味噌汁

「やそさん、次は何を食べたい?」

「……任せる」

「では、豆腐にしょう! はい、あーん!」


 別れを告げた我が家に八十一は戻ってきていた。

 全治一か月。潰れた肘の治療に掛かるその時間の間は、アマナで過ごす事になった為だ。万感の思いを込めて一礼した家にまた戻るのは中々に恥ずかしかったが、仕方が無い。今もひな鳥よろしく、雛菊に食べさせて貰わないといけない様な有様なのだから。


「……米が食いてぇ」

「駄目です。やそさんはあと一週間はお米だめです」

「……知ってるよ」


 初めて実戦で使った滅己呼法。その反動は中々に凄まじく、正直腕よりも体の内側の方が痛い位だった。確か、じっちゃがその辺りの対策を考案していたはずだから、今度しっかりソレを見ておこう。そうすれば少しは楽に――


(……いや)


 思考を追い払う様に八十一が首を振る。

 違う。そうでは無い。そんな分けは無い。実戦で無い状態では何度かやった事がある技法だ。ダメージを受けた状況でやったから、あそこまで血を流したが、間違い無く左腕の方が重傷なのだ。だから、違う。この痛みは――


「……」

「……」


 興味深そうにこちらを見ていたヤチと目が合う。へふ。笑う様な吐息を吐き出すと、尻尾を揺らしながら外へ向かい、ご丁寧にも最後に振り返った。

 その眼はまるで、頑張れと言っている様で――


(……バレてるのかよ……)


 八十一を凹ませた。


「? どうかしたのか、やそさん?」

「……な、なんでもねぇ……よ?」

「……凄く動揺している様に見える」

「気のせいだ。気にするな」

「む? まぁ良いか……では次だ、やそさん。どれが食べたい?」

「……」


 来た。

 行くべきか? いや、まだ早い。まだ早……――いやいや。さっきからそう言ってずっと先延ばしにしているだろう? さっきも何だ? 相手に委ねてあわよくば……と言う流れを造って。それでもお前は男なのかよ、鬼灯八十一!


「やそさんが悶絶している……」

「男には、色々あるんだよ」

「へぇ? それで、どうするの、やそさん?」


 かくん、小首を傾ける雛菊。


「……~~っ」


 その姿が如何にも可愛く映って、八十一は自分の気持ちをはっきり理解出来てしまって――覚悟を、決める。


「み、味噌汁で」

「うん! ようやく食べて貰える今日のは自信作なのだ!」

「――」


 椀を差し出して来る雛菊。右手で受け取り、その汁を啜る。

 味が分からない。いつも通りのスカスカの味噌汁の様な気もするし、彼女の言う通り自信作に相応しい味の様な気もする。だが、緊張で本当の所が分からない。だが、言うべき言葉は決まっている。ここ数日、ずっと考えていたのだから。


「……美味ぇな」

「そうかっ!」


 嬉しそうな笑顔。緊張で喉が渇く。だが、だが、言え、言って、しまえ。


「こ、『こんな美味しい味噌汁だと毎日食べたくなるな』」

「そうか! 任せてくれ!」


 雛菊。嬉しそうに、元気よく。


「……」

「……」

「…………」

「…………どうしたの、やそさん?」


 きょとん。不思議そうに雛菊。


(……まぁ、待て)


 言い方が拙かったのだろうか? もう一度言うべきだろうか? 結構いっぱいいっぱいなので許しては貰えないだろうか?


「『毎日味噌汁を作ってくれないか?』」

「え? うーん……やそさんがそう言うなら良いが、偶にはスープやお吸い物にするのも良いと私は思うが?」

「………………」


 八十一は涙が出そうになった。


「それにしても、ベタ褒めだな。そんなに美味しかっただろうか、今日の味噌汁は?」

「………………あぁ、そうだな」

「まだ御代わりがるからよそってくる。待っていてくれ、やそさん!」

「………………………うん」


 雛菊がかまどに向かうのを見て八十一は居間に倒れ込んだ。

 無理だ。もう無理だ。少なくとも今日は無理だ。今度、神父辺りに相談しよう。泣いてない。視界が潤んでいるのは、欠伸をしたからだ。

 と、自分を慰めていると――何かが落ちる音がした。

 見れば雛菊がお椀を落としている。よそった味噌汁が土間に零れている。勿体無い。いったい何が有ったのか? と、雛菊に視線を向ければ――


「―――――――――――――――――――――――――――」


 真っ赤だ。何故だ?


「ああああ」


 そして駆け寄って来たかと思うと、八十一の肩を掴んでがたがた揺らし出した。

 まだ本調子では無いので止めて欲しい。それが八十一の感想。


「違うからっ!」


 赤い顔で叫ばれる。何が違うと言うのだろう?


「い、今の、違うから、やそさん!」

「!」


 そのセリフで漸く八十一も理解する。

 気付いてくれたらしい。ならば、それならば――


「雛菊」


 喉が張り付く。緊張で口が回らない。『ひにゃぎく』に成りそうだった。成らなくて良かった。


「は、はいっ!」


 向かい合う様にして正座をする雛菊。赤い顔でソワソワしている彼女を見ていると更に緊張してしまう。視線を逸らそうとする。それはダメだろうと戒める。真っ直ぐに彼女を見据える。


「毎日、味噌汁をるつくってくれねぇか?」

「――~~~っ!」


 感極まった様に言葉を失う雛菊。

 彼女の桜色の唇が柔らかに開いて――


 ――私の味噌汁でよければ喜んで、八十一さん。








あとがき

主人公が攻略されたので、ここでお終い!!

……お終いなのです!!


最後までのお付き合い、ありがとうございます。


もうね、構成ミスった! 何で最後の敵が《竜》じゃないんだ! ってなってる。

ぶっちゃけ、続きを書けばこの問題は解決するのですが、それ以外にも治したい所があるので、一度ネットの海に上げたあと、引き上げたんです。でも、全然治さないまま数年が過ぎ、有り難いことに、この度その時に読んでくれた読者さんからリクエストを受けたので上げてみました。


まぁ、改めて今読むと、続きが書きたくはなりますね。

気が向いたら書くかも、と取り敢えず濁しておきます。


あ、あと微妙に修正しようと思った名残、と言うか練習が自分の短編『ある貴族の令嬢が伝説の剣引っこ抜いて魔王を倒すまでの日記』になります。

本作の登場人物が文字通りに右も左も分からなかった時代の物語です。よろしけレバー。


最後に。

コメント、ブクマ、評価などありがとうございました。

大変励みになりました。

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竜殺しの恋物語 ポチ吉 @pochi

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