神の本 豊満なる貧者の書

宮埼 亀雄

第1話 オークション会場の13人



 親愛なる、お集まりの皆さま。本日は遠路はるばる起こし頂き、誠にありがとうございます。わたくしめの紹介は最早不要でございましょう。皆さま方はかねてよりオークション・プロフェッショナルであり、美術鑑定士でもあるわたくしの上得意様でありますから。


 では、わたくしの人生において非常にお世話になりました皆様方がこれよりはじまります、人生最高のイベントをお楽しみいただけますように。


 どうぞ、ごゆっくり。




 

 では、一同に会しましたこの場をお借りいたしまして、日頃のご愛顧を御礼おんれい申し上げとうございます。


 さて、本日御出おいで頂きましたのは、わたくしめ非常に貴重な本を手に入れましたもので、日頃のご愛顧あいこの感謝の印といたしまして、特別に皆様方へのお披露目おひろめと、もう一つ。――皆様にはこちらの方が重要でしょうけれども。


「ほほほっ!」


 おっと、失礼いたしました。事前にご連絡差し上げましたとおり、皆様への感謝の印といたしまして、わたくしからの贈り物があるからでございます。もう、御気付きでしょう。皆さま方のテーブル上に既に置いてあります本と美術品の数々、皆さんもその価値を十二分に承知していらっしゃる筈です。そのお宝を本日プレゼントとして差し上げるという趣向でございます。


 ですから当然、もうすぐ皆様方の物になるのでございますよ。ただし、一つだけお約束願いします。それは、お目当てのものをお渡しするのは、わたくしの話を聞き終わった後にして頂きたいのです。ではまず、こちらの紳士から。




 

 本日は、ようこそおいでなさいました。貴方様は必ずや参られると確信しておりました。

 貴方様にはオークションでは随分とお世話になりましたね。時には卑劣な手口で、オークションの妨害までなされていたのはご愛嬌でしたが、それもまた美術品を愛する熱意の表れなのでございましょう。


 まぁまぁ、そんなに恐縮なされなくても。もはや過ぎたことです。嫌なことは水に流しましょう。

 

 では最初は、貴方様が以前よりご所望なっておられました。ルイス・キャロル著、不思議の国のアリス一八六五年六月までに製本された初版本です。皆さんも、どうぞ御自分の所望の品かどうかご確認なさって結構でございますよ。


 さぁ御手にとって、そんなに遠慮なされなくても大丈夫。全てわたくしのお誘いに集まっていただいた皆様方への感謝の印として差し上げるのです。例え品物に傷を付けられたとしてもわたくしには何の不服もございません。


 どうです、そろそろ御確認いただけましたでしょうか? それでは、ご連絡いたしましたとおり、品物をお持ちになる代わりに、寄付をお願いいたします。




 

 皆様は有効な小切手帳をお持ちになってらっしゃる筈です。 本日ここへ集いプレゼントを受け取られる条件に、ちゃんとお伝えしてありますから。

 

 別に遠慮される必要はございません。見知らぬ恵まれない方達への施しなのですから、どうぞ今のお気持ちをに小切手帳にお書き入れ下さい。けして損などなさらない金額で結構なのです。既に皆さんはお目当ての、高額な美術品を手に入れられたのですからね。贋作がんさくが御心配でしたら、品物を何度でも確かめていただいて結構。何しろご自分の物なのです。納得した上でお受け取りになり、その価値を、手に入れられた今のお気持ちを、そのまま小切手帳に書き加えるだけで宜しいのです。

 

 少し意地悪でしょうか? それは仕方ございませんよ。私の全財産とコレクションをはたいた、わたくしにとっても一生に一度のなのですから、わたくしにもこれくらいの楽しみはございませんとね。

 

 では、ご記入できましたらなら表面おもてめんを伏せてテーブルへ置いてくださいませ。





 おやおや、ご婦人も御出おいでになられたのでしたね。その節は友人が、ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ございませんでした。しかし、ご婦人も御悪いのですよ。娘さんの恋いのさや当てを、親友同士の下宿人にさせようなどと思わなければ、彼も死なずに済んだものを。いえいえ、わたくしはわだかまってなどいやしません。ただ、亡き友人の思い出に浸っているだけでございます。


 皆様お書き頂けた様ですから、最後にわたくしの話で締めさせていただきます。

 さて、わたくしが何故なにゆえ、突然にこの様な慈善活動を行ったのかと申しますと、実はわたくしも、とても貴重な本を手に入れたからなんでございます。


 この本を手に入れましたことで、わたくしが今まで築き上げてきた財産もコレクションも全て手放しても構わないと思える程の幸福感を味わったのでございます。それ故に、皆様方へも幸せのお裾分けをいたしたい。そう思った次第でございます。しからば皆様、このようなたいそう大袈裟おおげさな話をば引き起こした本とは、いったいどのような本なのか御興味がございましょう? 何しろ、皆様方が喉から手が出るほど欲しがっていた本や美術品を投げ出しても良いと思えるほどの価値ある本なのですから。

 




 では、皆様方に御覧いただきましょう。――ただし、この本はわたくしのモノでございますから、流石に中身までは御見せできませんのでしからず。さすがに皆様、興味津々と言ったところでございますね。

 

 しかし、親しい間柄とは言え、他人に中身を見せるような粗相をいたしましては、わたくしが叱られてしまいます。誰からですと? そうですね。今このわたくしには怖いものなとありはしませんから、そのわたくしを叱咤しったなされる方など、もう神様くらいしかりますまい。

 

 いえいえ、けして大袈裟でも比喩でもございませんよ。まさしくこの本の価値そのものが神にも等しいからでございます。勘のおよろしい方は既にお気付きでしょう。こちらにございます何の変哲もない革張りの古書、これは宗教関係の本でございます。

 

『さぞかし価値ある聖書なのだろう』ですと? いいえ、聖書のような写本ではございません。正まさしくこの本そのものが神なのでございます。わたくしにとって、この本こそがわたくしのしゅあるじなのであります。ですから、わたくしに自由は与えられておりましても、わたくしのご主人様であらせられるこの本をぞんざいに扱うことは許されないのでございます。ご理解いただけましたら、もう少しお話を続けさせていただきます。





 この本をわたくしが手に入れた経緯いきさつにつきましては、ありふれたものでございました。しかし、それは本の方からわたくしに飛び込んできたと言っても差し支えありますまい。わたくしは美術鑑定士にして、それも本のエキスパートとして活動してまいりましたから、当然の帰結であったのです。この本との出合いは必然であり。そして、皆様方にこのお話をするのも運命、もとい宿命であるのです。

 

 さて、此処からが本題でございます。わたくしが、この本を神の本と確信いたしましたのは、夢にしゅが現れたからであります。まぁ、巷ではよくあるお話ではありますな。

 

『神の像が血の涙を流す』でありますとか、『壁の染みがキリストの顔に見える』など、俗界では奇跡と呼ばれております。不信心なわたくしどもからいたしますと、何とも眉唾な話ではありますね。――ところがです。いざ自分の身に事が起こりますと、不思議なことが起こります。なんと申しますか、不思議な力を得るのでございます。いわゆる万能感とでも申しますか、何者にも負けない自信と力がみなぎってまいります。

 

 それ故、全財産を注ぎ込み、一生涯をかけて集めました大切なコレクションでさえも皆様方にお譲りしてまで、慈善活動に邁進まいしんするほどの勇気と意欲を与えてくださったのがこの神の本なのであります。おかげさまで、わたくしをはじめ、ここにお集まりの皆様方の笑顔を見る事ができましたこと、そして皆様方の善意溢れる多額のご寄付により、恵まれない人々にパンが与えられる。これを神の身業と言わずして何と申せましょう。





 そろそろ、準備が整いましたようですから、お手元の小切手を回収させていただきます。

 

 ほぅ、これは驚きました。最初の紳士はなんと、不思議の国のアリス初版本がたったの三百万円。こちらのご婦人に至ってはクリムトが百万円。いやはや、皆様揃いも揃って桁が二つ三つ足りないようですが、成る程このメンバーでは致し方ありますまいな。わたくしも皆様とは長い付き合いでありますから、皆様のことはよく存じ上げております。なので特段驚きやしません。ただただ、呆れるばかりでございます。

 

 自分に舞い込んだ幸運を他人には分け与えられないのですからね。これ程不幸な、いいえ。――幸せな方々はきっと世界中を探しましても、今お集まりの皆さんくらいしか居らっしゃらないでしょう。皆様は、オークションの常連であられる程の資産家でいらっしゃると言うのに。





 折角の機会でありますから、ここで少しばかりわたくしが見た夢の、神のお言葉を読み上げさせてさしあげます。なにしろわたくしにとっても、もちろん皆様方にとりましても、一生に一度きりの晴れの席でありますからね。


 夢に現れたご主人様は、『お前は選ばれた』と申されました。全知全能の神であらせられますから、全てお見通しなのです。そして神は『豊満なる貧者を捧げよ』と申されました。わたくしは悩みました、豊満なる貧者とはいったい何者なのかと。しかし答えは簡単であります。わたくしが選ばれ、わたくしが選ぶ相手。それがすなわち答えであります。全知全能の神の答えは既に決しているのですから。そして十三人の使徒が集えし時、神は復活を果たされるのです。


 いかがです。神の御心は我々に祝福を与えると、本にもちゃんと予言されてあるではありませんか。未来を見通し、現在のこの状況をしっかりと本には記されてある。これこそが神のみになしえます奇跡と言わずしてなんと申せましょう。





 おや、不思議ですねぇ。御ひと方、わたくしがお顔を存じ上げない方がいらっしゃる。


 此処にお集まりいただいた方々は皆、『豊満なる貧者を集めよ』という神からのお告げを、わたくしが吟味に吟味を重ねて招いた方々でありますから、顔を忘れるなどという事は有り得ません。もしかして何らかの手違いで此処に御出でになったのでは? または代理であるとか。


 いいえ、それも有り得ません。何しろ己の欲望の為ならば、身内の不幸さえも金に変えるような方達を厳選したのです。例え今回の招待に小躍りして、喜びのあまり心臓が麻痺してしまったとしても、幽霊となってでもお目当ての品を受け取りに訪れる。そんな方である筈です。


 しかし、万が一にでもわたくしの目が曇っていて、お客様の鑑定に間違いがあったのだとしたら、それは鑑定士の汚名、一生の不覚、自ら命を断つ程の恥辱でありましょう。そして計画は失敗を意味するのです。なにしろ神に選ばれしわたくしの過失はすなわち全知全能の神への冒涜、裏切、万死を持ってしてもあがなえぬ罪なのですから。


 

 

 

 どうぞ、主よ。神の名に泥を塗った、悪魔よりも憎きわたくしをなんなりと罰してくださいませ。

 

 しかし、待ってください。貴方は他の方々と違い、まだ生きてらっしゃる。これも一体全体どうしたことです? お招きした皆様方はことごとく絶命しておられますというのに。

 

 そして死体は十二。例え貴方様が誰かの代理で来られたのだとしても命はなかったことでしょう。何しろ、わたくしの計画は成功していたのですから。もし計画が失敗していたのであるならば、十二人の方達は死んではおりますまい。するともしや、計画は成功し神の心によって、この方々はお亡くなりになったのではありますまいか。ならば、ならばでございますよ。するともしや貴方様こそが、わたくしの主、ご主人様でありませんか? 使徒などに拠った聖書などと言う紛い物ではなく、神自らが著され、わたくしに本を与えてくださった御方、未来を見通し我々に安息を与えて下さる御方、わたくしのご主人様であらせられましょう。


 十二人の豊満なる貧者を御捧げいたしました。最後のひとり、十三人目は豊満なる貧者でありながら裏切り者でもある。わたくしが最適な贈り物でございます。さぁどうぞ、お受け取り下さい。




〈了〉





追記

2019/1/19

Wikipediaより引用


なお、ユダは12番目の使徒であり[1]、彼が裏切りの末死んだためにマティアが新しい12番目の使徒となった[2]のであって、イスカリオテのユダを第13使徒とするのは誤りである。


この記事には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください。


最終更新 2018年11月28日 (水) 14:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%86%E3%81%AE%E3%83%A6%E3%83%80

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神の本 豊満なる貧者の書 宮埼 亀雄 @miyazaki3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ