死ななくなった世界と偶像少女の話

野良猫のらん

アヤカとコトネの物語

「第1066回アイドルコンテスト、優勝者はラッキー・クローバーです!」


 司会者の声に、4人の少女が歓声を上げる。


「やったやったやったぁ、あたしたち"大人"になれるんだ! ありがとうアヤカ先生!」


 眩しい場所から会場内にいる私への感謝を叫ぶ彼女たちに、微笑みを浮かべる。

 また教え子たちを『死』から救うことができた。それが何の贖いになっていないことを知りながらも、その事実を私は心の慰めとするのだった。


 *


 目を閉じれば思い浮かぶのはいつもあの頃の風景。


「はい、では皆さん宿題の『将来の夢』は書いてきましたね?」


 『学園』の教師が笑顔で教室を見渡す。私の手にあるのは真っ白のプリント。気まずい思いをしながらもそれを前に回した。

 前の席に座る親友、琴音コトネのプリントには「役者」と書かれているのが渡した拍子に見えた。


「ケーキ屋さんに、デザイナー……花嫁! うんうん、いい夢ですね」


 教師は宿題をパラパラとめくって内容を確認する。


「それでは授業を始めましょうか。皆さんとても沢山の夢があっていいことです。そして、皆さんの夢を叶えるためにしなければならないこととはなんですか? 前回の授業でやりましたね?」


 一人の生徒が手を上げて答える。


「"大人"になること!」


「うん、そうです! "大人"になれなければ『学園』から出ることはできません。夢を叶えるためには皆さん頑張って"大人"を目指しましょう! そして"大人"になる権利を得るためにはどうすればいいんでしたっけ?」


 別の生徒が答える。


「はい、アイドルコンテストで優勝する、です!」


「その通りです、いい答えですね! ではどうしてそうなったのか、その歴史を今日の授業ではやります」


 教師が黒板に文字を書いていく。


「西暦2451年、全世界で不老不死法が制定されました。医療が発達し、この頃にようやく人類は『不老不死化手術』ができるようになったのです」


「先生っ、それってそれまでは大人も死んじゃってたってことですか!?」


 生徒が驚きの声を上げる。


「そうなんです。今では"大人"とは『手術』を受けて不老不死になった人のこと、"子供"とはあなた方『手術』を受けてない人のことを指しますが、それまでは20才を超えた人を大人、それより若い人を子供と言っていたのです」


「そんな……みんな死んじゃうなんて残酷……」


 衝撃の事実に教室はざわめいている。


「昔はそんな時代もあったのです。そしてめでたく全人類が不老不死になって"大人"になったので、不老不死法によってあることが禁じられました。それは何でしょうか?」


 教師が教室に問いを投げかける。誰も答えが思いつかないようで生徒らは首を傾げている。

 誰も手を上げないのを見て、教師が答えを口にする。


「それは子供を産むことです」


「えっ、子供を産んでいい時代なんてあったの……!?」


「ええ。大人も死んでしまう時代ではどんどん子供を産んで人を増やさなければ簡単に人間はいなくなっちゃいますからね。でも人類が死ななくなってからは、人が増え過ぎたら食べる物が足りなくなってしまいます! だからそれから子供が生まれることは禁止されたのです」


 今まで絶対悪だと信じていた行為が許されていた時代があったという事実に、生徒たちは動揺してさざめいている。


「ところが悪い人はいつの世にもいるもので、法律を破って"子供"を産んでしまう人がいます。きっと外の世界では珍しい"子供"を見世物にして売り物にするためでしょう。

 警察の人がそれを発見すると、悪い人から"子供"を保護し『学園』に送り届けてくれるんですね。そして皆さんのようにすべての"子供"は『学園』で教育を受けることができ、立派なアイドルになる訓練ができるというわけです!」


「あたしたち、『学園』に入学できてとても幸運なのね」


「ええ! 年に一回のアイドルコンテストで優勝した人が『手術』を受けて"大人"になれるのも、とても特別なご褒美なんですよ。だってそれ以外では"子供"が"大人"になることは法律で禁じられているんですから」


 今ならばこの話におためごかしオトナのウソが含まれていることも分かっている。

 本来イレギュラーな存在である"子供"は、"大人"を慰めるアイドルとしてだけかろうじて存在を許されている。そういうことなのだと。


 授業が終わった後、コトネが私に話しかけてきた。


「アヤちゃんは将来の夢、何にしたの?」


「私……何も書けなかった。夢なんて思いつけないよ、"大人"になれるかどうかも分からないのに。コトネは夢があってすごいよ」


「あはは、あたしはほら、子役としてお芝居をやったことがあるから。それでお芝居ってすごく楽しいことだなって思ったの。

 でも身体が成長し切っちゃうとお芝居できなくなるでしょ? "大人"の中にはあたしなんかよりずっと上手くてずっと前から役者さんをやってる人がたくさんいるんだから。だからあたし、"大人"になってお芝居を続けたい」


 コトネの語る夢はいつもキラキラ輝いていた。


 *


 ダンスの授業を受けるために、体育館へと移動しようとしている時のことだ。廊下に甲高い声が響き渡った。


「嫌だぁあああッ、パパとママのところに帰るのぉおおおっ!!!!」


 小さい子が教師に引っ張られながら泣き喚いている。引っ張られていく先は反省部屋だ。それを見ている周りの子は「パパ?」「ママ?」と聞き慣れない言葉に首を傾げている。

 それはしばしば見られる光景だった。『学園』に入学するのが遅れた子は両親という概念を知っており、両親から引き離されたことを苦に感じるらしいのだ。

 今でもあの時泣き喚いていた名前も知らないあの子の気持ちを理解することはできない。この世界では要らない感情だから。


「それでは皆さん、準備運動から始めましょう」


 体育館に行くと、ダンスの教師が私たちを迎えてくれる。

 その教師の顔には皺がたくさんあったのをよく覚えている。


 後に聞いた話によると、彼女は"大人"になるのを諦めた"子供"だったらしい。こんなに皺くちゃになっては"大人"になったところで仕方ないから、自分の教え子がたくさん"大人"になってくれればそれでいいと。


「あはは、コトネは相変わらず身体硬いなー」

「痛た、いたっ!もう、アヤちゃんちょっとは手加減してよー」


 柔軟運動の間、私たちはそんなやりとりをして笑い合うのが定番だった。


「コトネ、なんだか最近痩せた?」

「あ、うん……ちょっとダイエット」

「えー、もう十分痩せてるのにー!」


 あの日の会話も、覚えている。


 私たちは授業で様々なジャンルのダンスを詰め込まされた。

 ダンスの授業だけでなく、歌や演技の授業でも覚えることは多かった。

 コンテストでは披露する歌やダンスのジャンルに制限はないから。なるべく多くの武器を扱えるようにと、私たちは学ばされた。


「ねえ、なんで"大人"はアイドルが好きなのかな?」


 歴代の優勝者のパフォーマンスの映像を鑑賞するという宿題をこなしながら、コトネが私に話しかけた。

 映像では少年アイドルが「"大人"なんかクソったれだ」という内容の歌詞を喉が枯れるほどに叫んでいて、熱狂的な"大人"のファンがそれに涙を流している。

 女の子と男の子は別々の『学園』に通うから、少年のアイドルは映像の中でしか見たことがなかった。


「これなんて悪口を言われてるのに」


「"大人"はね、これを観ると子供の反抗期というものを思い出して懐かしく感じるそうなんだよ。私たちが習う歌にも初恋の歌が多いのも、それが懐かしいからだって」


「ふうん……アヤちゃんは頭がいいね」


 垂れ流される映像に映ってるアイドルはみんな今は『手術』を受けて"大人"になってるんだ。そう思うとなんだか不思議な気がしていた。


 何もかもが懐かしい。


 *


「一緒のグループになって、一緒に優勝できたらいいね」

「うん」


 コトネとはいつもそんな風に話していた。それは一種の夢物語だったから。

 コンテストに出られる年齢になったら、『学園』の教師が勝手に私たちをグループ分けしてしまう。グループは多くて5人まで。中にはたった1人でグループ扱いの子もいる。大人がその子が一番輝くと思ったグループメンバーにしてくれるのだ。

 だから私とコトネが一緒のグループになれるとは限らない。


 そして実際、そうはならなかった。


「アヤちゃん。一緒になれなかったね」


 グループ分け発表の日、配られた紙に目を落としてコトネが言う。

 コトネは5人グループの一人、私は3人グループのセンターだった。

 コトネの落胆が目に見えて酷かったので、私は思わず彼女の手を握って言ったのだった。


「いつか二人とも"大人"になったら、二人で一緒に好きな場所をショッピングして、好きなものを食べて、好きなところで遊ぼうね! 絶対だよ!」


「……うん。そうだね。約束だよ」


 彼女の頬を伝っていた一粒の雫が、ずっと網膜に焼き付いている。


 *


 アイドルグループ「サバイバーズ」のセンターとして、私は一日も努力を惜しんだことはなかった。

 そんな中アイドルコンテストの第一次審査が始まった。第一次審査ではファンたちによる投票で上位になれたグループだけが二次審査へと進める。


「アヤカっていう子、クールでビューティで素敵!」

「こっちのグループのコトネって子も、笑顔がぎゅっと心臓を鷲掴まれるようだ」


 "大人"たちにはそんな風に評価されていたらしい。

 中にはどの子が優勝するか賭け事をする"大人"もいたとか。

 "大人"になった今は分かるが、"大人"の世界というのは実に変化に乏しい。最初は楽しかったショッピングも、流行はほとんど変わらず売り物は同じようなものばかりと気づくと喜びを見出せなくなってしまった。

 そんな中短期間で出場者が様変わりするアイドルコンテストは新鮮みに溢れていて、"大人"の世界の貴重な娯楽なのだ。


「きゃー、アヤちゃーんっ!!」

「こっち向いてー!!」


 だからこそ"大人"たちは真剣にアイドルたちを応援した。

 皆、お気に入りのアイドルに"大人"になってほしくて。この世界から消えてほしくなくて。


 私とコトネは順調に第一次審査を通ることができた。


「みんな、応援ありがとう! おかげで一次審査に受かることができたわ!」


 一次審査を通った全グループがステージに上がって客席へとお礼の挨拶をしている、その時だった。


 突如として白い煙がステージを覆い、目の前が見えなくなった。

 こんな予定聞いてない。それに、焦げ臭い。いつものスモークは甘ったるい香りがするのに。

 嗅ぎ慣れない異臭に胸がチリチリと不安に蝕まれたのを覚えている。


「キャーッ!!」


 歓声ではない。"大人"の悲鳴が聞こえる。


「俺は『救済者』だッ!」


 叫ぶ男の声が聞こえた。


 『救済者』。

 その言葉は授業で学んだことがあった。変な宗教にハマってしまった"大人"が死は救済なのだと言って不老不死に反対し、たくさんの"大人"を殺すテロを起こしていると。

 不老不死とは言っても、それは細胞が老いることはないという意味だ。人に故意に殺されれば、当然死に至る。ファンの皆も私も殺されてしまうのかと、私はその場にうずくまって震えるしかなかった。


「お前らは間違っているっ! こんないたいけな子供たちに殺し合いをさせ、それを見て笑っているなんて、腐っている!」


 私たち、殺し合いなんてさせられてないのに。

 何を言ってるのだろうこの男は。この時はそう思った。


「だからこの会場にいる"大人"はすべて救済する! この会場に爆弾を仕掛けた、もうすぐ全員あの世行きだ……っ!」


 会場が爆破される。逃げなければ。そう思っても煙が濃すぎてどの方向へ行けばいいのかも検討がつかなかった。周りにいるアイドルたちも、小さく悲鳴を上げながら縮こまったままでいるようだった。


「アヤちゃん、アヤちゃん……っ!」

「コトネ? そこにいるの?」


 すぐそばから彼女の声が聞こえた。手を伸ばすと、柔らかい身体に触れた。


「コトネ……っ!」


 視界の無い中、その温かみがたった一つの道標であるかのように、無我夢中で引き寄せて抱き締めた。


「えへへ、アヤちゃんの手、温かいね。あたし……アヤちゃんと一緒なら死ぬのも怖くない。ううん、むしろ幸せだよ」


 彼女の弱々しい声が直接身体に響く。


「何言ってるの……! 縁起でもないこと言わないで、私たちは生き残るのよ!」


 小声でコトネを叱りつけた。

 ぎゅっとぎゅっと、彼女の身体を抱き締める腕に力を入れた。まるで彼女が霞になって腕の中から掻き消えてしまいそうな気がして。


「くそ、やめろッ、俺が正しいんだっ! 間違っているのはお前らだ! 俺はこの地獄を正しに来たんだ、手を離せぇーーーーッ!!」


 男の声が叫びを上げたかと思うと、それきり声が途絶えた。

 やがて煙が薄れてくると、一人の男がたくさんの警備員さんに取り押さえられているのが見えた。


 結局、素人の手製だったからか爆弾とやらは不発で、会場の誰一人として犠牲にはならなかった。

 それでもこの日のことは私の胸に色濃く刻まれている。


 だって、コトネの言ってたことは正しかったのだから。


 *


 私たちは最終審査まで残ることができた。

 残ったのは私の「サバイバーズ」とコトネのいるグループ、そしてあともう一つのグループだった。

 優勝グループが発表される直前、私はステージ裏で緊張で震えていた。


「アヤちゃん、心配しなくても大丈夫だよ」

「コトネ……」


 コトネが声をかけてきた。


「優勝はきっとアヤちゃんたちの『サバイバーズ』だよ」


 コトネが私の両手を握ってくれる。


「あたし、分かってた。あたしたちの中で優勝するのはアヤちゃんだろうなって」


 目の前に見えるコトネの顔は、何故だか少し寂しげだった。


「アヤちゃんはあたしのこと夢があって凄いっていつも言ってくれたけれど、あたしから言わせればアヤちゃんはそんなのなんか無くってもいつもキラキラ輝いてて、特別で、素敵だった」


 コトネが私のことをそんな風に思ってくれてたなんて。全然知らなかった。


「だから……アヤちゃん。"大人"になってもあたしのこと、忘れないでね」


「コトネ……?」


「アヤちゃんがあたしのことずっとずっと覚えててくれれば、あたしそれで充分だから」


 コトネの瞳が潤んでいるのを見て、私はやっと彼女の様子のおかしさに気づいたのだった。


「何を遺言みたいなこと言ってるのコトネ。来年も再来年も、"大人"になるチャンスはまだまだあるでしょう? 結果だってまだ分からないんだから」


 彼女を励ますつもりで言ったが、コトネは答えなかった。

 私はこの時、グループ分けの結果を見て異常なほど落胆していたコトネの表情が頭をよぎって妙な胸騒ぎがしていた。


「第566回アイドルコンテストの優勝者は――――」


「ほら、アヤちゃんの出番だよ、行って」


 *


 そうして私は"大人"になる権利を得て、その翌年コトネは癌で死んだ。


 『手術』を受けるには二十歳になるまで待たねばならず、まだ『学園』を出ることの叶わなかった私はコトネの最期に立ち会うこともできなかった。癌なんて簡単な病気、"大人"にさえなれれば簡単に治ったのに。

 あの年のコンテストがコトネが"大人"になる最後のチャンスだった。だからコトネはグループ分けを見た瞬間絶望したのだ。私たちが別のグループなら、もう"大人"になることはできないと。


 馬鹿なコトネ。コトネが病気だって知ってたら私、棄権だってなんだってしてコトネを助けたのに。

 それが分かっていたからこそコトネが私に病気のことを知られないようにしていたのだろうと、痛いほどに分かってしまう。


 今ならあの『救済者』の男が言っていたことも理解できる。


 コトネを殺したのは、私だ。


 夢なんてない私は"大人"になってもどう生きたらいいかなんて分からず、アイドルしか分かることはないから、『学園』の教師になった。

 今朝も『学園』へと出勤しようと朝の身支度を整えていると、点けっ放しの大型映像端末からニュースが耳に飛び込んできたのだった。


「昨日午後5時頃、過激派テロリストグループ『救済者』によるものと思われる自爆テロによって死傷者数百名名に及ぶ大規模な……」


 それと同時に手元の小型端末が震えた。同僚からのメッセージだ。

 「聞いて聞いて! 今年のコンテストは特別に優勝者だけでなく準優勝まで"大人"になれるかもだって!」という書いてある。


 無邪気なことだ。この一見無関係な二つのニュースが繋がったものだということを私はもう解っている。


 実のところ、"子供"が存在を許されている一番の要因は"大人"の慰めのためではなく、人口の調節機能として生かされているのだ。


 不老不死になっても事故や殺人などによって少しずつ人口は減少していく。それを放置していては塵も積もれば山となって数万年後には人類は絶滅するだろう。

 さりとて減る度に子供を産むことを許可する訳にはいかない。だって現在ではミルクも子供服もおむつも玩具も何もかも、『学園』にしか流通していないんだから。もうこの世界は子供を育てられなくなってしまったのだ。


 その解決策がイレギュラーな存在である"子供"から人員を確保すること。だから今回のテロのように大幅な人口の減少があると、コンテストの『手術』を受けられる枠も臨時的に増える。そういう訳だ。


 システマチックに存在を禁止され、システマチックに存在を許されている。

 それが"子供"だ。


 「コトネ……。本当にあの時一緒に死ねていたら、それは残酷なことなんかじゃなくって、幸福なことだったのにね」


 コトネは私と一緒なら死ぬのは怖くないと言っていた。

 彼女の死に顔を見られなかった私には知る由もないが、きっと彼女は病院で最後まで恐怖に怯えながら孤独に死んでいったのだろう。


 私はずっと、孤独に生きている。



 永遠に。


 *


 mortal 意味:死ぬべき運命の


 mortals 意味:人間

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