キャスパー 「友達になる」

 この作品は子供向けのコメディなので苛烈な葛藤を意図して回避しています。それを確認しながら観るのも面白いでしょう。


●プロット概要

1. 富豪の娘キャリガンは父の遺産として廃墟となった屋敷を受け取った。古すぎて資産価値はないと聞いて彼女は怒り狂うが、宝が隠されている事を知り、嬉々として屋敷に向かう。


2. 屋敷にはキャスパーという男の子の幽霊と三体の大人の霊が住んでいた。キャスパーは友好的だが、大人の霊はキャリガンやエクソシスト、解体業者などをポルターガイスト現象で驚かせて追い返してしまう。


3. 大人の霊が人間を追い払ってしまうので、キャスパーは寂しい思いをしていた。彼はテレビで「幽霊相手の精神分析家」を自称するハーヴェイ博士を知り、キャリガンが一時滞在しているホテルの部屋にあるテレビに憑依してその番組を彼女に見せた。彼女は博士を雇って屋敷のポルターガイストを解決してもらうことにする。


4. キャリガンに雇われ、屋敷に向かうハーヴェイ博士父娘。娘のキャット(主人公)は父が母アメリアの霊を追い求めて各地を転々とするため友達ができない。到着早々キャリガンは博士に一日も早く問題を解決するように迫る。父娘は屋敷に住み込みで対応することになった。


5. たまたま大人の霊たちが留守だったため、妨害されずに父娘は屋敷に入ることができた。広い屋敷の中でやっと使えそうな部屋を見つけたキャットの目の前にキャスパーが現れる。驚いて悲鳴を上げるキャット。駆けつけた博士はちょうど帰ってきた大人の霊たちと闘い、なんとか一時的に追い払うことに成功する。


6. 翌朝、キャスパーはおいしい朝食を作ってキャットに振る舞い、悪意がないことをアピールする。キャットは地元の中学校の意地悪な女子生徒、アンバーと彼女の言いなりになっている男子生徒ヴィックと同じクラスになった。クラスメイトたちはハロウィンパーティの会場を探していたが、キャットが幽霊屋敷に住んでいることを知ると彼女の家でパーティを開くことを決めてしまう。


7. ヴィックはキャットにパーティでのパートナーになって欲しいと誘う。彼女は快諾するが、実はそれはアンバーの差し金だった。


8. キャットとキャスパーはすっかり打ち解けた。キャットはキャスパーに、彼が生前どんな男の子だったのか、どんな未練があってこの世にとどまっているのか聞くが、キャスパーは思い出せない。キャットも亡き母の事をだんだん忘れ始めている事を悲しいと思い、キャスパーに同情する。


9. キャットはパーティで着る服を父にねだるがお金がないので却下される。仕方なく屋敷の中を探していると、キャスパーの遺品のおもちゃを見つけた。それを見てキャスパーは彼の父が息子の死を嘆き、変人呼ばわりされながらも、ついに死者をよみがえらせる機械を発明したこと、キャスパーの宝物が入った金庫があることを思い出す。彼は思い出させてくれたお礼に彼の母のドレスを贈る。


10. キャットとキャスパーは屋敷に隠された研究室に入る。金庫の事を盗み聞きしたキャリガンも手下の男と一緒に忍び込む。蘇生機に残された蘇生薬は一回分だけだった。キャリガンはこっそりと金庫を開けようとするが鍵がかかっていて開かない。彼女は手下の男を殺して幽霊にし、金庫の鍵の内側から鍵を開けさせることを企む。しかし男に裏切られ、事故死して自ら幽霊になる。


11. 大人の霊たちを精神分析するうちに博士は意気投合し、バーで盛り上がる。酔っ払った博士はマンホールに落ちて死ぬ。


12. クラスメイトたちがキャットの家を訪れ、パーティの準備を始める。アンバーとヴィックスは皆を驚かすいたずらをするために窓から忍び込む。


13. 研究室に戻ってきたキャリガンの霊はキャットから蘇生薬を奪う。宝箱と薬を手に入れたキャリガンは未練がなくなったため、この世にとどまることができなくなって成仏する。宝箱の中身はキャスパーが大切にしていた野球のサインボールとグローブだった。


14. キャットがキャスパーに蘇生薬を使おうとしたところ、博士の霊と大人の霊たちが帰ってくる。キャスパーは博士をよみがえらせるために蘇生機を使う。


15. キャットはパーティに出席するがヴィックスは来ない。怪物に変装しようとしていたアンバーとヴィックスは大人の霊たちと鉢合わせし、驚いて逃げ出す。


16. 落ち込むキャスパーのもとに天使となったアメリアが現れ、良いことをした褒美に彼を夜十時までの条件付きで人間の姿に戻す。


17. キャスパーは一人で待つキャットをダンスに誘い、一緒に踊る。アメリアは博士のもとにも現れ、自分よりも娘のことを第一に考えて欲しいと言って去る。


18. 十時になり、キャスパーの姿が元に戻る。それを見たクラスメイトは皆驚いて逃げ出す。


●「友達になる」

 コメディはプロットが長くなって大変です(笑)。さて、「友達になる」に必要なのはキャラの友達が欲しい・寂しいという気持ちと、それを阻む障害です(3, 4)。また、いったん友達になったら、少しずつお別れの予感のようなものを漂わせていきます。未練がなくなったらあの世に行かなくてはいけない(8)という設定がそれにあたります。このような設定は一度予行演習を行い、享受者に実感させておきます(13)。


●葛藤の回避について

 この作品ではキャットは難しい選択や敵との直接対決といった葛藤から免除されています。コメディにはそういうシリアスさはふさわしくないと制作者が考えたのでしょうか? それとも中学生のキャットに厳しい葛藤をぶつけるのは良くないと考えたのでしょうか? 確実に言えるのは、葛藤を描くのに失敗したのではということです。葛藤はきっちりと提示されています。ただいずれもキャットが何かしようとする前に周りが勝手に解決してしまいます。以下に主な葛藤を挙げます。


 生身のヴィックスか幽霊のキャスパーのどちらを選ぶか(「パートナーを得る」の葛藤)→ヴィックスのアプローチは本気ではなくいたずらだった(7)。彼は大人の霊に脅かされ、人間に戻ったキャスパーと一度も対峙しないまま退場する(15)。


 キャスパーに蘇生薬を使うか、父の霊に使うかの選択(「取り戻す」の葛藤)→キャットが何らかの意思を示す前にキャスパーが譲り、機械の起動レバーを引くところまで彼の方でやってしまう(14)。ところで取り戻したいものが複数あるけどその中の一つしか選べないというのは「取り戻す」の代表的な葛藤なので覚えておきましょう。


 キャリガンの霊に薬と宝箱を奪われ、自分の身も危険にさらされる(「敵を倒す」あるいは「やり過ごす」の葛藤)→未練がなくなったためキャリガンは成仏し、消滅してしまう(13)。


 人間に戻れるたった一度のチャンスを譲ってしまい落ち込むキャスパー(「奪い取る」(奪い取れなかった)の葛藤)→天使となったアメリアが救済してくれる(16)。これはいわゆる「機械仕掛けの神」ですね。アメリアについてはちゃんと伏線がありますし、博士に忠告をするという役割も持っているので、ご都合主義ではないでしょう。ただし、良いことをしたご褒美に、というところに古い童話のようなお説教臭さを多少感じるかもしれません


 人間に戻ってキャットとダンスを踊ったことによって未練がなくなり、キャスパーも成仏してしまうのではないかという寂しさ(「友達になる」の葛藤)→成仏はせず、元の幽霊の姿に戻っただけだった(18)。「友達になる」だと最後にお別れをして切なさを高めるのがよくあるパターンですが、幽霊を見て逃げ出すという「天丼」オチとして使い、コメディに転換しています。この部分は見事です。寂しさが一瞬で消える体験ができますので観ていない人は是非作品を観てください(ネタバレされたからもう手遅れ? 大丈夫です。たぶん)。


●まとめ

 シリアスさを薄めた結果、軽妙な後味に仕上がっている作品なのですが、物足りないと感じる人も多いと思います。これは好みの問題ですね。この作品が教えてくれるのは、「面白さ」の要素をきっちりと押さえて葛藤を提示すれば、作品としてとりあえず成立し、どのような解決を提供するかによってビターなものから気楽に楽しめるものまで作り分けることが可能だということでしょう。

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