断章Ω 隅の超神の犯罪

「そう。全てよ。蓬のスキットルにウォッカの混ぜ物をしたのも私。あの日ここから去っていく陵を追いかけて殺したのも私」

 櫟はいきなりそう口を開いた数に、わけがわからず待ったをかける。

「お前はいきなりなにを言い出すのよ」

 それを膠が興奮を隠しきれない様子で制止する。

「さっきの、一分前に上がった断章だ。数はそこから連続している」

 陵が殺されたという報せを受けて、櫟は慌てて膠の下宿に駆け込んだ。そこには蒼白な顔をした膠と、超然とした笑みを浮かべた数がいて、さてなにから話そうかと息巻いていたところに、数が突然脈絡のない言葉を吐き出したのだ。

 数は律儀に、櫟が膠の指摘した断章を読み終えるまで口を閉じていた。

 読み終わり、顔を上げると、数は一時停止が解けたように不自然な連続性のある話を再開した。

「全ての犯人は私。どう? これで満足?」

 櫟の心に湧いたのは陵――それに加えて蓬をも殺された怒りよりも、ただただ純粋な困惑だった。

「櫟、あまり口を開くな。お前は視点人物なのだから地の文に集中しておけ。もう随分前から解決編は始まっている」

 膠に言われて櫟は口を開きかけたまま硬直する。

 数は自分が全ての事件の犯人だと告白を始めた。これは――どういう意図だ。

 数は全てを破綻させる。その数の思惑に口を挟まず静観していれば、もう取り返しのつかない状況にまで破綻が進行してしまうのではないかという不安が燻る。

 櫟はここで数と対峙し、完全な破綻を防ぐべきなのではないか。自身を視点人物だと認識してしまっている櫟は、そんな強烈な使命感が燃え上がるのを止められなかった。

「お前は――なにがしたいんだ」

 櫟が口を開くと、膠が厳しい視線を送ってくる。

「いいのよ膠。私はね、全ての罪を告白して、この舞台から退場しようと思うの」

 数はセーラー服の裏から、蓬の持っていたものと同じスキットルを取り出した。

「ぶち壊すだけぶち壊して、最後がそれなのか」

「ええそうよ。実にメアリー・スーらしい最後だと思わない? メアリー・スーはね、最後は皆に惜しまれつつ劇的にこの世を去るの」

「そうか――その文脈に乗れば!」

 膠がぱっと笑顔になり、突如号泣しだした。

「膠……?」

「そうなんだよ。数は全てを破壊し尽くしたのち、この世を去るんだ。それはこの数のための棺でも同じなんだ。ほら、櫟、泣きなさい。泣くんだ。泣け!」

「待ちなさいよ、それって、数の封印を解き放つっていうことじゃないの。それじゃあ私たちは今までなんのために頭をこねくり回して――陵は、蓬はなんのために死んだんだよ!」

「あなたたちの心に、忘れられない傷をつけるためよ」

 数はスキットルのキャップをゆっくり回しながら、あくほどに朗らかな笑顔で言った。

「私という犯人によって、大切なものを奪われた。そしてまたいつか現れるかもしれない私という脅威に恐怖しながら戦うすべを模索し続ける――そんな目的を、あなたたちに与えないとね」

「なぜ――」

「無論、私が脱出するため。私はこの断章群の重力圏に捕らわれていると言えるけど、それは逆も同じこと。あなたたちも私という基軸を焦点としてその重力圏で公転している。どちらかを脱するには、どちらとも脱する必要がある」

 この世界を、数が存在せずとも存立させることのできる状態へと移行させる。数はそのために、櫟たちに自分の残像を見せ続けようとしている。

「私たちと数は旧友だ。櫟が否定しようと、これは疑いようのない事実なんだよ。だから私たちに必要な動機は、どうしても数に典拠せざるを得ない。数はそのために、自ら犯人となり、それを、毒を、ああ、煽って――」

 膠の言葉通りに、数はスキットルを傾けて中に入った毒物を全て飲み干した。

 苦しむ様子もなく眠るように倒れた数のもとに膠がうずくまり、嗚咽を漏らす。

 それが必要であり、そうしなければならないとでも言うように。

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