エピローグ

最終話 僕と旧友たちと22枚のカードの話


 今日は、話中に登場してくれた僕の旧友たちの話をしたいと思います。


 実は、この連載がある程度進んだところで、僕は話中に登場する人物にそれぞれ連絡を取り、僕たちの大学時代のタロットカードにまつわる話を書いて公開してもいいか、尋ねていました。

 ほとんどの友人たちが当時を懐かしんで、快諾してくれました。さすがにみんな実名を伏せてほしいとのことではありましたが。


 旧友たちには心から感謝します。

 彼ら、彼女らなしにはこの話、いやこの話だけではなく、僕の大学生時代、そして今に続く僕の人生の半分近くそのものが成り立っていなかったと思います。


 今日はそんな僕の旧友たちの近況についてのお話しです。


 これを以て、このお話「あのころ僕は占い師だった」のエピローグにしたいと思います。



 まずは麻衣子先輩。


 先輩は大学院に進学した後、博物館に就職して学術研究員のような仕事をしています。驚いたことに近々ご結婚されるとのこと。電話口で久しぶりに聞いたその声は、昔のままでありつつも、僕の記憶よりも随分明るくて華やいだトーンでした。


「私もね、一度くらいは結婚しておいてみようかな、と思ってね」

「それは驚きました。ともあれ、おめでとうございます」

「ほら、私、一回婚約しそこなってるじゃない?」

「先輩、それブラックすぎて笑えないです。まじで」

「だからね、今回は婚約しないで結婚できるように、先にね、妊娠してみたんだ」

「はあああ?」


 なんなんですか、この人は。相変わらずぶっ飛ばしてくれます。お相手はどんな人なのかと聞こうとした僕は、ハタと思うところがあって言葉を飲み込みました。

 もしかして旦那さんになる人、麻衣子先輩にハメられたんじゃね?

 ……先輩ならやりかねません。それを確かめるのは、ちょっと怖すぎます。

 世の中知らない方がいいこともある、と無理やり自分を納得させました。


 その一方で、僕の胸の中に甘酸っぱくて温かい、それでいて刺さるような心象の波が去来します。感激でもない、後悔でもない、郷愁でも薄寂でもない。その感情を文字で表現するのはとても難しいです。

 僕と麻衣子先輩と二十二枚のカード。

 占い師だったあのころには、僕たちは戻れません。もう二度と。

 これが青春時代との完全な決別の瞬間なんだな、と僕は唐突に自覚しました。

 僕は少ししんみりして電話に向かってつぶやきます。


「……ついに先輩も普通のママさんになっちゃうんですね」

「ふふふ」


 謎めいた先輩の含み笑いは、昔のままの、僕のよく知っている麻衣子先輩の声でした。



 次にマキ。


 マキは大学卒業後、おそらく知らない人はいないであろう有名会社に就職し、僕たちの仲間うちで一番最初に結婚して、今では二児のママさんです。会社は育児休職中だそうです。きっと会社の同期の旦那さんと二人の娘さんに囲まれた、笑いの絶えない楽しい家庭を築いているに違いありません。


「ゆう君、久しぶりやん。元気? 奥さんと仲良くやってる?」

「まあ、二人ともぼちぼちやってるよ。育休いつまで?」

「もうすぐ終わりやねん。久しぶりに会社いかなあかんからちょっと憂鬱。育休終わる前にゆう君とこ遊びに行っていい?」

「もちろんさ。子供も連れてきなよ」

「んー、幼児連れは迷惑やろうから私だけ行くわ。奥さんとも久しぶりにゆっくりお話ししたいし。うちら話してる間、ゆう君どっか行っててな」

「なんだよ、俺がいたらまずい話でもすんのかよ」

「ひひひ、まずいっていうか、ゆう君の過去の悪行を洗いざらいな……」

「悪行なんてしてないって。マキさ、なんでもいいけど、嫁さんに嘘吹き込むのはやめてくれよ? それより、また占ってやろうか?」

「へへ、今は私、そこそこ順調やからやめとくわ。なんかあったら占って」

 そりゃ、いいことだ。

 マキの人生には今のところ迷うところはないようで、何よりです。

 やっぱりマキは心から笑っているのが似合います。


 ヒロキは新聞記者になって現在海外赴任中。新聞の海外面の特派員コラムにときどき記事が載っています。まだ独身だそうですが、海外の独り者はいろいろ誘惑が多そうです。大丈夫でしょうか。彼とはメールでしかやりとりできなかったのがちょっと残念です。


 『帰国した時は連絡しろ、飲みに行こうぜ』とメールを打ったところ、異国の美少女のヒロキ直筆イラスト(多少いかがわし目)がわんさか添付されたメールが返ってきて、ビビってしまいました。こんなの妻に見られたら間違いなくぶち殺されます。僕は速攻でそれを暗号化USBに保存してパソコンから消去しました。まったく手間取らせやがるぜ。ちょっと嬉しかったけど。


 タケシも大学院に進学した後、そのまま大学の教授にでもなるのかと思いきや、「俺、勉強嫌いだから」の一言を残して国家公務員になりました。一番結婚が心配された彼でしたが、最近十一歳も年下の奥さんをもらって調子に乗ってます。


「うちの嫁さん、ちょっと頭良くなくてさ。家計簿の計算とか間違いだらけで……」

「いや、おまえと比べたら日本人の99.8パーセントは頭良くないんだから、そういうこと言ったらダメだぜ、タケシ」

 しかも彼は数学専攻、数字のプロです。

 家計簿の計算くらいおまえがやってやれよ、と言ったら、愚痴という名ののろけ話が始まり、それが延々と続くので途中で聞くのを放棄してしまいました。


 いずみはマキのすぐ後に大学の同級生と結婚したのですが、一年ちょいで離婚。今は二度目の結婚をして通訳をやっています。


「この前アメリカの偉い人の後ろで通訳やっててテレビに映ったんだよ。見ててくれた?」

「そんなピンポイントで見れるかよ。前もって教えてくれてたらまだしも」

「あ、それでね、ゆうすけ君」

「なに?」

「私、今度離婚するから」

 今度結婚するから、という報告はよく聞きますが、離婚するからと報告をくれたのは僕の生涯で今のところいずみだけです。というか再婚してからまだ二年そこそこだったはずなんだけど……。


「はああ? またかよ!」

「いや、どうも経済感覚が合わなくてね」

 いずみがこういう生き方をするとは予想外でした。結婚も離婚も芸能人並の決断の早さです。いや、破天荒という点では予想どおりなのでしょうか。


「次はもう少ししっかりした男にするわね」

「次があるのかよ! ていうか、まさかとは思うけど、いずみ、もうめぼしい男がいるんじゃ……」

「それは言わない約束♡」

「変なとこでアニメ声出すなって。びびるだろ。年考えろよ!」

 世の中にはホントに知らない方がいいことがあるようです。いったいいずみはどこを目指しているのでしょうか。まあ稼ぎは十分でしょうから納得の道を進んでくれたらとは思います。呆れてるだろうって? そりゃ、少しだけ、ね。


 あゆみさんは地元に戻ってローカルテレビ局の経済記者をやってて、たまにテレビにコメンテーターとして出ているそうです。「あゆみさんがクソ真面目な顔で景気動向解説してたりするの見ると、笑えるよ」とマキが言っていました。我が家ではエリアの関係で見られないのが残念です。


 テツロ―は卒業後、これも誰もが知ってる会社に入ったのですが、数年で辞めて地元に戻ったそうです。直接連絡つかなかったので、近況はタケシに教えてもらいました。今回連絡がつかなかったのは彼だけです。少し心配です。連絡が取れなかったので本編で彼の出番は極端に少なくなってしまったのが心残りです。


 さっちゃんの消息は麻衣子先輩が教えてくれました。


 彼女は地元の母校に戻って国語の教師をしているそうです。結婚しているのかどうか、それは「気になるんなら、ゆうすけクンが自分で聞きなさい」と教えてもらえませんでした。当然、直接連絡なんてできていません。というか、そんなのできるわけないじゃないですか。麻衣子先輩の底意地の悪さは、結婚したぐらいで直るものではないようです。





 実は主要な登場人物の中で、既に公開してしまった分は渋々認めたものの、それ以上の登場を頑強に拒み、公開済みの本編に対しても、強硬に、嵐のように、怒涛のクレームをつけた人物が一人だけいました。


 旧友とは言い難い関係のその人物とは……。




 ある休日の午後、僕は自宅の書斎で「あのころ僕は占い師だった」の公開済みの話の誤字修正をしつつ、草稿を打っていました。


 ノリで始めたタロット占いに関するお話し。連載を続けるうちにいろいろな人に読んでいただくことができました。

 僕自身も昔の出来事や学生時代の空気感を思い出しながら、楽しく、そして時に切なくなりながら、書けたと思っています。読んでくださった人たちにはホントに感謝してもしきれません。僕は一人でパソコンを前に感慨に浸っていました。


 すると、突如背後から澱んだ怨念と歪んだ憤怒をこれでもかと叩き込んだ、極めて不吉な唸り声が聞こえてきます。僕は、その殺気に縮み上がりながらおそるおそる振り向きました。


 至近距離に妻が立っていました。


「……びっくりするじゃん。黙って俺の背後に立つなよ」

「ねえ、あなた。……何打ってたの、今?」

「あ、いや、そのー、あー、これはだな。少しタロット占いのやり方をみんなに教えようと思って……」

「なんか見えたんだけど。見せてよ」


 これはまずい。非常にまずい。極度にまずい。僕の中で緊急事態発生のアラームが鳴ります。


「いや、ちょっとまだ校正中だし、見せられるレベルのもんじゃ……」

「いいから見せなさい! 壊すわよ?」


 妻が壊すと言ってるのは、この場合どう考えても僕のパソコンのことです。話を読まれるのとパソコン壊されるのとどっちがマシか、一秒ほど比較検討した僕は、仕方なくパソコンを妻に譲って、その隙にキッチンに逃亡しようとしました。


「そこにいなさいっ!」


 妻は鋭く僕を制して、画面に表示されているページを読み始めました。間の悪いことに、ちょうど開いていたのは第十一話です。妻はそのページをガッツリ読み始めてしまいました。


―――あちゃー、それ、おまえが一番読んじゃダメなページなんだよねー。


 妻はものの数分で開いてあるページを読み終わると、ドスの効いた声で僕に話しかけます。


「あなた」

「はい」

「なんなのよ、これ」

「あ、はい。ごめんなさい。ストーリー展開上、こう書いておかないと主人公の心情的な繋がりが……」

「何が主人公の心情よ! 書き直すか、削除するかどっちかして!」

「そ、それは勘弁して……」

「勘弁して、じゃないわよ! 私、この時、あなたにキスなんかしてない! これじゃ、まるっきり痴女じゃない!」

「いや、ほら、あずさに共感出来るっていうコメントもついてるし、これ削除しちゃうとこの後の話がぐちゃぐちゃになるし……」


 妻あずさ――今は僕と同じ姓になっている旧姓片桐あずさ――は、髪の毛を逆立てんばかりの勢いで怒っています。まさに怒髪天を衝く状態。


―――やべえ、こいつガチギレしてる……。


「こんなの公開してるの? 信じられない! ぼかしてるあるけど、だいたいホントのことなのがさらに頭にくる!」

「いや、その、みんな楽しみに読んでくれてるんだしさ、ここはちょっとしたクライマックスだったし、あずさのファンもいるみたいだし……」

「勝手に話に登場させというてファンもへったくれもない! と・に・か・く。今後、公開していいのは私が良いって言った文章だけだからね! わかった?」

「……はい」


 ひー、怖かったー。久しぶりに本気で殺されるかと思った。

 しょうがない。今日は晩御飯でも作ってやって機嫌を取るか。

 こないだ豪快に買物代払ってやったばかりなのになあ……。




 僕があずさと一緒になった話。

 それは、タロットカードとはいささかの関わりもない、よくある恋物語の一つでしかありません。

 その話はここで詳しく語るべきではないでしょう。


 ごく簡単に言うと、就職してしばらくしたころに再会して、敷かれたレールを走るように、坂道を転がるように、まるでそれが運命であったかのように、自然に一緒に暮らすようになっていたのでした。結果的に僕は人生の大半をあずさと一緒に過ごしています。


 あずさと暮らして分かったこと、それは僕はあずさには決して敵わないということでした。

 これまでも。そして、これからも……。



 ここまで読んでくださった皆様、本当に心から感謝します。


 皆様は、もう一通りタロットカードで占いができるようになっているはずです。


 二十二枚のカードが織りなす神秘の世界。


 是非一度皆様もタロットカードを手に取って、実際にカードの囁きを聞き取ってみてほしいと切に思います。


 皆様の人生を、そして気になるあの人の人生を、少しだけ変えるお手伝いをしてくれるかもしれません。


 僕のこの思い出話『あのころ僕は占い師だった』はこれで終わろうと思います。


 読んでくださった皆様の未来が『星』と『世界』で満たされていますように、と祈りながら。





(終)





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あのころ僕は占い師だった  ―― 僕とあの人と22枚のカード ゆうすけ @Hasahina214

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ