第27話 新しい日々へ



 痛快な『月初めの交流会』翌日、私はお父様に手紙を書いた。

 シャゴインのジーニア様からは近いうち、婚約解消の申し入れがあるかと思います。

 異母姉たちがどんな行動を起こすか分からないので、注意されたし。

 それから、お父様とお母様はお元気でしょうか?

 人を好きになるという事を身を以て知った今、二人が人目も憚らず抱き合っていたり、口付けをしていた理由がなんとなく分かります。

 そうなんです。

 私もしてしまったのです。

 ……恋というものを。


『セシル様』

「今書き終わるわ。もう少し待って」

『いえ、ではなく、メルヴィン様が来られましたよ』

「え、もう⁉︎ い、今行く!」


 そういうわけで、ロンディニアの方にも近いうち正式に、その、私のお慕いしている方からの婚約の申し込みが届きますので、目を通してください。

 私はその方との婚約を心から望みます。

 そのお相手の方については書状をご覧ください。

 絶対驚きますよ。


 っと。


「お待たせ! インクが乾いたら封筒に入れて出しておいて」

「はい。うわ、軽い惚気が入ってる」

「読むな!」


 バタバタと慌てて階段を降りる。

 するとドス、ドス、とマルタが慌てて走ってきた。

 しかしすぐに息切れする。


「ど、どうしたのマルタ。メルヴィン様は応接室にご案内したのでは……」

「そ、それが! 大変なんです!」

「な、なにが?」

「これを見てください!」

「手紙……?」


 あとじゃダメなのかなぁ、と思いつつ、息切れで赤い顔のマルタの勢いに押されて手紙を覗く。

 それはザグレの国のいろんな貴族の方々からのお手紙。

 内容はどれも『昨日のパーティーにいらした美しい令嬢はセシル様とセイドリック様の侍女ですか? ぜひ紹介してください!』というもの。

 はあ?


「どういう事かしら?」

「朝から何通も何通も届くんですよ! 手紙を書いた方が直接いらっしゃって、姫様たちにお目通りしたいという方もいて……その方々には応接間で待って頂いているんですけど〜……」

「え、ええ⁉︎ わ、私今日はメルヴィン様と遠乗りに行く約束があるんだけど? 一週間も前から約束していたのよ? それに、メルヴィン様ももういらしているんでしょう?」

「はい、わたくしどももそのつもりでお弁当を作っておりましたが……」

「…………。分かりました、でもまずはメルヴィン様にお話してきます」

「はい〜、申し訳ございません〜」


 仕方ないわ、一体どうなっているのかしら?

 メルヴィン様と『セシル』の事が噂になったのかもしれないし、その関係で接触しておこうという腹積もりなのかも。

 まずはメルヴィン様に相談してみよう。

 応接室その一、の前にいたメイドに中へ声がけしてもらい、扉をあけてもらう。

 にこやかなメルヴィン様が「おはよー」と手を振る。

 ……私の顔は、多分緩んだはず。

 いやいや、気を引き締めて、私!


「おはようございます。あの、早速で申し訳ないのですが、朝からおかしな手紙が大量に届いているんです。メルヴィン様、なにかご存知ではありませんか?」

「ああ、昨夜帰り際にエルスが吊られたみたいになっていたよ。『先程セシル様とセイドリック様に剣を投げた勇ましくも美しい娘は何者か』とね」

「……………………まさか」

「そのまさかだろう」


 まさか〜〜〜〜⁉︎


「なんという厄介な事に……」

「まあまあ、とりあえず座りたまえ」


 入り口の床に手と膝をつき、絶望に打ちひしがれているとメルヴィン様に支え起こされる。

 他人事だと思って楽しんでいる空気に、イラっとしたけれど……。

 あら?

 腰に手。

 そして、スムーズなエスコート。

 ソファに座ると、その隣にメルヴィン様が座る。

 それも、これまでにないぐらいに近い!

 あっという間に『はわわわわわ』と声が漏れる私。

 い、い、い、いけないわ、この距離は!

 これは確実にまた……キ、キスされるのでは……⁉︎


「メ、メルヴィン様! あのっ」

「どれどれ? 手紙を見せて?」

「…………」


 まさかの普通に会話が続くパターンでしたか……。

 いいえ、別にいいですけど。

 テーブルに散らばった今朝届いたという手紙の数々。

 それらを集めて手に取ると、メルヴィン様は随分可笑しそうに微笑む。

 まあ、ほとんどがこの国の貴族のようだから顔を思い浮かべて笑っているのだろう。

 こっちはどうお断りすればいいか、頭の痛い事になっているというのに〜。


「普通に護衛の為の女装と言えば納得する面々ばかりだね」

「そうですか? ……そ、そうですか……」

「まあ、あの女装のレベルはかなりのものだからねぇ。セイドリックが大変に素晴らしい淑女に見えるのも無理ないというか」

「あ、あはは……」


 そうね、確かにセイドリックのお化粧は毎日イフが施している。

 趣味と仕事を兼ねている女装って一体……。

 本当に大丈夫かしら?

 ロンディニアのイメージが変な事にならない?


「あ、あの、それでですね、そのお手紙をくださった方々が会いたいと仰って、今いらっしゃっているそうなんですよ」

「え? わざわざ? 今日は僕と遠乗りに行く予定じゃないか。あの女装執事抜きで!」

「その通りなんですけどそこは強調しないでください!」


 今だけは! 今だけは〜‼︎

 そ、そりゃ、私だって遠乗り行きたいですよ。

 お弁当も作ってもらっているし、表向き男同士という事で護衛もなしにしてもらえたし。

 そ、そう、二人きりよ!

 本来なら王族同士のお出かけに護衛なしなんてありえないけど、私もメルヴィン様も剣の腕には覚えがあるし、そんなに遠くへはいかないし……とにかく色々理由を付けてお出かけする事になったの!

 この約束は一週間前からしていたのだから、やめるのはもったいないというか……。

 そ、そうよ、一時はもうお話もできなくなると思っていたの。

 それなのに、メルヴィン様はわたしが女でもよいと言ってくださり、こ、婚約も申し込んでくださると仰った。

 メルヴィン様のお母様やメルティ様も大賛成してくださったし、ザグレの国王様は幼い頃に訪問した私をちゃんと覚えていてくださり、あっさり許可をしてくださったらしい。

 あとはうちのお父様と異母姉たちの反応だ。

 順序的にはシャゴインのジーニア様との婚約解消が先に必要となるけれど、その問題も昨日の決闘で解決している。

 昨夜の決闘の勝者?

 ふふ、聞くまでもないわ。

 元々剣の腕ならばメルヴィン様の方が圧倒的に上なのだから!


「……わ、私だって、今日のこの日をとても、とても楽しみにしておりました、もの」

「…………」


 でも一週間前は『楽しみ』にしていただけだった。

 今は同時にドキドキとものすごく緊張している。

 だって、私とメルヴィン様は……想いを伝えあった。

 初めてお慕いした方に、私は『好きだ』と言って頂いたの。

 一週間前よりよほど楽しみだったし、緊張しているし、顔が緩んで仕方ない!

 あ、そうだ。

 だから早く出掛けるためにも、イフ(の女装)に胸撃ち抜かれてしまった哀れな方々に真実を話してお引取り頂かなくては。


「あの、ですから私、お客様たちへ……⁉︎ ……メ、メルヴィン様!」

「うーん」


 とりあえずメルヴィン様に彼らへの説明に行く旨、お許し頂こうと顔を上げたら抱き締められた。

 背中に回された手が!

 メルヴィン様のお耳が目の前に!

 息遣いや温もりがあああぁ〜!


「恐ろしい」

「? な、なにがですか?」

「君の可愛さの上限が見えない」

「…………、……そ、そ、そ、そ、そんな事はあ、ありません……」

「そんな事あるから恐ろしいんだよ。僕がそう思っているのだから間違いない」

「な、なんですかそれは」


 わ、わけが分からない。

 わけが分からないし、メルヴィン様の体温が……お、お身体がこんなに密着しているのは初めてで、頭の中がぐちゃぐちゃ!

 わ、私ちゃんと受け答えできてる?

 変な事、口走ってないかしら⁉︎


「……セシル」

「っーーー!」


 耳元で、甘く優しい声が……わ、私の名前を!

 あ、そ、そういえば、メルヴィン様に……『セシル』と本当の名前を呼んでもらったのは、初めてだ。

 胸が急に苦しくなって、でもとても温かく、幸せで……私はおずおずとメルヴィン様の背中に手を……回そうとしたけど恥ずかしくてわき腹の部分の服を握り締めた。


「は、はい……」

「二人きりの時は呼んでいいよね?」

「……は、い……ぜひ……」

「ふふふ」


 腕に力が込められる。

 苦しいような、でも、体が痛いというより胸がいっぱいで苦しい。

 ドキドキ、ドキドキと心臓が大暴れしている。

 このまま心臓が破裂して死んでしまうのでは……。

 ああ、でも、この方の体温に包まれたまま死ぬのは、いいかもしれない。


「メ、メルヴィン様、あの、や、やっぱり恥ずかしいです……」

「苦しいのではなく恥ずかしいの?」

「は、はい、恥ずかしくて苦しいです……」

「そう。では解放してしんぜよう」

「っ」


 解放されて、胸のドキドキが治らなくてうまく呼吸ができない。

 そんな私の頭をメルヴィン様が撫でる。

 目だけでメルヴィン様を見やると、あの甘い微笑み。

 ……殺す気かしら。

 無理、直視できない。


「っは! で、ではなく! おぉ、お出かけする為にも、イフ目当てのお客様にはご説明してお帰り頂いてきましゅ!」

「あ、うん。分かった、待ってるよ」

「は、はひ」


 お、おや?

 うまく発音できない……。

 顔が、顔が緩んでいる?

 い、いや、そんな馬鹿な。

 頰をむにむに手のひらで押し上げつつ、立ち上がってメルヴィン様の応接室を後にする。

 扉を閉める直前、もう一度中を覗くと笑顔で手を振られた。

 あ、あううう。


「あ、おはようございます、姉様。……あれ? 本日はメルヴィン様とお出かけなのでは……」


 廊下に出たらセイドリックがお庭へ行く途中だった。

 手には剣。

 服もとても動きやすいもの。


「おはようセイドリック。貴方は剣の稽古?」

「はい! 昨夜の皆様の戦いを見ていたら、私はやっぱり弱っちいなと思いまして……」

「そんな事ないわ」

「姉様……」


 ええ、そんな事はないわ。

 貴方の事を一番側で、ずっと見てきた私が保証しますとも!


「貴方はきっとすぐに『姫騎士』になれるわ。でも、まだもう少し……。だからそれまでは、私は『セイドリック』、貴方は『セシル』。ね?」

「姉様、本当に良いのですか? メルヴィン様とのご婚約もあるのに、入れ替わったままでは……その……」

「良いのです。私は貴方の夢を応援すると決めたのですから。それに、貴方がその夢を抱いたのは私を守ってくれる為なのでしょう?」

「は、はい!」

「では、私がお嫁に行くまで貴方が守ってちょうだいね。私も貴方を全力で守るわ、私の可愛い可愛いセイドリック」

「……姉様……」


 額と額をくっつける。

 背がそろそろ追い付かれたわね。

 あっという間に抜かされてしまうのだろうな。

 セイドリックのヒールは、バレないように低くしていく必要があるかしら。


「………………」

「「…………」」


 ギィ、という音に後ろの扉を見る。

 メルヴィン様が変に良い笑顔を半分だけ覗かせて、私たちを見ていた。

 な、なに?


「…………な、なにか? メルヴィン様」

「混ぜて?」

「嫌です」

「え? どうぞ!」

「ダメです! さあ、私はお客様対応、セイドリック、貴方は剣のお稽古! メルヴィン様はお待ちください!」

「「は、はーい」」















 了

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