第9話 終点、博多
「いよいよ今日は『のぞみ』の終点、博多まで行っちゃうよー」
「おー!」
「おー!」
「おぅ」
社会科室に集まった四人の前で、高らかに宣言する多々良。そして喚声を上げる三人。何日も続いた東海道・山陽新幹線の旅も、いよいよ終点だと思ったら感慨深い。
「そしてまたしても、この記念すべき日に……、太っ腹な先輩からのリッチなプレゼントだぁっ!」
「おぅ」
「おぅふ」
「…………」
信用できない多々良の太っ腹。若葉だけじゃなく、六実と阿左美もさっきに比べたら、トーンがかなり低い。みんな怪しんでいるんだろう。
「じゃーん! 今日ののぞみ29号はなんとグリーン車だ! 一人当たり四千百十円の豪華プレゼントに、打ち震えるがいい! バババーン!」
(よくも毎度、実質ゼロ円のプレゼントで恩を着せられるなぁ……)
効果音までつけて恩を着せた割には、何が違うのか全然わからない。
座席は今日も、新幹線の旅になってからはお決まりの、一組の座席を反転した四人掛けのボックス席。のぞみ29号の到着時刻になったので乗り込んで、実際に椅子に座ってみたけれども、やっぱり違いはわからない。
なので、若葉は多々良に尋ねてみた。
「あの……多々良先輩。グリーン車って言われても、何が違うのかわかんないんですけど」
「まだまだだねぇ、若葉は。普通席に比べるとグリーン席は、座席間隔が12センチほど広いのだよ」
「わかりませんよ、そんなの……」
それよりも若葉は、教室の後方に見つけた真っ黒い布の山の方が気になる。
(あれって、カーテンの暗幕だよね。授業で映画見るときに部屋を暗くするための。なんでこんなものがここに……)
ふと見上げれば、外されている暗幕のカーテン。一枚だけみたいだけれど、それでも相当な大きさの一枚布。今日の多々良は何をしようとしているんだろう。
若葉は今日も、出発前から嫌な予感しかしない……。
「さあ、出発よ~ん」
のぞみ29号博多行きは、定刻通りに広島駅を――といっても社会科室を――午後三時二十七分に出発した。
いつもより、十二センチ広いボックス席。実際の新幹線の席ならまだしも、学校の椅子で間隔を広げてもありがたみはない。
けれども若葉たちは、今日も他愛もない話で盛り上がる。
「あの美術の先生。絶対ナルシスト入ってるよねぇ」
「六実先輩もそう思いますか? 自分をモデルに生徒に絵を描かせるとか、やっぱり普通じゃないんですかね?」
「あー、それ今年もやらされてるんだ。そこで変な顔に書くと、ずっと根に持たれるから気を付けた方がいいよ」
「あたしなんか漫画のイケメンをトレースして出したら、『こういうのはダメだぞ』って言いながら、花丸もらったぞな」
(トレースはダメでしょ、トレースは……)
毎日毎日、放課後に集まっての机上旅行。大半はこんな世間話。
それでも話題が全然尽きないのだから、不思議で仕方がない。
そして四時も過ぎ、もうちょっとで終点かと若葉がぼんやり考えた時だった。
多々良は壁の時計を眺めながら「うん、そろそろだな」とつぶやくと、教室の後ろにあった暗幕の山を抱え上げる。
ただいま午後四時十分。一体何が起きるというのか。
――ブァッサァァア……。
突然若葉たちの視界が奪われる。
「ちょっと、なに? 多々良、なんなの?」
「うわぁあ、真っ暗ですぅ。何も見えませぇん」
若葉は心の準備ができていたけれど、六実と阿左美は突然の出来事に驚いている。
被せられた暗幕を払いのけようとする六実を制しながら、暗幕がすっぽり覆っている四人席へと、多々良も潜り込んできた。
「五分ぐらいだから我慢、我慢。束の間の暗闇を楽しもうじゃないか」
「えぇっ、えぇっ なんでぇ? なんで暗闇なんですかぁ?」
「のぞみ29号はこれより、新関門トンネルへと突入いたしまーす」
(たぶん、こんなアナウンスもないし、真っ暗にもならないと思う……)
車掌のアナウンス風に、鼻をつまみながら説明する多々良。
若葉が感じた疑問は、やっぱり六実も感じたらしい。
「関門トンネルに入ったって、新幹線は真っ暗にはならないんじゃないの?」
「雰囲気じゃよ、雰囲気。それに五分なんてあっという間だって」
(その、あっという間のために、カーテンまで外して準備したわけね。大した行動力だわ……)
「ふぇぇえええ。なんだか胸に変な感触がぁ」
「それはだな阿左美、トンネルの気圧変化だろう」
「えぇ、そぅなんですかぁ?」
「多々良、またあんたは――」
その時突然、目の前が明るくなった。暗幕が取り払われたらしい。
「――何やってんの、あんたたち!」
四人が見上げた先には、社会科の先生が腰に手を当てて仁王立ち。
慌てて多々良が弁明する。
「ここは新幹線の車内で、今は新関門トンネルで……」
「え? なにわけわかんないこと言ってるの?」
「あの、だから先生は、時速三百キロ近くの新幹線に飛び乗ったということで……」
「ちゃんとカーテン戻して帰りなさい。戻さなかったら、この壁の穴を正確に数えるまで帰さない刑だからね!」
「…………はい……」
(しゅんとする多々良先輩って、ちょっとかわいいかも……)
さすがの多々良も、先生相手には机上旅行を貫き通せなかったらしい。
それにしても、視聴覚室や音楽室にもあるこの壁の穴。正確な数を先生は知っているんだろうかと、若葉は疑問に思った。
「よく食い下がったね、多々良。見てておかしかったわよ。ククク……」
「ぐぬぬぬ……。独身車掌め……」
「でも、いくら先生でもぉ、ルール違反はいけないですよねぇ」
(阿左美ちゃん……。その勝手なルール作ったの、この人だからね)
乱入者のハプニングもやっと落ち着きをみせた頃、いよいよその時刻がやってきた。
――十六時三十三分。博多駅到着の時刻。
「お荷物など、お忘れなきよう。前のお客様に続いてお降りくださいー。本日は山陽新幹線にご乗車いただき、誠にありがとうございましたー」
多々良がまたしても車内アナウンスの真似事をする。
けれどもそう言われてしまうと、楽しかった旅が終わってしまった気がして、若葉は下車するのがちょっと寂しく感じた……。
「ちゃんと押さえててね、お願いよ。まったく、なんで私たちがこんな目に……」
カーテンを元に戻しながら、六実がぼやく。
教室の天井はとても高く、カーテンレールも遥か頭上。机と椅子を積み上げて、やっと手が届く高さ。こんなところから、よく多々良はカーテンを外したものだ。
「おほー。今日は縞パンかー、絶景だねぇ」
「こら、上見んな! そもそも外したのはあんたでしょ、多々良」
「六実がジャンケン弱いのがいけないのだよ。鍛錬するんだね」
「ちょっと、若葉ちゃんも見ないでってば」
「あ、すいません……つい」
(でも、やっぱり見たくなっちゃうのよね。なんとなく……)
六実がカーテンの取り付けに悪戦苦闘している一方で、多々良が若葉と阿左美に声をかける。
「昨日伝えておいた通り、この後は泊まり込みで合宿だからね。二人とも、家の人の許可はもらったかな?」
「はぁい。大丈夫ですぅ」
「わたしも大丈夫ですけど、本当にいいんですか? 多々良先輩の家に泊まりに行っても」
「よか、よか。苦しゅうない」
「でも、合宿って何やるんですか?」
楽しみではあるものの、素直にワクワクできずにいる若葉。何よりも多々良の家というところが、不安を掻き立てる。
すると多々良は、得意げな表情で若葉に答えた。
「――終点の博多まで来たのだぞ? 福岡市内観光に決まってるじゃないか」
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