第九話 天下無双武術会 


 八代将軍・徳川吉宗は武芸奨励策の一環として「天下無双武術会てんかむそうぶじゅつかい」なる大会を四年に一度開いていた。


 大会は江戸剣客番付の上位十名と、指定された地域の各地区予選から勝ちあがってきたもの六名を加えた、計十六名の勝ち抜き戦方式で争われる。


 その大会運営の一切を幕府から任されているのが武蔵屋徳兵衛であった。

 出場剣士は賭けの対象となり、配当を決めるのも武蔵屋であるため、徳兵衛は興行主兼賭博の胴元として巨万の富を築いていた。


 熊坂を倒したため、図らずも番付第十席の座におさまった大地だが、むろん彼には大会出場の意志などない。

 大地にとって重要なのは、若槻一馬を探しだし勝負をすることだけなのだ。



「……というわけだんべ、おら大会にはでねえべさ」


 武蔵屋の離れでたらふくごちそうになってから、大地は番頭の太兵衛にいった。

 大会が近いせいか徳兵衛はとても忙しいらしく、番頭に大地のもてなしを命じたまま姿を消している。


「いま、若槻一馬さまとおっしゃいましたか?」


 太兵衛が眉間にしわを寄せて聞き返してきた。


「んだ。おら一馬を探してるだ。番頭さん、なんか知ってるべか?」


「居場所は存じあげませんが……」


 話していいものかどうか迷っているようだ。大地は空になった箱膳を脇に押しやり、身を乗り出した。


「一馬のごとならなんでもええ。知ってるごと、全部教えてくんろ!」


「では、お話いたしましょう。若槻一馬さまはもう……」


 どうも言い辛そうだ。膝の上で拳をぎゅっと握り締め、視線を逸らす。


「もう……なんだべか?」


 大地がたまらず先を促す。

 太兵衛は視線を大地にもどすと、はっきりとした口調でいった。


「もう、剣を握れぬ体になっているとの噂です」


   第十話につづく



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