重い想いを思いながら。

タッチャン

重い想いを思いながら。

時計の針は23時59分を指していた。

後1分で僕の30回目の誕生日がやってくる。

カチッ。

時計の針は規則正しく動いて、30回目の誕生日を届けてくれた。

僕はソファーから立ち上り、窓の外を眺めた。

2階建てのアパートの角部屋から眺めるこの景色はいつもと変わらず、静かで、暖かみを帯びた表情をして僕の心を落ち着かせてくれる。

あてもなく部屋の中を彷徨い歩いた後、

キッチンに向かい、君がよく飲んでいた紅茶を作る。

紅茶から立ち上る湯気はゆらゆらと漂い、僕の世界を覆う様に広がっていく。

僕はゆっくりと目を閉じて、そして、目を開ける。


君はソファーに座ったまま僕を呼ぶ。

キッチンを離れて部屋に入ると、君は隣に座るようにソファーをポンポンと優しく叩く。

その行為に、君の笑顔に僕は抗えない。

隣に座ると僕の手に君の手を重ねて、僕の耳元で囁く様に好きと言ってくれる。

君の優しさに満ちた声と、長くて綺麗な髪から漂う甘い匂いに僕の心は蕩ける。

君は艶やかに僕の誕生日を祝ってくれる。

君のせいで僕は欲情を抑えられない。

僕も好きだよと言って君の目を見つめようとする。

でもそこには誰もいない。

この先、何年たっても僕の隣に君は座ることはない。

僕が見つめた先は窓の外の変わらない景色だった。

僕の想いも変わらないまま、静かに、ゆっくりと時間だけが流れていく様な雰囲気を醸し出していた。


涙を流し、喉を詰まらせて咽び泣く声が部屋の中に響く。まるで最愛の人を無くした者だけが奏でる事が出来る讚美歌のようであった。


でもそれは僕じゃない。

僕の涙はずっと前に渇ききっていた。


僕が座るソファーの、テーブルを挟んだ向かい側に椅子に縛りつけた哀れな男が泣いているのだ。

頭や鼻から、それに右腕と左足から血をながしてるこの救いようが無い男は僕から君を奪った張本人だ。下劣な人間なのだ。

口に押し込んでいたタオルを外すと、謝罪の言葉を吐き出す。


僕は聞き飽きた。


タオルを口に押し込み、左足に刺さったままの包丁を握り、前後に動かす。不愉快な音が流れてくる。

激痛で気を失いそうになると、平手打ちを食らわして目を覚まさせてやる。

右腕に刺さったままのアイスピックを引き抜くと、勢いよく血が吹き出す。その様子は昔、君とシンガポールに旅行した時見たマーライオンを思いださせる。

君は初めての海外旅行でとてもはしゃいでいた。

あの時の、二人で過ごす海外での夜はとても長く感じたのを今でも覚えてる。

あの夜も君はとても綺麗だった。

僕は時計に視線を向けた。


時計の針は0時2分を過ぎたところだった。


今日の夜も長く感じる。

そんな予感がする。

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重い想いを思いながら。 タッチャン @djp753

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