第1.5話 メランコリック・ロスジェネ・ジーサン

 どうやら俺は真の力とやらに目覚めてしまったらしい。

 ある朝のことである。

 老眼鏡を取ろうと手を伸ばした時――いつの間にか老眼鏡が手元にあったのである。

 その時は気のせいだろうと思っていた。

 歳のせいか自分が持っていたのを忘れていただけだ――そう思っていた。

 だが、明くる日も老眼鏡を取ろうと手を伸ばした時――見てしまったのである。

 テーブルの上に置いてあった老眼鏡がすいーっと浮かんで俺の手元にやってくるのを。

「…………ヤッベ」

 思わず今では死語となった若い時の言葉を使って驚きを表現してしまう。

 老眼鏡をつけて散らかった部屋を突き進み、洗面所に行く。

 そして、歯ブラシに手をかざした。

 するとにわかに俺の目が緑の光を放ち始め、歯ブラシがふよふよと浮き始めたのである。

 ――長かった。

 俺はついに自分の命運に辿り着いた。

 秘められし、真の力がここに覚醒したのである。

「かー、やっぱなぁ。俺の世代は他とは違うからな」

 世代を表す言葉ってのは色々ある。

 団塊の世代。

 団塊ジュニアの世代。

 バブル世代。

 あるいは、俺たちの下の世代ならゆとり世代などと呼ばれていた。

 しかし、俺たちの世代は違う。

 その名も『失われた世代』<ロスト・ジェネレーション>である。

 他に比べて格段にイケてる、くそ格好いい呼び名だ。

 ロストって名前がつく奴らは無限に格好いいことを俺たちは知っている。ロスト・テクノロジー、ロスト・ユニバ○ス、ロスト・シ○プ、パラダイス・ロスト……なにもかもが格好良すぎて困る。

 結婚も出来ず、老人ホームにも入れず、派遣切りにあってほそぼそと生活保護で生きてきたのもこうして自分に秘められた力に目覚めるためだったに違いない。生活保護でずっと生きてたから年金も貰えないしな。

「とりあえず、SNSに自慢のカキコでもするか」

 自室に戻ってテーブルの上に横たわるタブレットに近づこうとしては、っと我に返る。そしてゆっくりと手を伸ばした。途端に、目から緑の光が溢れ、タブレットがふわりと浮かび上がり、手元に収まった。

「……来たな。俺の時代マジで来たわ」

 年甲斐もなくテンションが上がるのを自覚した。

 ――ちょっとそこら辺のコンビニに適当な暴漢とか現れてくれないかな? 今の俺ならば格好良く倒してドヤれるのに。

 ――マジでヤバい。完全に来たな。時代来た。これからは俺の時代。

 動画サイトに投稿したら新ヒーローとして信者と沢山つくかもしれない。

 ――おっと、ヒーローになるためにはヒーロースーツを自作しないとな。

 タブレットからSNSに書きかけた発言をやめてアプリケーションを閉じる。

 ――なんてったって、ヒーローは正体がバレてはいけないからな。悪党に寝込みを襲われても駄目だし、政府の研究所に捕まって実験体にされるかもしれない。俺は詳しいんだ。

「…………待てよ」

 ふと思い立って検索を試みる。

「オッケー、グーシィ。超能力者、ニュースで検索して」

 ぱっ、とタブレットの画面に検索結果が表示される。

 そこには緑目に光る謎の怪人についてわらわらと表示されていた。

「…………ん? んんー?」

 読み込んでくと最近は目が緑色に光る謎の超能力者らしき怪人が世界各地で目撃されているらしいことが様々なメディアで書かれていた。

「はーなるほどね。はーはいはい。そういうことね」

 思わず口に出してみたがまるで理解が追いつかない。

 俺が寝ている間に世界各地を飛び回って悪党どもを懲らしめていたのだろうか。

 いや、おそらくそんなことはないはずだ。

 もはや昨日の晩飯の記憶すら定かではない歳だが、オタクで酒も飲まないのでよほどのことがない限り前後不覚になったことがないので知らぬうちに超能力で大暴れしていたことはないはずである。

 ネットの記事を読み込んでいくとその実在を確かめられた例はなく都市伝説の域を出ない、とのことだが――。

「んだよ、最悪かよ。ちょっと人類覚醒しすぎじゃねーの?」

 思わずタブレットをそこらにあるクッションに投げ飛ばし、俺は万年床になっている布団の上に身体を投げ出した。

 ――甘かった。

 どうやら真の力に覚醒したのは俺だけではないらしい。

 力に目覚めたみんなはどうやら慎重らしく上手く正体を隠しているようだが、ネット上にこれだけの目撃情報が出てくるのならば相当な人数がいることは間違いないだろう。

 さっきちらっと見ただけでもWikiが作られて事細かに情報も整理されていた。それくらい有名なことらしい。

 ――いや、待て。超能力を持っている奴がみんな善人とは限らないぞ。

 中学や高校時代を思い出す。

 ――みんなにもてはやされた運動部の奴ら……いい奴もいたけど圧倒的に悪い奴らの方が多かった。明らかに、間違いなく、悪い奴らの方が多かった。絶対にだ。

 人とは弱い生き物である。故に強大な力を手に入れて何をしでかすか分からない。

 ――ここは、正しき心を持つ俺が正義の超能力者としてなんとかしてやらねばならないだろう。

 がたっ、と立ち上がろうとして腰が痛くなり、ゆっくりと立ち上がりつつ決意だけは固く胸に抱いて拳を天に突き上げる。

 ――これからきっと強大な力を手に入れて調子に乗った馬鹿な超能力者がわんさか犯罪を起こすはず。それを格好いい俺が格好良く解決してやるぜっ!

「よっしゃぁぁぁぁぁぁ、やるぞぉぉぉっ!」

 叫んだ瞬間壁がドンッとたたかれる。

「うっせぇぞジジイっ!」

「ひぃぃぃぃぃ、ごめんなさーい!」

 思わず情けない声を出して見えない相手に頭を下げる。

 隣に住むのはムキムキの三十代くらいのクソガキである。いい年をして結婚もせずぶらぶらとこんなボロアパートで暮らしている。どんな仕事をしているか知らないが、彼らのような無責任な若者が少子化を加速させるのである。とっとと結婚でもして子育てをして沢山納税して俺が食うための生活保護費を沢山つくって欲しい。

 ――っと、彼は別に悪党ではないな。

 俺は正義の超能力者なので壁ドンをするだけのクソガキをその場の気分でぶち殺したりはしない。正義なので。

 情けない声を出したのもあくまで超能力者であることを隠すためだ。仕方なく出したのである。正義だから仕方なくである。

 ヒーローはつらい。正体を隠さねばならないのだから。

 ――いや、これくらいの苦行。俺なら耐えられる。真に選ばれた格好いい俺ならば全然耐えられる。これからの残りの人生を人知れず格好いいヒーローとして生きていくのだから、それくらい当然だ。

 そうと決まれば腹ごしらえをしつつ、まずはサングラスを買いに行くか。

 たしか昨夜、コンビニに行って廃棄前の弁当を半額で譲ってもらっている。それを食べたら出かけよう。




「くくくく、俺は悪の緑目の超能力者のクソガキっ! 増えすぎた老人は全殺しだぜっ!」

「ぎゃー、お金を持ってるだけの勝ち逃げジジイだから勝てないー!」

「そこまでだっ!」

「なにぃ! 貴様何者だっ!」

「俺は名もなき『失われた世代』<ロスト・ジェネレーション>のヒーロー、シュバルツノワールシュバリエナイトブラックリッターっ!」

「ぐぉぉぉ、なんてオシャレで格好いい名前なんだ」

「くらえい、超必殺のスーパー・ロスジェネ・キックっ!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ! クソガキなので全くかなわない! がくっ!」

「ふはは、正義なので勝つ。さらばだっ!」

「名もなきヒーロー、シュバルツノワールシュバリエナイトブラックリッター……一体何者なんだろう。すごく格好いい」




 すばらしい。一分の隙もない格好良さだった。

 超能力に目覚めた俺の脳内シミュレーションはとどまることを知らない。

 いつ暴漢が暴れ出してもこれでばっちりだろう。

 百円ショップでサングラスを選びながら思わず笑みが浮かびそうになるのを必死でこらえる。いつもは百円ショップでウインドウショッピングするだけだが、久々に買い物が出来る。これも真の力に目覚めたおかげだ。

 百円ショップなのでデザインはどれも野暮ったいがこの際仕方ない。

 迷ったあげく、一番目が隠れる部分の多いものを選び、レジへ向かう。

 これで正体を隠すためのサングラスも百均で手に入れた。しばらくは持つだろう。ヒーロースーツを作ろうと思ったが、そんな技術もないし、そもそも布を買う金がなかったので今回は見送ることにした。

 まずは名前から。シュバルツノワールシュバリエナイトブラックリッター、という格好いい名前が思いついただけでもよしとする。あーでも、これだと俺の本名である黒谷蓮司を想起して早々にバレるかもしれない。いやでも、学生時代でも派遣時代でも存在感がなくてなかなか顔と名前を覚えて貰えなかったし、生活保護をもらいに行く時も何度も黒木だとか黒井だとか間違えられまくるし、別に気にしなくていいだろう。

 とりあえず、まずはサングラスをかけてみるか。

 ショッピングモールのゴミ箱に切り捨てた値札を捨てて、サングラスを着けてみる。

 ――げっ、意外と視界が見えづらい。

 若い頃、四六時中サングラスをつけて活動する芸能人とかいたが、いや、今もそういう芸能人とかいるだろうが、よくこんな状態で生活できるものだ。昼間の屋外はかろうじて普通に歩けるが、屋内はきついし、夜中を歩ける気がしない。

 ――いや、ともかく訓練だ。耐えるんだ、俺。俺は選ばれしロス・ジェネ。悪党と戦う日までサングラス生活に耐えるんだ。

「なんだ君はっ! 注文の一つも言えないのかね!」

 よく通る大声に思わずびくつき足が止まる。

 声がした方を見るとショッピングモールの角にある牛丼屋のレジだった。レジが出入り口の側にあるのでショッピングモールの大通りから丸見えである。そこでは団塊ジュニアらしき爺さん店員が四十代くらいの気弱そうなガキの客を叱っているのがみてとれた。

「言いたいことははっきりと、相手に伝わるように言わないか。俺もね、定年で前の会社をやめる前はさる大企業で部長やってたけど、君のようなのはほんと使えない部下だった。もっとね、相手のことを考えて――」

「チョット、何騒いでるデスカ」

 説教爺さん店員がレジで騒ぎ出したのを見かねたのか店の奥から二十代らしき外国人の女性が顔を出した。

「あ、フェイちゃん。違うんだ、これはね……」

「またなんであなた、人のこと勝手に下の名前で呼ぶね。李店長でしょ」

 がっしりとした体型の外国人女性に睨まれ、それまで客に対して不遜な態度をとっていた爺さん店員がしおらしい態度で謝り出す。

「ああ、ごめんなさいね。いや、この客があまりにも無愛想でボソボソと喋るから」

「だったらちゃんと相手の言葉を聞いてあげるよ。説教何度目? 辞めてもらおか?」

「いやいや、待ってくれよ、フェイちゃん。おじいちゃんもね、家内のためにこの歳になっても働かないといけなくてさ、その、配慮してよ? お願いだよ」

「こらっ! そうやってすぐ触ろうとしないで! 下の名前で呼ぶのも禁止っ! セクハラで訴えるますよっ! もうレジはいいから後ろで皿洗いでもしててっ!」

 爺さん店員はしゅんとして店の奥へと消えていき、女店長が頭を下げつつ丁寧な言葉で客に対応をする。どうやらこの場はこれで収まりそうだ。

 ――命拾いしたな、あのジジイ。あれ以上暴れていたら正義の超能力者シュバルツノワールシュバリエナイトブラックリッターが介入せざるを得なかったかもしれない。

 いや、でもどうだろう。あのバブル世代らしき爺さん、やたら声がデカかった。あんな大きな声で怒鳴られるとビビってちょっと攻撃をためらっていたかもしれない。俺も元はかよわい人間だからな。

 第一、俺が職に就けてないのは彼らのような上の世代がコンビニのバイトやらなんやらの簡単な仕事を占有してるせいもある。定年退職した連中は国の補助でスムーズにセカンドライフな職業を斡旋されるが、俺のような生活保護マンにはそういうのないし、雇用機会均等法の改正によってどの企業も老人を必ず一定数雇わないといけなくなったけど、その対象年齢から俺は微妙に外れてる。

 というか、もっと辿るとあいつらが俺が新卒の時に就職氷河期とか作ったのが悪いのだが。でも、もう数十年前のことなので今更そんなことどうでもよくて簡単なバイトですら年上世代に占有される現状のことの方が腹が立つ。どうにかして欲しい。

 ――いいや、でも俺には正義の力がある。

 目覚めた力を有効活用して世のため人のために役立てなければ。

 ひとまず、昼飯まで時間をつぶすために病院でも行くか。

 生活保護で無料で診療が受けれる病院が幾つかあり、その中で美人の女医さんに診て貰えるところがある。今日は足をぶつけたし、久しぶりに診てもらいに行こう。やはり美人との会話が何よりも生きる潤いになる。

 そうして俺は見辛いサングラスを外して病院へと向かった。




 美人の女医は産休でいなくなっていた。代わりにすごくハキハキした新人の男研修医がやたらと根掘り葉掘り私生活を訊いてきた。あまりにもウザくて、せっかく奮発してパン屋のそこそこいいパンを買って食べてるのにまるで味を感じない。最悪の午前中だった。

 いや、病院は相変わらず老人でごった返していたので実際の診療までに二時間待たされたし、ヘロヘロになって病院を出た頃にはもう昼過ぎどころの話ではなかったが。

 ――くっそ、正義の超能力者に対してなんだこの仕打ちは。世界は俺を見捨てようってのか。

 というか、あの美人の女医さん結婚してたのか。人妻だったのか。

 ――まあ、それはそれでアリだな。

 結婚していたと言うとショックを受けるが、人妻だと言うとポイントが数十倍くらい跳ね上がる。萌えとは不思議なものだ。

 ――来年くらいにまた顔を出そう。

 子供を産んだ後の女性もそれはそれでとても魅力的になっている。母親の顔になってるのがとてもいいものだ。

 ――っと、未来に想いをはせている場合ではない。

 午後は超能力のトレーニングをする予定だ。

 そもそも、よくよく考えたら今の俺はどれくらい強くなったのか分からない。

 老眼鏡を持ち上げるくらいの力があるのは確かだが、バズーカを止めたり、目からビームだしたり出来るのか分からない。いや、さすがにビームは出ないか。出たら格好いいのだが。必殺のスーパーロスジェネビームとか撃てたらロマンがある。すごくロマンがある。ぜひ撃ちたい。

 ――あとテレポーテーションとかしたいな。

 夢が無限に広がってしまう。

 ――ああ、人生ってとても楽しい。こんなに面白おかしいものだったんだなぁ。

 かくて、家に帰って正義の超能力者である俺は超能力を試してみた。

 パイプいす一つ持ち上げることも出来なかった。




 半年が過ぎた。

 世界はあまりにも平和だった。

 悪の超能力者しはやってこないし、超能力者を優遇するような新人類の時代もやってこなかった。

 ――あー、もう悪党とか出てこなくてもいいから、超能力者は生活保護の額を増やす法律出来ないか。出来てくれ。出来ろ。

 ゴールデンウィークも過ぎて五月も半ば。

 俺は変わらず生活保護で糊口をしのいでいた。

 ――超能力で強盗なり空き巣なりするべきか。

 幸いにしてこの半年間の修行によって、俺の超能力は着実に強くなっていた。

 仕組みはよく分からないが、使えば使うほど強くなるらしく、半年前はパイプいす一つ持ち上げられなかったのが家の冷蔵庫を持ち上げられるくらいにはなった。自分の身体を持ち上げてビルの谷間を飛び回ることも可能になった。

 ――それはそれで忍者みたいで超楽しいけどな。

 夜中にビルの屋上を伝いながら街を飛び回るのが最近の趣味だ。

『先日打ち上げられた二機の中継衛星<サテライトルーター>。これにより、月面とのネットワーク環境が整い、月面の無人探査がより進むことになります』

 タブレットで適当に流してるテレビ番組がニュースを告げる。

 ――宇宙開発とかどうでもいいだろ。もっと国民に金をばらまけよ。

 SFの漫画やアニメは好きだが、生活保護で生きてる身としてはもっと福祉に金をかけて欲しい。実際に今の俺の家にはテレビがなく、生活保護の家用に支給された十インチくらいのタブレットがあるだけ。若い頃はテレビなんていらないと思っていたが、アニメやドラマを見てるとどこの家もテレビがあるのを見て負けた気がするし、大画面で好きなアニメも見たい。

『次のニュースです。先週から続く九州の連続通り魔事件ですが――現場付近で緑色に目が光る怪人の目撃情報が多く寄せられ、近年増加傾向にある怪事件の一つではないかと――』

「なにぃっ!」

 ニュースの言葉に思わずがばっと万年床から立ち上がる。

 悪の超能力者による犯罪。ついに来たか。来てしまったか。

「どこだどこだどこだどこだ……九州? 小倉? ええ……ああ、うん……九州かー」

 自分の懐具合を鑑みながらうーん、と唸る。

 九州どころか隣の県に行く金もない。いや、行くだけなら全財産をはたけばいけるだろうが、帰ってこれなくなるし、宿泊する金もない。

 ――仕方ない、今回は見逃してやろう。

 最近はこんなことばかりだ。

 日本各地で緑目が原因ぽい犯罪が報道されるも、自分の身近ではほぼほぼ何もないし、遠隔地で事件が起きてもそこへ赴く金がない。

「くっそー、特撮番組だと自分の身近だけで犯罪が起きてくれるんだがなぁ」

 悪の秘密結社とか同じアパートに引っ越してきて週に一回くらいの頻度で事件をおこしてくれないものか。

 ――平和すぎて俺の超能力がなまってしまう。

 いや、どうなのだろうか。超能力ってなまるのか。毎日欠かさずトレーニングしてたから気づかなかったがどうなのだろう。

 ――というか、いい加減、念動力<テレキネシス>以外の力に目覚めたい。

 新能力を獲得するにはどうすればいいのか。分からないことが多すぎる。ネットを調べ回ったが、自称緑目が運営するサイトも眉唾なことばかりだったりするし、掲示板も荒らされまくってて何も分からない。

 ――緑目狩りがいる、て情報がそこかしこで書かれてるけど嘘くさい。

 とはいえ、これだけ噂になってるのに本物が一人も表舞台に出てこないのはみんな上手く逃げ回っているのか、名乗り出た連中は片っ端から消されてる可能性はある。

 ――日本政府にそんな度胸あるとは思えないが。

 超能力犯罪が増えて、そんな奴らに超法規的措置を執るとかあまりにもフィクションじみてる。

 ――それはそれでめっちゃ格好いいけどな。ああでも、政府の狗はやだな。

 特捜刑事とかならありかもしれない。

 ――あーでも、俺、年齢的に公務員は無理だからなぁ。

 年金受給年齢なので仕方ない。年金は納めてなかったので貰えてないが。

 まあそんなこと考えても悲しいだけなのでやめることにしよう。もっと建設的なことを考えよう。

 ――今更だけどシュバルツノワールシュバリエナイトブラックリッターて名前長いな。

 今のところ名乗る機会が全くないのだけど、こないだ口にしたら意外と舌をかむし言いにくかったのでもっと短くすることを画策している。

 ――シュバルツノワールブラックくらいで妥協するか。それでナイトフォーム・リッターフォーム・シュバリエフォームを使い分ける感じでいきたい。

 まあフォームチェンジできるほど能力のバリエーションないのだが。

 念動力を利用して衝撃波くらいは出せるようになったけど不可視なので見た目があまりにも地味なのが欠点だ。ディ○ニーのスター・ウ○ーズのフォースと一緒だ。地味すぎる。稲光を走らせたりもっとエフェクトに凝りたい。見えない方が戦術的には有利だと分かるのだが、派手さがないと周りに俺の格好良さが伝わらない。

 ――待てよ、今まで目撃情報が見つからないのもそういう地味な能力なせいかもしれないな。

 眼が光る割にオーラ的なものが全身から出ないし、オーラで光弾やビームも出せないせいで超能力者がすごく地味なものになってしまっている。なんとかしなければならない。

 炎や雷、氷などが手から出てたらいいのだが残念ながら無理だった。マッチの炎をテレキネシスで摘まんで投げたら途中で可燃物質がなくなって炎が消えてしまって頭を抱えたのは最悪の思い出だ。氷を空気中から出すのも無理だったので、クーラーボックスを持ち歩いて敵が出てきたらぶん投げるのが関の山である。

 ――まあ、物が投げられるようになっただけマシか。

 年齢的に肩が痛くて肉体の方では物を投げられない。

 ――というより、肉体の拡張ツールとして念動力があまりにも便利すぎる。

 立ち上がるのもおっくうな歳だが空中浮遊で家の中は自由に移動できるし、いすに座ったままコップに水を入れて取り寄せたり、寝転がったまま窓のカーテンを開け閉めしたり、タブレットを寝転がったままベストポジションに浮かせたり、この半年間はかなり生活の質<QOL>が向上している。

 老後を生きやすくするために目覚めたのではないか、という気すらしてくる。

 ――でも、実際悪い超能力者は各地で現れてるらしいからなぁ。

 金さえあれば九州に行って退治してやるのに。

 ――念動力による空中浮遊だと隣町まで飛んだところで力尽きて倒れそうだしな。

 仕方ないので、今日も今日とてトレーニングに励むしかない。

 深夜になって、近くのコンビニが賞味期限の弁当を捨てる時間になったら出かけることにしよう。




 月のきれいな夜だった。

 夜の街の空を屋根から屋根へ、屋上から屋上へと跳び回る。満月の下だと目撃される可能性が高くなるので人目につかないよう隠れながらだが、それでも大っぴらに超能力を使うのは楽しい。部屋の中でうじうじとしているよりもとても気持ちいい。

 こうして夜の街を跳び回るだけでも超能力に目覚めた甲斐はあったと思ってしまう。

 ――このまませっかく目覚めた力を活かせないまま生涯を終えるのも悪くないか。

 色々と俺はヤケになっているのかもしれなかった。せっかく超能力に目覚めたというのに何も活かせてない。でも、その方がいいのかもしれない。ヒーローが活躍しない平和な世の中の方がいいに決まっているのだから。

 しかし、そんな俺の甘ったるい考えを打ち消すかのごとく、不意に、違和感が脳裏を駆け巡った。

 ――っ!!!

 戦慄。得体の知れない初めての感覚。

 けれども、俺の脳はそれが何かを瞬時に理解していた。

 ――超能力の波動!!

 理由は分からない。しかし、自分以外の誰かが超能力を使ったのだとはっきりと分かった。気づくと予定していた着地地点と別の屋上に身体が降り立っている。

 ――あれ? なんでこんな所に?

 突然の事態に俺はパニックを起こす。

 ――俺の他に超能力者がっ? この近くに? でも、それは味方なのか? もし、悪の超能力者だったらどうするんだ……た、戦えるのか、俺?

 その可能性まで思い至った段階で俺の頭は処理能力の限界を迎えたのか、頭が真っ白になる。考えるのを放棄し、その場で呆然と立ち尽くす。

 そして――。

「いい夜ですね」

 背筋がぞくりとする。

 聞く者を虜にする美しい声。

 背後から聞こえたその声に――振り向けば間違いなくそこに美女がいるのだと何故か確信した。

 かくて俺はなんの決意もないままに、声に誘われるまま振り返る。

「…………っ」

 息を呑む。

 月を背に全裸の美女がそこにいた。

 本能的にもっとその姿を目に焼き付けようとするも美女の目が緑光を放った瞬間、彼女の顔しかはっきりと見えなくなる。どれだけ下の肢体を見ようと視線をさげようとも顔の部分以外はぼんやりとしか分からない。

 ――身体が操られている? いや、手足は自由に動く。なんだこれは?

「ごきげんよう、おじいさん」

 長い黒髪を裸体にまとわせながら美女は妖しく微笑む。年はかなり若い――二十そこそこか。身長は百七十センチよりやや低く、雪のように白い肌が月光を反射させている。

 あまりにも浮き世離れした光景に息をのむ。果たしてこれは現実なのか。

「怖がらないでください。ちょっと認識を弄ってるだけですよ」

 ――認識を弄る……精神支配<マインドコントロール>系の超能力者! やっぱり念動力以外の超能力もあったのかっ!

「安心してください。記憶を弄ったり、性格を弄ったりみたいなことは出来ないので。

 私の力はほんの些細なもの。あくまで見えたり、見えなくしたりするだけです」

 微笑みを絶やさず、妖艶な美女はつかつかとこちらに向かって歩いてくる。思わず手を伸ばすがふわりと美女の姿はかき消え、右横に出現する。まるで幻だ。

「ふふふ、面白いでしょう?」

 ――なんなんだ? 何が起きている?

「同類に会うのは初めて?」

「…………だ、な」

 かろうじて同意の声を漏らす。果たして向こうに聞こえたかどうか。

「私も以前は引きこもりがちだったのですが、この能力に目覚めてからは街を出歩くようになりました。服を着なくても自由に出歩けるようになったのはとても楽しくて――」

 ――このお嬢さん、めちゃくちゃ超能力を活用しておるっ!

 他人の認識を操る能力を手に入れてやるのが野外露出とは色々とレベルの高いお嬢さんである。

「だから、お爺さんの気持ちも少し分かるつもりです。超能力を使って、夜空を散歩なんてとてもロマンチックです」

「おおう、それは……な。うむ。ロマンだ」

 くすくすと笑う美女を前に年甲斐もなく緊張してしまう。我ながらきっと、自分は今鼻の下を伸ばしているに違いない、と自覚するもこればっかりはどうしようもない。美人におだてられて気分がよくなるのは人類の宿業だ。

「だから、お誘いに来たのです」

「誘い? なんの?」

 ――まさか俺にも脱げというのか。

「目覚めた超能力で世界を変えてみませんか?」




 気がつけば美女はいなくなっていた。

 ――すさまじい話を聞いてしまった。

 超能力に目覚めた新人類による新たな世を作るべく同志を集めているとか。

 ――す、すごい。本当に俺も世界を動かす側に回れるのか?

 生活保護で生きてるのか死んでるのかよく分からんまま、だらだらと数十年を過ごしてきた。その俺にチャンスが回ってきたと。

 よくよく考えれば超常の力を持つ新人類が旧人類を庇護してあげるのは当然。これからは超能力に目覚めてない非力な人々を守るためにも、新人類である俺たちが世を主導していくべきなのだ。

 ――そうすれば、俺もファミレスで食事したり喫茶店で紅茶を飲んだり出来るかもしれない。

 生活を切り詰めてるせいでここ数十年ほど、ファミレスや喫茶店で食事をしていない。新人類なんだしそれくらいは許されていいはずである。海外旅行なんて贅沢言わないので北海道とか国内旅行でもさせて欲しい。

 ――ちょっと明るい未来が見えてきた気がするぞ。

 やはり真の力に目覚めたのは間違いではなかったのだ。これからは俺達の時代が始まる。そうに違いないのだ。

 俺は再び超能力を発動させ、跳んだ。

 ビルの谷間を跳びまわり、夜の街を駆ける。

 まるで世界が自分のものになったような高揚感。

 ――きっとこれからは楽しい時代がやってくる。

 そんな確信が俺の心を躍らせる。

 齢七十数歳にして我が世の春が来たのだ。

 ――時代だ。失われた時代が、俺の元に返ってくるんだっ! ようやくっ! この手に!

 そんな俺の喜びを打ち砕くかのように、夜の闇から一人の少年が舞い降りた。

「よう、新人類<ルーキー>」

 気安い言葉と裏腹にその表情は実に無愛想なものだった。

 小柄で目つきの悪いたれ目の少年はただただめんどくさそうに俺の目の前に立ちふさがった。

「……なんだね君は? こんな夜更けにこんなところに現れて――」

「変な誤魔化しはすんなよ。あんたが緑目だってのは分かってんだ。さっき能力を使うの見てたからな」

 年上に対する敬意のない言葉。実に不遜だ。

 ――というか、何者だ。緑目の能力者は他の能力者の能力発動を感知できるはずなのに。

 あの美女が嘘を言っていたのか。それとも間違っていたのか。少なくとも彼女の同志達はみな同じように能力を感知できるので同類が近くで能力を使えばすぐ分かると言っていた。

 ――なのに、目の前のクソガキからはまったく感じられないっ!

 着地の瞬間に浮いてたのに目は緑光を放たなかった。美女の仲間でもなさそうだしどういうことなのか。

「……ったく、この国は老人の超能力者が多くて困るぜ。

 しかし、新しい力に目覚めてやることが下着泥棒とはね。せこいことこの上ない」

 ――なっ、そんなに超能力者多いのか? ていうか老人が多いってなんだ?

 矢継ぎ早に投げかけられる言葉に俺は軽くパニックを起こす。

 そんな俺を無視し、少年は懐から銃を取り出し突きつけてきた。

「拳銃っ!」

 海外ならいざ知らずこんな日本で子供が拳銃を突きつけてくるとか、意味が分からない。チンピラなのか。やくざの子分なのか。それとも――。

「……貴様、緑目狩り<ハンター>か!」

 ――ネットのまとめサイトでみたことがあるぞ。実在したのか。

「そんな呼び方されてるのか? 俺はなんて言うか……ただのバイトなんだけどな」

「バイトだと?」

「あんたらみたいな間抜けな超能力者を捕まえたら政府から金が貰えるんだよ。

 これでも苦学生でね、生活費を稼ぐのに忙しいんだ」

 あんまりな言い様に俺は激怒した。

 ――バイトとかなんだこのクソガキ。こちとら人類の革新だぞ。礼節を持って取り締まれよっ!

「言うことを欠いて政府の狗か。舐めおって。人類の革新である我らを愚弄するか」

「そんな新人類思想を持ちながら下着泥棒って恥ずかしくないのか?」

「違う。俺は断じてそんなことをしていない」

 ――そういえばさっきから下着泥棒がどうのこうのとか言ってるが超能力に目覚めて下着泥棒する馬鹿がいるのか? せっかく真の力に目覚めたのに!

 しかし、次の瞬間俺の脳裏に超能力に目覚めた途端に全裸徘徊を始めたという美女に会ったばかりなのを思い出し頭が痛くなる。新しい力に目覚めても悪用する奴は悪用するのだろう。

 ――ていうか身近に悪の超能力者いたのか! だったら九州行く前にこの正義の超能力者シュバルツノワールブラックが成敗してやったのに! 出してたよ! 俺の必殺のロスジェネ波!

「……どうでもいいや。下着泥棒じゃないとしたらあんたこんな夜更けに何してるんだ?」

 政府の狗の少年が銃口をくいくいっと振って答えを促してくる。

 ――くっそ、動作の全てが憎たらしい。こんな奴に言うことなんて何もないぞ。

「ガキが知る必要はない」

「じゃあここでお別れだ」

 瞬間、銃声が響いた。

 反射的に俺は全ての力を解き放ち、向かい来る銃弾を二発、なんとか空中で受け止めることに成功する。全身からどばっと汗が噴き出るのを自覚した。

 ――うっそだろお前っ! 無理無理無理無理無理。いきなり拳銃撃ってくるとかありえないって! 俺は悪の超能力者とかテロリストと戦うことは想定してたけど、向こうも超能力使うとか、そういう感じで考えてたのにこいつ何拳銃ぶっぱしてきたの? おかしいおかしいおかしい。拳銃の弾丸ってだいたい音速なんだぞ。マッハ1か2くらいなんだぞ? それを放たれた瞬間この距離で止めるのメッチャクチャ大変なんだぞこのクソガキィィィ!

 息を吐くと共にかつんかつん、と二発の銃弾が地面に落ちる。

「ぐぅぅぅ、ガキがっ!」

 今のはなんとか止められた。しかし、また撃たれた時に止められるのか自信はない。

 そう言えば、昔何かの本で多くの人間は銃を突きつけられるより刃物を突きつけられた方が怖いと感じるらしい。なぜなら、銃で撃たれて傷つくことがピンと来ないかららしい。刃物ならば身近で、切られれば傷つくと想像しやすいからとか。

「さすが、新人類。パワーがあるね」

 こちらの苦労も知らずにクソガキは続けて二発、三発と合計五発撃ってくる。

 ――サイキック・フルパワー・ディフェェェェンスっっっっ!!!

 ともかく防御である。果たして放たれた銃弾は全て俺の身体に触れることなく中空で静止した。かつんかつんと再び地面に落ちていく銃弾達。

 ――あれ? これもしかして結構いけるのでは? さすがスーパー超能力者の俺では?

「さて、あと何発耐えられる?」

 こともなげに言うクソガキに俺は再び渋面になる。

 ――くっそぉぉぉ、このクソガキ、俺の真の力をベンチマークテストしやがって! モルモットじゃないんだぞ!

「ガキがなめた口を。俺は新たな時代を作る<ニュータイプ>だぞ。敬い、跪かないかっ!」

「新しい力に目覚めた奴はすぐ選民思想に走る。やだねえ」

 さらに放たれた銃弾を二発受け止める。

 ――くっそ、これで何発だ? あの銃は何発装填だ? 耐えろ。耐えるんだ俺。奴が弾倉交換をした瞬間に必殺のロスジェネ波でぶっ飛ばしてやる!

「何発でも打ってくるがいいっ! 幾らでも止めてくれてやらぁっ!

 この力、この輝きを持ってすれば政府の狗程度に負けるはずが――」

 集中力の全てをクソガキの拳銃へ。いつ引き金を引かれても対応出来るように構える。

 対するクソガキは――。

「そうかい」

 どうでも良さそうに床をだんっ、と踏みならした。

 瞬間――足だけが突然浮き上がり、それに引きずられて身体は転倒した。

「……かはっ」

 訳の分からないまま背中が床に叩き付けられ、息を吐く。

 ――なんだ? 今何が起こった? だって今俺は相手の銃弾を警戒して……。

 いつの間にかクソガキはプッシュ式の注射器を手に俺の側へ距離を詰めていた。

 首元に注射を打ち込まれ、全身から力が抜けていくのを感じる。

 ――なんだこれ。こんな所で俺は終わるのか……嫌だ。そんな……この……この……。

「クソガキャァ――」

 渾身の叫びと共に俺の意識はぷっつりと途絶えた。




 目が覚めると白い病室にいた。

 ――いや、監獄か。

 ベッドと簡易テーブルの横には悪臭を放つ簡易トイレ。そして壁にはいくつものへこみ。窓はなく、唯一の扉は数十センチはありそうな分厚い鉄板。

『起きたみたいだね』

 唐突に脳裏に声が響く。

 驚いて視線を巡らせるもこの白い独房の中には自分以外誰もいない。

『安心していい。君がいる場所は使わなくなった核シェルターを流用して作ったものさ。おかげで世界一安全な場所の一つだよ』

 ――いくら超能力者でも核爆発に耐えれる壁は突破できない。脱出はあきらめろ、てか。

 もしかしてこれからこの六畳半しかない部屋で余生を過ごすことになるのか、と絶望にかられる。

 ――というかこの波動は超能力。念話<テレパシー>能力者か。

 どうしたものかと迷っているうちにごごごご、と重苦しい音と共に扉が開く。現れたのは車いすに座った白衣の中年女性とやたら背の高い男装の少女だった。

「うーあうあうあうああーーあーーーーあーーー」

 車いすの中年女性が気さくに声をかけてくる。しかし、俺には何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

 驚いて目を丸くしているうちに中年女性の目が緑光を放つ。

『悪いね。生まれつき、身体が悪くてね』

 再び脳裏に声。どうやら先ほどの念話の主は彼女だったらしい。

『いやぁ、超能力は便利だね。前まではずっとタブレットを使った筆談と読み上げソフトの併用だったんだけど、今は超能力で会話できる。楽でいい。

 おかげで私も政府に捕まっちゃったけどね』

 気さくな彼女の言葉に思わずほおを緩めるが、最後の言葉にどういう顔をしていいか分からなくなる。

「分かる。超能力は楽。老眼鏡を取るのに立ち上がらなくていい」

 俺の言葉に車椅子の女医と男装の少女は微笑んだ。

 そして、男装の少女が一礼と共に告げる。

「我々は政府に仕える者です。

 あなたの力。日本のために役立てる気はありませんか。

 我々はあなたの力を必要としています」

 気がつけば涙が溢れていた。ぼろぼろと滂沱の涙がただただ頬を伝い、ベッドを濡らしていった。何故だか分からない。あの夜全裸の女にも同じことを言われたのに、あの時は謎の高揚感があったのに、今はそれがない。

 ただただ、言葉に出来ない何かが胸を突き刺し、心を刺激する。

 ずっとずっと、この言葉を待っていた気がする。いつの頃からだろうか。長きにわたる生活保護に飽いていた頃か、派遣切りを食らった頃か、いい大学を出たのにどこの会社も受け入れてくれなかった時か、それとも、それとも――。

 ――くっそなんで泣くんだ。泣きたくなんかないのに、なんで俺は泣くんだ! 俺は真の力に目覚めたすっごい超能力者なのに!

 むせびなく俺を見かねたのか、車いすの女医が手を伸ばし、ハンカチでこちらの涙をぬぐおうとした。

 その手を思わず掴み、俺は叫んだ。

「ああ、ああそうだ。やるとも。やってやるとも。

 俺は正義の超能力者なんだ。これから、今日から、今この時から、やってやるとも。

 俺はやれば出来る。そう信じてる。だから、だから――」

 もう目の前の二人の顔すら見えず、ただただむせび泣いた。

 半年前、俺は自分の真の力に目覚めた。

 そしてこの時、俺はやっと得たのだ。

 自分の生きる意味という奴を。

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