 世界中のお菓子を模した樹脂の飾りでキラキラした、見た目からでも甘ったるさが漂う駅に到着したとたん、セシリアは切符と駅名を何度も確認した。


「ここ、こんな駅だったっけ? カウボーイさんがいたときは、もっと西部劇ふうな、古びた馬車みたいな色合いだったはずじゃ……」


 駅名は、ここで間違いなかった。いつまでも車内にいては汽車が出発してしまう。大急ぎで荷物を抱えて車両から出ると、改札越しに両手を振る、元気いっぱいな女性がいた。


「ようこそ、サーカス国キッズコーナー村へ! あなたが紹介状に書いてあった新人くんね、待ってたわ!」


 ショートヘアを鮮やかなオレンジ色に染めた女性だった。上下の繋がったグリーンの作業着姿だ。


 待たれていたとは思わなかったセシリアは、目を丸くしながら駅員に切符を渡して、改札を出た。


「あ、あの、初めまして。わたし、セシリアです」


「うんうん、そんなに緊張しなくていーよー! あなたみたいな人、みーんな待ってたんだから!」


 あなたみたいな人……その言葉が、妙に胸に引っかかったセシリアだった。


(なんだか、えらく歓迎されちゃってるけど、キッズコーナー村って、こういうノリが普通なのかしら……)


 さあさあ早くこっちこっち〜! と手を引かれて、一番カラフルで大きなテントへと、導かれていった。国で一番大きな劇場と、左右で対を成すように建っている。



 居酒屋で働いていた時の制服も可愛いかったけれど、キッズコーナーで働くことが決まった途端に支給されたのは、ポップな色合いの、お菓子みたいな形の端切れがいっぱいついた、愉快な制服だった。


 その制服を最初見たときに、セシリアは自分がお菓子の国の住人だったかのような気分になった。チューリップの口みたいな袖に、バルーンスカート。ピエロメイクをしていないだけで、道化師のようだった。


「こ、これ、わたしが着るんですか……?」


 思わず、先輩従業員に尋ねてしまった。


(無理! 絶ッッッ対に似合わない! これが本当にここの制服なの? だれも着てないじゃない……)


 大きなサスペンダーのついた小粋な制服姿の先輩たち。こんなバルーンとしたスカートなんて誰も履いていなかった。


「そうだよ~。開演十分前には衣装の着付けに入るからね」


 着替え用の小さなテントが指差された。横幅がとても狭くて、素早く着替えてすぐに外に出ないと、渋滞を起こしてしまいそうだった。


 いろいろ言いたいセシリアだったが、居酒屋のバイトを辞めてしまった手前、好き嫌いを言っている余裕なんかなかった。メルに会うため、そしてロビンと会うため、さらにはアパートの家賃を払うために、ここで働かなければならない。


(大丈夫、大丈夫よ、わたし。新しいお宿だってすぐに決まったし、幸先はいいわ。なんとかやっていけるはず!)


 通勤のための運賃が馬鹿にならないため、セシリアはガラスペンをくれたあのおじいさんが管理するアパートも、出ることになってしまった。今度のアパートも家賃の安さで選んだため、似たり寄ったりのボロボロなアパートだが、セシリアの目的は豪華な住まいを狙うわけでは無い。メルとロビンに会い、それから自分の作品の清廉潔白を証明するために、そのためならば引っ越して早々に床が抜けたって、何の事はなかった。



 大きなテント内ではサーカスの催し物や、キッズ向けに改変された世界的に有名な演劇、子供用品のバザーなどなど、イベントがたくさん! なのだそうだが、セシリアが紹介されたのは、テントの外回りで開催される「青空戦隊ショー」。以前は「青空西部劇」だったそうだが、主役の役者が落馬して腰を痛めてしまい、急遽戦隊モノに変更したのだと、セシリアはオレンジ髪の女性から説明を受けた。


(バイト初日の新人だし、今日は仕事の手伝いをしながら作業を覚えたり、ビラ配りやお子さんへの粗品のお菓子詰めなどかしら)


 仕事を覚えるための、地道な一歩を進むのかと思いきや、


「はい、これ、ステージでしゃべるあなたの台詞集ね」


「え?」


 そこそこの厚みのある台本を渡された。以前の人が読み込んだのか、ページはぼろぼろで、たくさんの付箋ふせんが飛び出している。受け取った瞬間に、付箋が数枚ひらひらと足元に落ちて、慌てて拾うセシリアだった。


「あの、先輩? これは、全部わたしが覚えなきゃダメな感じですか?」


「全部じゃないよ~。ステージに立つ役者全員の台詞と動作が載ってあるから、それにもザッと目を通して、全体の流れを掴んでおいてね。あなたがしゃべる台詞は、そこまで数がないはずだから」


「わかりました。わたし、締め切りがあるほうが気合いが入りますので、いつまでに覚えればいいか、教えてください」


 新人をステージに立たせるなんて、そこまで人手不足がひどいのだろうかと、セシリアは焦りながらも請け負う覚悟を固めた。


「今日だよ。若いんだし、三十分もあれば覚えられるから」


「ええ!?」


「それじゃ、お願いね。今日のステージの成功は、あなたに掛かってるわ~!」


「ちょ、先輩!? どこに行くんですか、せんぱーい!」


 オレンジ髪を揺らしながら、倉庫へと小走りに急ぐ背中。他の従業員とともに、演奏に使う楽器や、楽器を置く土台、椅子、客席用のお子様用の椅子、敷物などなど、倉庫からどんどん出てくる出てくる、大道具の数々。


(わたしも物を運んで設置するほうに行きた〜い。ああ、なんてことなの、なぜ新人のわたしが、初日でステージに)


 先ほどの先輩も見失ってしまい、仕方なく台本を読み込むため、その辺の丸太の椅子に座った。


(みんな力仕事してるのに、わたしだけが座って読書してる。なんだか、わたしだけサボってるみたいで、焦るわね)


 忙しなく目の前を通過してゆく従業員の気配に、足音、生み出される風圧に、セシリアは胃がキリキリしてくる。それでも、自分に与えられた役目を今日中にこなすために、必死になって台本をめくった。


(ええ!? わたしの役って、ステージの進行役!? あ、ナレーション役も含まれてるわ。うっそ、まだステージの世界観とか掴めてないのに、子供たち相手にわかりやすく進行できるのかしら……なんで新人初日のわたしに、こんな大役を。もっとストーリーを知り尽くしてる人に任せるべきだわ)


 本が分厚く見えたのは、ステージ上の登場人物全員の台詞が網羅されていたせいだった。セシリアはとりあえず自分の台詞だけを拾って、目を通してゆく。責任重大の大役に、手の震えが止まらない。顔を上げても、手の空いている従業員はいない。着々と組み立てられてゆくステージ、客席、貼られてゆくポスター……とても「無理です、わたしこの役を下ります!」なんて言い出せる空気ではなかった。


(ああ緊張する、でもやるしかないんだわ。今さらここで無理ですーなんて断っちゃったら、初日でクビになりそう)


 台詞を読みこんでいくうちに、自分の台詞の直前までしゃべっているキャラの台詞も覚えなければ、自分のしゃべり出しもわからないことに気づき、冷や汗を流しながら他のキャラの台詞も覚えていった。時間がない。衣装の着付けは十分前で、開演時間まで三十分を切っていて……。


「すみません!! 遅刻しましたー!!」


 突然の大声が、セシリアの集中力をぶった切った。何事かと声の主のほうを睨むと、見覚えのある顔と体格の男性が一人、肩で息をしながら汗だくで走ってきた。


 オレンジの髪の先輩の目尻が吊り上がる。


「ちょっとちょっと新人くん! そんなに汗まみれでアクタースーツ着ちゃ、ひっついて動きづらくなるでしょ。シャワー室が空いてるから、急いで浴びてきて!」


「え? でも、開演まで三十分切ってるっすよ?」


「遅刻したきみの、自業自得! さ、チビッ子たちが待ってるよ。爽やかな登場、期待してるからね!」


 先輩にバンバンと背中を叩かれて、大男はおろおろしながらシャワーのある個室へと小走りで移動してゆく。


(あの人……馬車でお爺さんを突き落そうとしたり、団長に会おうとして警備員に追いかけられてた人だわ。ここで働いてたのね。え? じゃあ、同僚ってこと? しかも、あっちが先輩なの? わたしと違って、正社員かしら。嫌だなぁ、あんな人に先輩ヅラされるの)


 初日から気が滅入るセシリアだった。しかし時間は、待ってくれない……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

劇団魔王【祝2000PV】 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ