1.始まりの灯火編

プロローグ~英雄~

第07話 始まりの灯火

 貼り廻れた板が広い空間を作っていた。

 大勢の少年少女が集まっており、皆、身なりが整った制服を着ている。

 だが、飛び散った血痕が床に沁みている。

 皆、全身が震え、少女達の目には涙が溜まり、止まらず流れていた。

 もう自分達は助からない、そう思っているのだ。


 黒服の男達がおぞましい殺意を放っている。

 男達の足下には、穴が開いた人間が横になっている。

 その穴からは生々しい血が溢れていた。

 ここは地獄だ。

 今、愚かしくも逆らった者の処刑が始まろうとしている。


 黒服の男から伸びる鉄。

 その鉄は輪となって無数に繋がり、とある少女の首を絞めている。

 少女の名はシレット。

 姿勢を崩されたシレットは、男を睨んでいた。

 その額には雫が赤く、ゆっくりと流れている。


「友達を助けたつもりか? やめときゃあ良かったのに」

「う、ぐ、ぐうう、ぐぐぐぐ……」


 シレットの喉から、声が漏れる。

 絞められた喉を解こうと腕を震わせるが、ビクともしなかった。


「あんた達は、絶対に許さない」

「言ってろ。そんな状態で何が出来るんだ? 自慢の『風』も使えねえのによ」


 シレットは歯を食いしばり、睨み続ける。

 それが今、精一杯に出来る反抗だからだ。


「お前をぶっ殺した後、お友達にもチケットやって向かわせてやるから、な」


 男の懐から現れる鋭利な輝き。

 悪魔の様な短剣だった。


「ぐわああああ!」


 突然、閉ざされていた扉が吹き飛んだ。

 爆炎が参り込み、近くで見張っていた黒服の男の内、何人かが吹っ飛ばされる。

 その爆炎に、全員が注目した。


「な、何だ?」


 爆炎が少しずつ静まり、広がっていく。

 向こうから、近付いて来る怪しい人影。


「こ、こいつ!」


 男の仲間が引き金を引こうとした直後、球となった炎が腹に激突し、炎上した。


「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああ」


 男が火達磨になる中、人影は一歩二歩と進んでいく。

 そして、その姿が露わになった。

 丸く光り輝く瞳。

 その瞳から広がる白銀の仮面。

 仮面を隠すローブから繋がる広い袖。

 それが全て、炎と化していた。


「な、何故だ!? 何故ここに『スピルシャン』が!?」

「く、クソ!」


 男達は酷く戸惑いながら、弾丸を一斉に放った。

 だが、スピルシャンと呼ばれる存在は、その場で飛び上がり、腰を大きく曲げて一回転する。


「と、飛んだ!?」


 男達は発砲を繰り返すが、弾丸はスピルシャンの横を通り過ぎるばかりで、遂に一発も当たらず、スピルシャンは着地してしまった。

 スピルシャンは男達の後ろでゆっくりと立ち上がる。


「す、すげえ……」


 捕らわれの身だった生徒達の目に、輝きが戻っていく。

 今度はスピルシャンが攻め手に入った。

 掌から飛び出した小さな火炎は、まずスピルシャンの正面にいた男に炸裂。

 着弾と同時に燃え上がり、続けて左、右と男達を次々倒していった。


「や、野郎おおおおおおおおおおおお」


 一人の男が激昂し、スピルシャンへ向かって駆け出した。

 銃を捨て、懐から短剣を取り出し、距離を詰めて行く。

 目の前まで近付いた所で、短剣を振り下ろした。

 同時に、男の顔が青く染まった。


 短剣を持った腕を掴まれてしまった。

 男は歯を食いしばり、全力を出すが、スピルシャンはその丸い瞳をはじめ、特に変わり様はなく、寧ろ余裕に見える。


 スピルシャンは左手を男に見せると、人差し指から小指までを滑らかに折り、最後に親指を重ねた。

 次の瞬間、男は壁に打ち付けられた。

 そして、抜ける様に落ちた。


 スピルシャンは男が落とした短剣を拾うと、炎で包んだ。

 そして振り向くと、その短剣を勢い良く投げた。

 流星の様な短剣が空気の間を突き進んでいく。


 やがて、その赤き短剣は少女の首を縛る鉄を砕き、黒服の男との繋がりを断った。

 黒服の男はスピルシャンを見る。

 燃え上がるその姿は、英雄。

 絶望である自分の前に、希望という『敵』が降臨していた。

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