アイアンマン 「敵を倒す」

 スーパーヒーローを誕生させるのに必要な要素をメインに考えてみたいと思います。


●プロット概要

1. 主人公トニーは天才的なエンジニアで、米国の兵器開発会社の社長。傲慢な性格で秘書のペッパーや他の人を振り回す。


2. トニーは強力な兵器「ジェリコ」の紹介にアフガニスタンに行くが、テロリストに襲われ、拉致される。トニーはテロリストも自社の兵器を使っていることを初めて知る。


3. テロリストのアジトで捕虜のインセンがトニーの怪我を手術して治す。テロリストはジェリコを作るように要求し、二人はそれに従うふりをしてアイアンマンスーツのプロトタイプを開発する。


4. 企みがばれ、インセンは時間稼ぎをして死ぬ。トニーは完成したスーツを身につけ、テロリストを撃退する。プロトタイプは壊れ、トニーは米軍に救出される。


5. 帰国したトニーは兵器産業から撤退することを記者会見で発表する。無責任に兵器をばらまくのではなく、自らがアイアンマンになって戦うことで世界の秩序を保つことを決意し、極秘にスーツの完成を目指す。


6. トニーは出席した慈善事業のパーティーで、インセンの故郷がテロリストに攻撃されている報道によって、自社がまだ兵器を販売していることを知る。


7. トニーは完成させたスーツを着てインセンの故郷を救う。米国空軍に発見され、攻撃されるが、脱出した戦闘機パイロットの命を救うことによって和解する。


8. 自社の取締役のオバディアがテロリストと接触し、テロリストが回収したプロトタイプの破片を入手する。トニーを襲わせたのもテロリストに兵器を横流ししているのもオバディアであったことが判明する。


9. オバディアはスーツの動力源である「アークリアクター」を自作できないのでトニーから奪う。


10. スーツを完成されたオバディアとトニーが戦う。トニーはプロトタイプを動作させるのに使った、間に合わせのアークリアクターを使用しているため不利だったが、機転を利かせることと、ペッパーの助力で勝利する。


11. 騒動の報告をする記者会見でトニーは自らがアイアンマンであることを明かす。


●「敵を倒す」

 スーパーヒーローものの場合、主人公が敵と戦う強い動機付けと主人公でなければならない理由を強調しないといけません。これがないと、皆で協力して戦えばいいじゃん、という正論を押し切ることはできないからです。


 動機の方は2と3で示されます。自分の会社が敵に兵器を横流ししていることが分かったことと、インセンが命を捨てて主人公を守ってくれたことです。また6と7で補強されます。つまり動機は罪悪感です。罪悪感は贖罪に発展するため、「取り戻す」と相性が良いです。「取り戻す」の解説は後述します。


 主人公でなければならない理由は、スーツの動力源のアークリアクターを開発できるのは主人公だけだからです。日本の作品の場合は外部から押しつけられるのが多いのに対し、自分で開発するところがアメリカらしいですね。


 一人で戦う孤独を描写すると一層スーパーヒーローものらしくなります。トニーの場合は黒幕が同僚であるため、会社の人間は信用できず、5で兵器産業から撤退することを発表したため、軍の知人からも見放され、唯一の理解者は秘書のペッパーだけになってしまいますが、贖罪を進める中で少しずつ味方も増えてゆきました。


 「敵を倒す」には和解不可能な敵を出す必要がありますが、金・領土・イデオロギーのどれかを選べば、手っ取り早く設定できます(これ以外にはないというわけではなく、他のものを選ぶのであれば描写が必要ということです)。この作品では金(オバディア)とイデオロギー(テロリスト)が使われました。


●「取り戻す」

 自分が原因で悪いことが起こっている場合、単に主人公が自力で取り戻すだけでは不足で、贖罪する必要があります。この作品の場合、主人公の落ち度は何だったのでしょうか。


 1では主人公の傲慢な生活が描かれます。授賞式をすっぽかしてギャンブルに興じていたり、取引相手を何時間も待たせたり、ペッパーにわがままを言ったりしますが、一番の落ち度は、自分の会社がテロリストに兵器を横流ししているのを知ろうともせず(CEOなので知ることは可能)、愛国者を気取っていた、ということです。


 罰はテロリストに襲われて生死の境をさまよったこと、アークリアクターがないと生きられない体になったこと、自社の兵器により紛争地で多くの人が苦しんでいることを知り、自分の偽善と愛するものを持っていないことに気づかされたことです。


 そこで彼は贖罪の手始めとして、兵器産業からの撤退を発表します(5)。それによって会社の株価は暴落してしまいます。また危険をかいくぐってインセンの故郷を救います(7)。スーツに付いた傷をペッパーが心配するシーンがその危険を強調しています。プロトタイプの破片と自社のアークリアクターを破壊、黒幕を倒します(10)。その戦いの記者会見で以前の自分が傲慢だったことを認め、自分がアイアンマンであることを明かし、スーパーパワーを持つ責任を自覚していることを宣言します(11)。


 贖罪をする主人公は贖罪が完了するまで罪悪感に責められ続けなければなりません。罪悪感がアクションの快感によって覆い隠されてはいけないのです。この作品では敵となるものはすべて主人公に起因するものとなっており、それを防いでいます。


 また贖罪を完了するためには同じ過ちが繰り返される可能性を残したままにしてはいけません。トニーは自社のアークリアクターを破壊し、今後悪用するものが発生しないようにしました。


●「パートナーを得る」

 ストーリーはトニーが自分の才能によって、多くのものを持った状態から始まります。これは「奪い取る」が成就した状態だと言えます。しかし4で捕虜のインセンがかつて持っていたような、愛する家族を自分は持っていないことに気づき、それを得ようと動き始めます。

 その対象は自分のことをすべて把握していた秘書のペッパーしかいませんでした。トニーは彼女に、兵器を作っていた自分には協力してくれたのに、人助けをする自分には協力してくれないのか、と説得します。これは理性的な彼女には最適な口説き文句でした。結局恋人同士にはなりませんでしたが、その可能性も十分ある、良いパートナーになることができました。


●「知識を得る」

 「敵を倒す」がメインのストーリーの場合、敵の正体を知ることが「知識を得る」の要素になりやすいです。この作品では最初登場し、主人公に戦う動機を与える敵とそれを裏から操る黒幕という構図が採用されています。これは非常によくあるパターンです。


●まとめ

 難しいことのない、シンプルなストーリーです。オバディアがトニーを憎む理由、インセンがトニーを救う理由が少し弱い気がしますが、それほど目立たない欠点だと思います。

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