断章α 世界の涯も元通り

 まさか自分が聞き込みなどという探偵の真似事を始めるなど、櫟は全く思ってもみなかった。

 太陽が高くなり始めたころに家を出て、近隣の住民に捜している人物の人相風体を話し、どこかで見かけなかったかとしつこく質問を繰り返す。

「それ、警察にも聞かれましたけど、お兄さんなにしてる人?」

 ある日の普段とは違う返答に、櫟は思わず身を乗り出した。それまでは面倒そうに「知らない」と一蹴されるか、そもそも話に取り合ってもらえずに門前払いを食らうばかりだった。だがここで初めて、不穏な気配を纏いながらも情報の断片が転がってきた。

「警察? なにかあったんですか?」

 櫟はわざと相手の質問を無視して訊ねる。相手もどうやら櫟に不審とそれより強い興味を抱いているらしく、素直に返答してきた。

「ああ、ほら向こうにボロアパートあるじゃないですか。あそこでまた殺人があったそうですよ」

 陵の住んでいる木造アパート。蓬の死体が発見された場所でもある。そこで再び殺人事件――これはなんの意図だと自然と勘ぐっている自分に櫟は寒気を覚える。

「警察が捜してる人と、俺が捜してる人は同じなんですか?」

「話を聞く限りでは。あのアパートから出ていくのが目撃されていて、どうも犯人なんじゃないかと捜査してるみたいですよ」

 櫟は礼を言って立ち去ろうとするが、相手はにやりと笑って櫟の手を掴んだ。

「トイチさんですね」

 驚愕に歪む櫟の顔を見て、男は謝りながら笑った。

「いやすみません。お初にお目にかかります。フォウマです」

「――は?」

 フォウマ――蓬は今の話題のアパートで殺された。それがこの狂気の沙汰の、少なくともこの櫟の周辺での発端であったはずだ。

「いや、ちょうどインターネットやめたかったんですよ。それで親族のふりして、自分が死んだってデマ流したんです」

 そうだ――櫟たちが死体とフォウマを関連づけたのは、フォウマのアカウントによる死亡報告が完璧なタイミングであったからにほかならない。

 それが虚偽であったのなら――フォウマがこうして生きていることになんの不思議もないではないか。

「本当に、フォウマさん?」

 男ははいはいとスマートフォンを取り出すと、自分のアカウントのプロフィール画面を見せた。当人でなければ表示されない編集画面も表示されている以上、どうやら本当らしかった。

「しかし妙なこともあるもんですねえ。死んだ人と俺が、同じ名前だなんて」

 というわけで本名は蓬です――と蓬は改めて自己紹介をする。

「でも、なぜあんなタイミングで死んだなんて――」

「ああそれはですね、ダブリバさんに教えてもらったんですよ」

 蓬と膠は頻繁にメッセージアプリでやり取りをしていた。蓬は常々いい加減インターネットをやめたい、だがやめるなら面白く消えたいというようなことを漏らしていたという。

 そしてあの事件の当日、膠は蓬に死体の名前が蓬だということを伝えた。膠は警察がくる前に素人検死を行っていた。その間に死体の名前を把握していたとしてもおかしくはない。

 メッセージアプリは基本的に本名でやり取りをするので、膠は蓬の本名を知っていた。そこで死んだということにしてしまえば、少なくとも櫟と陵には衝撃を与えられると吹き込まれ、即座に口車に乗った。

「でも、都内に住んでたはずじゃなかったんですか」

「人間関係で精神のほうを少しやってしまいまして。知り合いのいない土地に逃げたかったところを、ダブリバさんに誘われたんです。ここ」

 アパートの玄関先で話している蓬は、自室のドアを軽く叩く。

「もとはダブリバさんが借りてた部屋なんですよ。当分帰らないから代わりに住んでいてくれていいって言われて。家賃も持ってくれるっていうから、少し不気味でしたけどお言葉に甘えさせていただいたわけです」

「あいつ――膠がいた時のままなんですか?」

「ええ、あんまり触るのも悪いですし、基本そのままですね。そのほうが気楽ですし」

 櫟は玄関に足を差し込んだ。

「入っても?」

「そうくると思った」

 蓬は愉快そうに笑って、櫟を中に招き入れた。

 櫟が断りも入れずに膠の部屋だったという室内の物色を始めると、蓬は自分もまたあの断章を読んでいると告げた。

「俺も俺で、それなりに考えたり試したりしてみたんですが、やはり同じ結論ですね。だからトイチさんがこうしてくることも想定内ですよ」

「いつからこっちに?」

「ダブリバさんがトイチさんのとこに入り浸るようになるちょっと前ですね。しばらくはシェアハウス状態でしたけど、ダブリバさんトイチ先生の話しかしないんですもん。それでトイチさんと同居を始めるからここは好きにしてくれ、残るんなら家賃は持つ――ですから。そのころにはもう俺もあの断章群の異常性に気付きだしてたんで、これは乗らないと退場させられるなという登場人物としての危機感から、ここで守をやらせてもらってたわけです」

 この男、想像以上に狂っている。それはつまり櫟とまともな話ができる数少ない相手であるということであり、同時に以前から膠と意気投合していたことにも納得する。

 櫟は膠の痕跡を見つけようと血眼になって部屋中を引っ繰り返したが、目ぼしいものは見つからなかった。散らかった部屋の堆積物を足でどけながら、蓬は急須で茶を淹れてテーブルへと着いた。

 消沈しながら、櫟も非礼を詫びて湯呑みを傾ける。

「ダブリバさんを捜して、どうする気なんです?」

 息を送って茶を冷ましながら、蓬はどこか挑戦的な目つきでそう訊ねた。

「あいつは、俺の動機の全てなんです。俺がこの舞台で動いているのは、全部あいつのせいで、そのおかげで俺はまだ退場していない。だから、勝手な退場は許さない」

「なるほど。『ダブリバさんを捜す』というのが今のトイチさんの動機なわけですね。じゃあ急いだほうがいいんじゃないかなあ」

 テーブルに置いたままの湯呑みに顔を近づけておそるおそる茶を啜る蓬は、上目遣いで目尻を下げる。

「警察が捜してる人物と、トイチさんが捜してる人は同じだって言いましたよね?」

「膠が、犯人……?」

「まだ確定ではないですけど、ついでにもう一つ未確認の情報を教えときましょう。現場は以前と同じ一室だそうです。被害者は、その部屋の借り主だとか」

「サザンさんが?」

 櫟は慌ててスマートフォンを取り出して陵――サザンのアカウントをチェックする。普段ならば一日に何度も投稿されているはずが、三日前から投稿が完全に途絶えていた。

「まあ、サザンさんと知り合いのダブリバさんの姿が現場付近で目撃されている――知り合いですし単に会いにいっただけかもしれませんが、その行方がわからないとなれば警察の心証はよくないでしょうね」

 完全に冷め切った湯呑みを煽り、蓬はさてと立ち上がる。

「お供しましょう。俺がここでようやく登場した意味、トイチさんならわかるでしょう?」

「膠の行き先を、知ってるんですか」

「いや、全然」

 渋面を作る櫟をからかうように謝って、蓬は散らかったままの部屋を見渡す。

「それでも一応、一時は同居人でしたからね。膠さんを捜すという動機は俺にもあるんですよ」

 櫟は頷いて、立ち上がる。

「俺は最初から――そうですね、生まれた時というのは正確じゃない。物心、というのも違う。この世界が構築されだしたころから――が正しいんでしょうね――全てが虚構に思えてならなかったんですよ」

 座席に余裕を持って座れる時間帯の電車に揺られながら、蓬はそう述懐する。櫟は誰も座っていない座席の中央に陣取り、蓬はドアの横の手すりに掴まって座ろうとしない。

「世界の果てが見えてしまう。それは別にどこか遠くじゃないんです。ふと目を泳がせた時の部屋の暗がりだったり、道を歩いている時に目に入るガードレールだったり。そこは――そう、書かれていないとわかってしまうんですよ。描写する必要のない、だけど当たり前に存在しなければ構築された世界に違和感を与えてしまう場面。自分がちょっとそこに足を踏み入れでもしたら、真っ逆さまに落ちていってしまうのがわかって、怖くて仕方がなかった。当然、こんなことを他人には話せません」

 櫟はそこで蓬がこの町にきた理由を思い出す。人間関係の不和からの精神障害――それはたぶん本当のことなのだろうが、「根」は想像を絶するほどに深い。

「だからあの実名小説が滅茶苦茶になっていくにつれて、自分でも驚くほど理解が及んでしまったんです。俺と同じ名前の死体をダブリバさんたちが見つけたと聞いた時にはもう、そういうことかと笑いが止まりませんでしたよ。破綻した我々の筆致――それを超越した何者かの意図の上でこの世界は回っている。ならその意図に乗ってやろうと、自分が死んだことにして、場外から趨勢を見守ってたんです」

 蓬は自ら伏兵となることを選んだ。

 いや、違う。この蓬が名乗り出なければ、死体とフォウマはイコールでつながったままだった。櫟の観測下において、蓬は間違いなく死んでいた。

 蓬は死から蘇った。その裏にどんな真実があろうと、ストーリーライン上では蓬は死体としてしか登場しないはずだった。

 櫟のそんな考えを察したのか、蓬はくつくつと笑う。

「死者蘇生。それがやりたかったんですよ。俺が隠れていれば物語は俺が死んだまま進行する。それを外野から眺めていると、見えないはずのものも見えてきます」

 世界の果てだと蓬は言っていた。描写する必要はないが、存在しなければ不和の生じる装置。それを蓬は、この断章の集合の中にも見出したのか。

「俺はそう、俺の知っているこのトイチさん――あなたの登場する断章も含めて読んでいました」

 櫟は絶句する。

 わかってはいたことだった。櫟が動く度にそれは文章として起こされ、無数の断章の一つとしてどこかのクラウドへと上げられている。

 だが櫟は、一度たりとも自分自身が登場する断章を目にしたことはなかった。

 それはこの世界の登場人物が決して侵してはならない領域である。自分たちに起こったことをそのまま小説として著述されているのを見ることは――不可能だ。

「ああ、そうか」

 櫟はそこで気付く。この世界にいながら、今まで全くキャラクターとして登場しなかった人物――それが蓬なのだ。

 だから許される。同じ世界にいながら、蓬は全く描写されることがなかった。死んでいたというより、存在すらしていなかったと言えてしまう。その立ち位置であるからこそ、櫟たちの現実だったはずの虚構を、同じ舞台の中に潜んでいながらにして盗み見ることができていた。

「そうです。今はもう読めません。さっきからずっと探してるんですけど、該当するファイルは見つからないですね」

 蓬はとうとう舞台に上がってしまった。そうなれば条件は櫟たちと同じ。登場人物と化した蓬に、もう出歯亀は許されない。蓬は自らの全身で盗み見ていたはずの世界を見ることを決めたからだ。

「だからトイチさんの口から全部聞き出す必要もないわけです。読んでいますからね。櫟さんの思考も地の文も」

 櫟は額を手で覆って赤面していることを隠そうとする。それすら読まれてしまう心配はもうないはずだが、蓬は委細承知とばかりに笑った。

「さて、じゃあ行きますか。世界の果てに」

 電車が停車すると、蓬はそう言って櫟を促し、ホームへと降りた。

「ここは――」

 櫟は普段降りることのない駅を物珍しそうに見渡す。

「書かれることのない場面というやつです。市街地に行くまでの間に通過するだけの無人駅――ということにしましょうか。定義しておかないと落っこちかねませんからね」

 蓬の言うところの世界の果て。この駅はまさしくそれだった。

 確かに櫟は以前に心療内科行った時と同じ電車に乗って、その大きな街の駅はまだ通過していなかった。

 だがこんな駅は櫟の記憶には存在しない。自分の町の駅から市街地までの間に無人駅があったような気もするが、それも正直判然としなかった。

「気をつけてくださいよ。トイチさんが視点人物である以上、あっという間に崩落するなんてことはないと思いますが、不用意に接触するとなにが起こるかわかりません」

「膠は、この辺りにいるんですか?」

「なにも知らないっていったじゃないですか。ただ、ダブリバさんがいるならこういう場面だという確信はあります。飛行機で十時間かかる場所も、電車で数分のここも、この世界にとっては同じ世界の果てですから」

 蓬は改札のない出口に設置された簡易式のICカードリーダーにタッチして外に出る。そういうところは律儀なのだな、と櫟は少し笑ってしまった。

 駅前を抜けてからずっと続く、人気のない住宅街の中を歩く。

 景色の全ては間違いなくそこに存在しているように見える。そう認識しつつ、ただの知らない町というだけなのではないかという至極真っ当な疑問は、なぜか湧いてこなかった。

「トイチさんが観測していれば、まあ普通の町ですよね」

 前を歩きながら器用に櫟のほうを振り向いて歩を止めずに蓬が笑う。

 櫟は視点人物だ。その櫟が観測する以上、このまやかしの町は、たちどころに存在することになってしまう。

 それではここが世界の果てであるはずもないではないか。

 櫟の疑問をすぐに察した蓬は、小走りで櫟の背後に回って両手で櫟の目を覆った。

「そのまま歩いてください。じゃあ、ぶち壊しますね」

 思いきりなにかと正面からぶつかり、櫟は呻き声を上げる。

「目、開けていいですよ」

 数が目の前にいた。

「お前っ――」

 櫟はきっと数を睨めつけるが、当の数は目の焦点が合わない様子で何事かをぶつぶつと呟いている。

「数……?」

「ははは、やっと可視化できましたよ。この世界を構築するのは結局、数なんですよ」

 蓬が無数の数に囲まれていた。どれも皆呆けたような顔をして、蓬の周りで意味のとれない言葉を呟き続ける。

 櫟は周囲を見渡す。櫟も同じだった。意識を手放した数の群れに囲まれている。

 違う――足元を見る。この立っている地面だと思っていたものは、敷き詰められた数の身体の上だ。空を見る。涎が垂れるように数が落ちてくる先に広がるのはやはり、遠大な数のクラウドだ。

 町並みも、全てが佇立する数に変わっていた。

「フォウマさん!」

 非難のためか、助けを求めたのか、助けようとしたのかもわからず、櫟は声を張り上げた。

「あ、大丈夫ですよ。トイチさんが観測したらもう、これは覆らない」

 ふざけるなと叫びたかったが、数の一人に肩を掴まれて悲鳴のほうが先に飛び出した。

 顔に血飛沫がかかる。

 櫟に掴みかかった数の喉に、深々とナイフが突き立っていた。

 引き抜いて、薙ぐ。数の頭は明後日の方向に吹っ飛んでいった。

「なにを、やってるんですかッ!」

 櫟は言葉を失った。

 目の前に膠が立っていたから――ではない。

 膠が初めて、本気で怒っていたからだ。

「あはは、ダブリバさーん、きてくれると思ってましたよー。ついでにこっちもたーすーけーてー」

「ああもう!」

 これまた初めて見せる苛立ちを露わに、膠は滑るように数でできた地面を駆け抜けて次々に櫟と蓬に迫る数たちの首を刎ね飛ばしていく。

 数の死体に埋もれそうになっていた蓬を引っ張り上げ、片手で抱え上げて櫟へと駆け寄る。

「膠!」

「話はあとです! 逃げますから、トイチ先生はまず目を閉じる!」

 櫟が観測して世界が数で構築されていることが認識された。そのスイッチは視覚の遮断となんらかの接触だった。ならば再び目を閉じて――膠が櫟の身体を抱え上げたのがわかった。

 腹の底が抜けるような凄まじいスピードを感じる中でも、櫟は必死に目を閉じていた。

 膠は離脱を試みたのだ。それを櫟の視点によって邪魔はできない。

 気付くと蓬の笑い声がやけに大きく聞こえた。

「あ、トイチさん、もう大丈夫です。目を開けてもオッケー」

 笑いながらそう言う蓬に従い目を開けると、見覚えのある古びたアパートの一室だった。

「ここは――」

「サザンさんの部屋です。一刻も早く逃げるにはここが一番関連性が強かった」

 櫟は肩で息をしている膠に声をかけようとするが、それより先に膠が蓬に掴みかかった。

「どういうつもりですか、フォウマさん」

「やめてくださいよ。ダブリバさんと違って俺はバトれませんから、ちょっとやる気出されたら死ぬじゃないですか。それと、その説明ならトイチさんがしてくれるんじゃないですかね」

 へらへらと相好を崩しっぱなしの蓬に目で指し示され、櫟は言葉に詰まりながらも膠と向き合う。

「膠、あの――」

「トイチ先生、見たでしょう」

 なにを――と訊く前に、膠は袖口から流れるようにナイフを取り出した。

「俺はこの世界観にそぐわない。バトルものの文脈でもって戦えるんです。それが露呈した以上、トイチ先生の観測下にはいられません」

「ダブリバさんは、数が呑み込んだ世界の設定を流用して造形されてしまったんでしょうねえ」

「じゃあお前は、〈外〉から……?」

「いいえ。俺は生まれも育ちもこの町ということになってます。ただ安全装置か用心棒のようなものとして、戦えるだけの設定を付与されている。数と対面したあの時より前――これまで生きてきた間、自分でも全くわけがわかりませんでしたよ。なぜって俺が力を振るっていい場面は、これまでの人生でただの一度もなかったですからね。ただひとり、ひっそりと牙を研ぎ続けていました。自分がなんなのか皆目わからず、ただ戦うための力があるということだけを自覚してこそこそ生きてたんです」

 それはそういう設定だと――膠も理解している。だが膠が生きてきたという事実はその設定を付与された時点で、疑いようのない過去として膠に刻まれる。

 膠は異常者として、異端者としてこの世界に存在することを決定づけられていた。彼がいったいどれほどの苦悩を抱いてこれまでの人生を歩んできたのかは、櫟に推し量ることなどできないし、してはいけない。

 膠には感情などなかった。人間ですらなかった。

 だが膠は言ったではないか。

「俺がお前を人間にしたと、言ったな」

 膠は悲痛な面持ちで顔を伏せる。

「違ったんだ。反対なんだよ。お前がいたから、俺は登場人物として動くことができていた」

「よくないですねえ。第四の壁に踏み込むのは感心しない」

 蓬が茶々を入れるが、どの口が言うかと一顧だにせずに膠と向き合う。

「フォウマさんの言う通りです。あんまりそっちに踏み込むと、引き返せなくなる」

「そんなお約束の段階はとうに終わってる。お前も読んでるんだろう、共有ファイルの小説たちを」

「ええ。トイチ先生が書いてくれる限り、俺は読み続けますよ」

「そのために、お前が要る」

 櫟は膠の腕を掴んで引き寄せる。

「脅せ。急かせ。苛立たせろ。なんでもいいからお前が存在しないと、俺は書けない。書くための動機が――お前が必要なんだ」

 膠は櫟の胸の中で、観念したように嘆息した。

「言っときますけど、数と戦うための戦力として俺に期待はしないでくださいよ。数は戦って勝てる相手じゃない。俺がこの力を振るえば、その何十倍もの力でしっぺ返しを食らう。数に打ち克つために必要なのは」

「書くことしかない」

「ヨシ!」

 膠は櫟の身体に確認をするように強く抱きつくと、大きく息を吐いて顔を上げた。

「さてさて、では始めましょうか。そろそろじゃないかなあ」

 蓬が玄関のほうを見やると、同時にドアが開いて陵が唖然とした顔で立っていた。

「トイチさんとダブリバさん……と、誰?」

「どうもー、フォウマでーす」

「はあ?」

「えっ、サザンさん――」

 死んだんじゃ――と櫟と陵の声が重なった。

「ははははは、地獄の釜の蓋が開き放題ですね。そんなわけで登場人物は揃いました。フーダニット? ハウダニット? ワイダニット? 全部違います。我々が突き詰めるべきは、この物語の終わらせ方にほかならないんですよ。ねえ」

 数――蓬の声に応じるように、主人公は再び舞台へと上がった。

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