エピローグ~降臨~

第06話 最強にして最恐

 ――フェイズ549年。


 そびえ立つ巨大な城が各所で燃えている。

 王座の間もそうだ。

 色彩豊かな芸術品が黒く染まり、やがて塵と化していく。


「これが……お前の答えか?」


 燃え上がる中に、男が二人いる。

 その内の一人は、力尽きていた。

 ソーマザードの皇帝、アンビシオンである。

 世界を手にした男は今、自らの灯火が尽きようとしていた。


「俺には、これしかない」


 得物を手に、向かい合う男。

 それは、かつてアンビシオンの下で戦った赤備えの男だった。

 淡々と答える赤備えに、アンビシオンは鼻で笑った。


「どこまでも『戦い』でしか、自分を見出せない奴だ」

「……俺は、強い奴と戦いたい。それだけだ」

「どうするつもりだ?」

「強い奴と、戦う」

「その後は?」


 赤備えの男は黙り込んだ。


「運命は……切り開けないものだな……」


 アンビシオンは何も言わず、目を瞑った。


「お前は……生まれてこなきゃ……良かった……」


 崩れていく瓦礫。


「……紅蓮……戦神……」


 火炎の中でアンビシオンの姿は消えた。

 それをただ見つめながら、赤備えの男は静かに振り返り、炎を後にする。

 城外へ出た所で、男は下を見た。

 外では大勢の人々が燃え上がる城を眺めている。


「お、おい、み、見ろ……」


 城から現れた姿を指す人々。

 炎を思わせる鎧と、十字に輝く槍。

 全てを飲み込む様な黒いマント。

 面具に隠された素顔。

 その先に光るはずの瞳は一切見えなかった。


「ま、魔王が……神に殺された……!?」


 そう、魔王は殺された。

 アンビシオンが殺された事は、誰も見ていないが人々は直感で理解した。

 新たなる世界の王。

 いや、神の誕生だった。






 ある山の麓。

 獣の様な汚い身なりをした男達が集まっている。


「まさか、アンビシオンが死ぬとはな……」

「奴のおかげで、俺達は居場所を奪われ、ひもじい思いをして来た」

「だが、もう奴はこの世にはいない。今まで溜めて来た分も加えて暴れてやろうぜ」


 男達は立ち上がり、駆け出した。

 向かった先は、石造りの家屋が並んだ町である。

 そこで男達は、大剣を構えて振り回した。


「野郎ども、この町から根こそぎ奪ってやれええええ!」


 町の人々は恐怖を上げて逃げ回る。

 男達に斬られた者もいたが、誰一人立ち向かおうなんて考える勇者はいなかった。

 金、食料、酒に次々手を出すが、男達の満足感は納まらない。


「お爺ちゃん!」

「だ、大丈夫じゃ」


 脚を崩した翁に娘が駆け寄り介抱する。

 すると娘は、自分の腕が急にきつくなるのを感じた。

 振り向くと、大男が娘の腕を掴みながら下品に笑っている。

 青ざめる娘、浮かぶ涙。

 本能が、これから何をされてしまうのかを教えてくれた。


「や、やめておくれ。この子にだけは……」


 力無き手を伸ばす翁。

 その時だった。

 大男が突然二つに割れ、血しぶきが娘の顔を染めた。

 仲間を無残な姿にされ、激しく憤る男達。

 睨んだ先には赤い存在が大きく映っていた。

 男達の威勢が失せていく。

 震えが強まり、汗は止まらない。

 この世の最恐がそこにあったのだ。


「お、おい。彼奴は……」

「馬鹿な。何で、こんな所に……」


 次の瞬間、男達の肉体が四方八方に飛び散った。

 赤い存在が振るう十字が男達の魂を食らっていく。

 満足、とまではいかないが足しにはなった。


「お爺ちゃん、あれって……」

「あ、ああ……」


 感情を見せず、静かに暴れる存在に娘と翁はただ震えていた。











 それから一か月後。

 とある屋敷の広間でソーマザード帝国の大臣達が集まり、会議を開いていた。

 皆、深刻な顔を浮かべている。


「紅蓮戦神は、今もその脅威を広げている。支配下にある国々を荒らし回っている様だ」

「目的は名誉でも利益でもない。ただ純粋に暴れているだけ」

「この一ヶ月で、多くの英雄が奴に屠られた」

「ある者は挑み、ある者は挑まれ、最後は無惨に散っていく」

「この繰り返しが一体いつまで続くんだ……」


 頭を抱える者。

 苛立ちが抑えられず立ち上がる者。

 大臣達の心は砕けていた。

 追い打ちを掛ける様に塵と化してもいる。


「それだけではない。まるで、待っていたかの様に悪人達が各地で暴れ始めている」

「た、ただでさえ、紅蓮戦神が多くの英雄を殺しているというのに……」

「幸い、紅蓮戦神は強い奴なら誰でも良いらしい。悪人をも標的に殺し回っている様だ」


 紅蓮戦神の噂を耳にして、大臣達は生唾を飲むだけで言葉が出なかった。

 注がれたカップのコーヒーすら飲む事を忘れ、その熱さが失せていくばかり。

 折角用意された甘菓子を喉に通そうとは思わなかった。


「何れにせよ、我々の敵には変わらない」

「正に世界最強にして、最恐の英雄だな」

「くそ! これからどうすれば……」


 苦い顔を浮かべながら、拳を机に叩きつけた。

 静寂に包まれる大臣達。

 その中で、何者かの声が上がる。


「各国に協力を呼び掛けろ。最早ソーマザードには『支配』する力すらも残っていない」

「どうするつもりだ?」

「この世界には――『英雄』が必要なんだ」


 その後、ソーマザードの大臣達の手で、とある一大組織が創設された。

 組織は世界各国と同盟を組む事で実現。

 その前身はやがて『GOH』という正義を掲げた。

 GOHは悪人達の取り締まりをはじめ、魔獣の討伐、貧困地域の、紛争地帯の仲裁など、世界の治安を維持する為に様々な活動を行った。




 そして時代は、フェイズ578年へと遡る。

 GOHは勢力を上げ、各国に支部を増やし、治安の維持に尽力した。

 おかげで悪人達による犯罪は減少傾向に当たるが、今もまだ油断出来ない状況だ。

 悪人達もまた力を付け、新しい犯罪を次々生み出しているのだ。

 そして、人々の心にはまだあの存在が残っていた。


 それが今、どこにいるのかは誰にもわからない。

 しかし、世代を越えてその恐怖は受け継がれている。

 紅蓮戦神。

 十文字槍を手にした炎は、今も生きている。


 これは、赤き英雄が遺した記録。

 その記録が開かれる前の序章なのである。

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