第26話 決闘



 舞台は翌月の『月初めの交流会』。

 今月は夜会……中身は舞踏会である。

 ザグレディア学園ダンスホールには、下級、中級、そして上級クラスの一、二年生が勢揃いして中央を注視していた。


「まさかセイドリック殿がセシル姫になっていたなんて……」

「あ、あの、その件は本当に大変に申し訳なく……」

「ああ、いいよセシル姫。愚弟のフォローなんて必要ない。というか、まだ言ってるの? シルヴァーン、さすがにくどいよ? それに姫にはドレス姿を期待していたのだけれど、入れ替わり続行とは驚いたね?」

「えーと、それはその、なんというか元々王族の皆様にだけお話するつもりでしたので?」

「私まだちゃんと姉様を守れる姫騎士になってませんから!」

「あ、そう」


 ものすごく興味なさそうに会話を終わらせるシルヴィオ様。

 壁に額を押し付け絶望しているシルヴァーン様は、シルヴェル様にツンツンと指でいじられている。

 私は礼服、セイドリックはドレス。

 この会場の皆が瞬く間に三日前の出来事を知る事となり、決闘の話は学年を飛び越え全ての王族貴族に伝わった。

 しかし、事実が捻じ曲がって伝えられている事もある。

 それは私とセイドリック、エルスティー様とメルヴィン様が変わらずに入れ替わったままである事と、婚約云々の件が秘匿されたままである事。

 決闘の理由は四日前にジーニア様が私……『セイドリック』に手を上げようとした事にすり替わっており、三日前に『セシル』が襲われた件も『大切な親友の姉が襲われた』という話になっていた。

 恐ろしい情報操作能力……。

 まあ、ジーニア様からすれば『実は男のセイドリックをセシルと間違えて襲った』という事実が出回る方が困る。

 散々女性を口説いてきたのだ、今更そんな噂が立てば例え決闘に勝利しても側室探しに支障が出てしまう。

 それでなくとも彼の側室になりたいと、手を挙げる女性はいないのに。

 そんなわけでジーニア様もそこは特に喚くわけでもなく、素直に受け入れている。

 ついでに言うと『襲ってない』と主張している。

 あの場にメルヴィン様やエルスティー様、私以外にもメルティ様、レディ・ウィール様、イクレスタ様がいたのにも関わらず!

 まったくいい根性してるわ。

 決闘に勝利すれば、その主張は真実として受け入れられるが……受け入れられるだけで信じられるわけではない。

 そこんとこ絶対分かってないのよね、あのダメ王太子。


「クックックッ、約束は覚えているだろうな?」

「当然だね。君の方こそちゃんと弁えている? 残念な頭の君では忘れていそうだなぁ? エルス」

「は、はぁ。ではここにいる皆に、改めて此度の決闘に関する条件を宣言しよう」


 ん?

 おや?

 エルスティー様(扮するメルヴィン様)が前に出る。

 ほんの僅かな違和感に、パーティー会場全体が『おや?』『あれ?』という空気に包まれた。

 シルヴィオ様だけが笑みを深くする。


「シャゴインのジーニア殿が勝利された暁には、先日の事件やこれまでの数多あるザグレ国に対する非礼を無罪放免とし、来年度の上級クラスを約束するものとする」

「ふふん、とーぜんだな!」


 は? は?

 来年度の上級クラスも?

 じょ、条件が増えてますけど⁉︎


「対し、メルヴィン・イーク・ザグレが勝利した暁にはシャゴインのジーニア殿には即刻国外退去、また、ロンディニアのセシル姫との婚約を解消するものとする。双方これでよろしいか?」

「いいよぉ」

「よい! 許す! 俺様が勝つに決まっているからなぁ! ぶぁーっはっはっはっはー!」


 ざわ、ざわ。

 会場が騒めき出す。

 私とセイドリックもポカーン、と目と口を開けたまま固まった。

 え、ちょ、ちょっと待って?

 今、今エルスティー様(扮するメルヴィン様?)がしれっとメルヴィン様(扮するエルスティー様?)の正体を言っちゃってたわよね?


「おや? メルヴィン、もうエルスティーとの入れ替わりごっこはやめるのかい?」


 騒めく会場にシルヴィオ様の声が響く。

 しん、と一気に静まり返るダンスホール。

 肩越しにメルヴィン様が微笑んだ。


「うん、もうやめるよ。大きな理由が二つ減ったからねぇ。…………あとエルスが昨日『神経性胃炎』と医師に診断されたって診断書提出してきた」

「賢明な判断だね、エルスティー」

「お褒めに預かり光栄です、シルヴィオ様……」


 いや、ダメでしょ⁉︎

 エルスティー様、休養して!


「王太子の地位は自分には重すぎました……」

「……ふふ、ふはははは!」


 胃を抑えながらしみじみと言うエルスティー様。

 …………分かる!

 小国ロンディニアの王太子の地位を名乗るのも、毎日がプレッシャーの連続。

 大国ザグレともなれば尚更でしょう。

 シルヴィオ様は楽しそうに笑っているけれど、それだけの技量、器がなければやはり胃炎にもなる、という事だわ。

 私も気を付けよう、胃炎にも。


「なるほど、それを家臣に分からせる手としては有効だったのか〜。いいね、自分も今度やってみようっと」

「兄様⁉︎」

「でも正直家臣の苦労も味わって頂きたいところです」

「あ、なるほどそういう……それは分からないかも」

「…………」


 シルヴィオ様、それでは意味がないのでは?


「私は姉様の気持ちが少し分かりましたよ」

「セイドリック……」

「姫というのは、着飾って楽しそうにしているだけでは務まらない。支えがあるからこそ、私やお父様は前に立っていられるのですよね」

「……っ」


 にこり、と笑うセイドリックに泣きそうになる。

 うう、だめよ、ここ最近泣きすぎているもの。

 でも、でも!

 うちの子が天使〜〜〜っ!


「こほん! ……以上の条件で以って決闘を行うものとする。立会人はここの会場にいるすべての者。決闘の方法はシャゴインの形式を採用する」


 エルスティー様が仕切り直すように咳払いして、片手を突き出して告げる。

 ザグレの決闘方法は以前聞いたわ。

 ザッパという細長く、とにかく硬いパンを叩き折り、相手が折ったパンの長い方を先に食べ終えた方が勝ち!

 一見アホみたいな決闘内容だが、実際ザッパを見た時は『え? 無理でしょ……』と血の気が引いたものよ。

 本来は保存食で、カピカピに乾燥させたものを少しずつ砕いてスープに混ぜたり、砕いたものをグラタンなどに混ぜて食べるらしい。

 あれを食べきるなんて何時間……いえ、何日かかるのか!

 柔らかいものばかり食べる王族貴族には到底無理な決闘だと思ったわ。

 ……でも、ジーニア様には有利かもね。

 だからシャゴインの方式を採用したのかしら?


「シャゴインの決闘方法とは、どんなものなのでしょう? 姉様?」

「……えっと、確か……」


 シャゴインへの嫁入りが決まってから色々学んだ中にあった気がする。

 思い出すよりも早く、エルスティー様が口を開いた。


「シャゴインの伝統的な決闘は、剣による勝負!」


 へ?

 剣による、勝負⁉︎


「正気かあの肉団子⁉︎」

「シルヴァーン、ストレートに暴言だよ、それ」

「で、ですが兄様! 誰がどう見てもあの肉団子がエルス、い、いや、メルヴィン様に勝つのは不可能だ! 天地がひっくり返っても!」

「そんな誰でも分かる事を改めて言うものではないよ。まさかそれさえも分からないほど、頭の中身までお肉でできてはいないだろう彼も。多分」

「丸聞こえだぞブリニーズ兄弟いぃ!」


 ビシィ! とシルヴィオ様とシルヴァーン様を指差すジーニア様。

 残念ながら私もそう思っていたのでストレートに失礼なシルヴァーン様と、オブラートに包んでも失礼なシルヴィオ様に完全同意である。

 剣との勝負だなんて、ジーニア様に勝算が一パーセントでもあるの⁉︎

 いや、ないでしょ!


「け、剣の勝負で勝利した方が、勝者となる。双方、その決闘方法で決着をつける事に同意するか?」

「同意するよ」

「同意する!」


 同意しちゃった!

 ジーニア様に圧倒的不利!

 というか勝てる見込みがない。

 まだジーニア様にとってザグレの決闘方法の方が勝算がありそうだったのに!

 二人の従者が剣を持ってくる。

 さすがにダンスホールでは行わないのか、エルスティー様が促して庭へと出て行く。

 私たちも窓ガラスへと移動して、庭を眺めた。


「あの肉団子王太子、 己の罪を悔い改めてわざと不利な勝負をお兄様に持ちかけたのかしら?」

「その様な殊勝な男には見えませんが……」


 と、横の方でメルティ様とレディ・ウィール様が呟かれる。

 全員がジーニア様が負けると分かっているから、いっそそんな風に勘繰ってしまうのだろう。

 エルスティー様が手を挙げる。

 あの手が振り下ろされたら、決闘開始。


「…………」


 なぜだろう……メルヴィン様が圧倒的に有利な勝負になったのなら、私は喜ぶべきはずなのに……不安で胸が押し潰されそう。

 あの方に危険が及ぶのではないか。

 あの方が怪我をするのでは……。

 あの方が負けるような内容ではないのに、なんでこんなに不安になるの?

 落ち着いてもう一度思い出そう。

 シャゴインの決闘方法は——。


「! ……いけません、罠です!」


「はじめ!」

「ぶぁーっはっはっはっはっはー! 出合え皆の者〜!」

「⁉︎」

「な⁉」


 私の声はエルスティー様の合図でかき消された。

 そしてその瞬間を待っていたとばかりにジーニア様が高笑いをし、手を空に掲げる。

 ああ、遅かった!

 ざわ、と会場中に驚愕の声が上がる。

 ホールの庭には、無数の武器を持った男たちが現れたのだ!

 メルヴィン様の背後、エルスティー様の左右、ジーニア様を取り囲む黒い服の男たち。


「これは、これは……シャゴインは剣の勝負と聞いてたけど?」

「剣の勝負だとも! だが王族貴族は『代理を立てる』事ができるのだ! ぶぁーっはっはっはっはっはっはっ! この勝負俺様の勝ちだ! ぶぁーっはっはっはっはーー!」

「き、貴様……!」


 エルスティー様がジーニア様を睨み付ける。

 ホールの中からも『クズだ……』と声が漏れ、ついに『汚いぞ!』『それでも王族か!』『誇りはないのかー!』と非難の嵐。

 それらをジーニア様はあっかんべーしながら『これがシャゴインの決闘方法だブァーカどもめー!ぶぁーっはっはっはっはー!』と一蹴する。


「ク、クズだ……」

「クズなのだわ……っ」

「クズだね。これは背後から奇襲しても文句言えないよね? 卒業したらシャゴインの領土を一緒に制圧しない? レディ・ウィール姫」

「考えておきますわ、前向きに」

「お、落ち着いてください⁉︎」


 そんな次のお茶会をするみたいなノリで戦争の相談なんてなさらないでください!

 あとレディ・ウィール様が普通にシルヴィオ様と会話をしている!

 あ、そういえば一昨日私とセイドリックの入れ替わりを話した時『なるほど、もう諦めます』って言ってた!

 殿方との会話をしない事を諦めておられたのね!

 ごめんなさい!


「…………」

「セ! セシル姉様⁉︎」


 突然、セイドリックがガラス扉を開けて庭へと飛び出した。

「イフ」と叫ぶと、ドレス姿のイフが剣をセイドリックに向かって投げる。

 いや、イフ、アンタなにやってんのよ⁉︎

 なんでドレス姿でパーティーに紛れ込んでるの⁉︎


「イフ! セ、セシル姉様⁉︎ なにを!」


 私も慌ててガラス扉を押して表へ出る。

 セイドリックは剣を抜いて、メルヴィン様の隣に立った。


「それが許されるなら、私もメルヴィン様と共に戦います! ……私はまだ、姉様ほど強くありませんが……私の夢は姉様を守れる男になる事なのですっ……。ここで立たずして、いつ立ちましょうか!」

「セ……、セシル姫……」


 セイドリック……。

 メルヴィン様とエルスティー様、そして、庭に出た私に辛うじて聞こえるその『理由』に泣きそうになった。

 いや、腰が抜けて立てなくなるかと思った。

 メルヴィン様もその理由に、瞳を優しく細められる。

 セ、セイドリック〜!


「ぬぁ、ぬぁにぃ⁉︎」

「そうだね、それがシャゴインのやり方なら自分も参加しよう。もちろんメルヴィン側に協力するよ」

「! シルヴィオ⁉︎」


 いつの間にか剣を持って庭に現れたシルヴィオ様。

 鞘から平然と引き抜かれる白銀の剣。

 ブリニーズは魔獣が多く出る地。

 故に武闘派が多い国だ。

 シルヴィオ様も普段温和に見え……見え……? ……いや、温和に見えるが、相当の実力者。

 それは、入学したばかりの頃のテストの結果が証明している。


「兄様がやるならオレたちもやるぞ、シルヴェ、え?」

「シルヴァーンにいさま、はやく」

「ぐぉっ⁉︎」

「クッ、クハハハハハハハ! 面白い事になっているではないか! いいぞ! 俺も参戦しようではないか! 雑魚は任せるがいいメルヴィン! セイドリック、貴様はどうする?」

「…………もちろん」


 イクレスタ様も従者が素早く剣を持って現れる。

 イフの名を叫ぶと、私の細剣が投げて寄越された。

 うん、なんにしてもお前はあとで説教よ!


「セイドリック」

「周りの者はお任せを、メルヴィン様! 存分に……いえ、私の分まであの愚か者を懲らしめてくださいませ!」

「……承った!」


「え、ちょ、待っ……そんな、こ、こんなハズでは……! え、ええい、お前ら俺様を守れ! 俺様はシャゴインの王太子だぞ? 負けるわけがなーーーー!」



 まあ、でも個人的には一発殴りたかった気がしないでもないけれど、ね。



「アーーーーー!」



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