第二話 道場破り 

 大地が道場のなかに足を踏み入れると、ひとりの少年が頭から血を流して倒れていた。

 先ほどの娘が少年に駆け寄り、細身の体を抱え起こす。

 元服前だろうか、若衆髷のその少年の顔は女のように美麗で稚児小姓のようでもある。


祐馬ゆうま、祐馬、しっかりして!」


「あ…姉上……」


 祐馬と呼ばれた少年がうっすらと目を開け、呼びかけた娘に向かって弱々しげな笑みを浮かべた。どうやら二人は姉弟のようだ。


「帰りましょう、祐馬!」


「おっと、そうはいかぬな」


 六尺を超える大男がぬおっと進みでた。筋肉質のがっしりとした体格の男で、針金のような硬い顎髭をたくわえている。


「道場破りを仕掛けておいて、勝手に帰ろうとするのはいささか都合がよすぎるのではないか?」


「そうだ、そうだ!」


「異議なし!」


 大男の周りには二人の門弟らしき姿がある。二人とも大男と同じく口辺に卑しい薄ら笑いを浮かべたものたちだ。


「道場破りといっても、もとはわたくしたちの道場だったもの。それを叔父上、あなたが卑怯にも奪い取った!」


 娘が床の間に座った痩せた人物に怒りの目を向けた。

 大地はそこにひとがいたことに目を見はった。

 驚くほど存在感といったものがない。掛け軸に描かれた鶴の絵と同化したかのような細首の頼りなげな中年の男だ。


「あ…兄者はわたしにあとのことは頼むといって家をでていったのだ。

 後事を託された以上、ここはわたしの道場だ。わたしの好きにしていいはずだ。か…勝手にでていったのは、そのほうらではないか」


 やはり心にやましいことがあるのだろう。抗弁にも力がこもってはおらず、つっかえつっかえ喋る口元がぴくぴくと引きつっているがわかる。


「おまえの弟は道場破りを仕掛けて負けたのだ。姉としてこの責任をどうとるつもりだ」


 大柄の男が威圧するように見下ろして娘に迫った。


「しゃ…謝罪ならいたします」


「口先だけの謝罪などいらぬな」


「では、どうしろと……」


「ここでひとさし、裸踊りの舞でも舞ってもらおう」


「なっ!」


 娘の頬が赤くなり、目が見開かれた。


「おおっ、それはいい」


「さっそくこの場で踊ってもらおう」


 二人の門弟が姉弟を取り囲む。ここから一歩たりとも逃がさぬ構えだ。


「どうした、早く踊らぬか」


「踊れ踊れ!」


 二人が子供のようにはやし立てる。大柄な男はニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべるばかりだ。


「あんのう……ちょぺっといいべか?」


 大地がこの場の空気にそぐわないのんびりとした声をだした。


    第三話につづく

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