8話、猫のぬいぐるみ

 あれからずっと折り返しの電話を待ってるけど、掛かってくる気配がまったくないわっ……。

 私から何度も電話をしてみても、毎回変な奴が出てくるのよね。なんでかしら? もう一回掛けてみよっと。


「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、お掛け直し下さい」


 ダメだわっ、また同じ奴が出てきた。なによこいつ、ずっと同じ事を繰り返し言って! 

 この前、私に掛けてきた男の奴を出しなさいよ、まったくもうっ! ……はあっ、ポップコーンいっぱい食べたかったなぁ。

 別に、食べたり飲んだりしなくても平気だけど、一回味を覚えちゃうと、どうしてもまた食べたくなっちゃうのよね。


 ……あっ、電柱のそばに黒猫がいる。でも、普段見てる黒猫とはなんだか様子が違うわね。雰囲気というか、なんというか。

 全体的に丸っこいし、普通のよりかなり大きな体をしてる。それに全然動かないわっ。驚かさないように、少しずつ近づいてっと。


「ねこっねこっ、おいでおいで。……やっぱり動かないわっ」


 触っても大丈夫かしら? ……とりあえず、頭を撫でてみよっと。なんだか感触もおかしいわね。猫は何回も触ったことがあるけど、この子ったら、ものすごく柔らかいわっ。

 ずいぶんと大人しい子ね。触っても文句を言ってこないし、抱っこしちゃおうかしら? 急にだっこすると怒るかもしれないから、ゆっくり、ゆっくり……。あらっ、すんなりと抱っこできちゃった。


「この子、大丈夫なのかしら? ものすごく軽いし、体を押すと、どこまでもへこんじゃうし……。それに口がまったく開かないわっ」


 あっ、わかった。街に行った時にチラッと見た事があるけど、この子は確か……、そうっ、ぬいぐるみってヤツねっ! だから動かないのねっ。


 ここの置いてあるってことは、たぶん落し物よね。……誰のかしら?


 尻尾に赤いリボンがちょんっと付いてて、透き通った濃い青色の瞳に、愛嬌のあるキュッとした口。見てて心が癒されるわっ、カワイイっ。


「持ち主がわからないし、貰っちゃおうかしら……?」


 でも、持ち主が探してるかもしれないし……。う~ん、でも~、ここに置いておくと雨風にさらされちゃって可哀想だし……。

 こんなにカワイイんだもの。汚れちゃうなんて、この子もきっとイヤがってるハズ。いやっ、絶対にそうだわっ。


「……持ち主が見つかるまで、私と一緒にいる?」


 それなら問題無いわよね。持ち主が見つかったら、ちゃんと返せばいいんだもんっ! ふふっ、それまで私が預かっておこっと!

 フワフワしてるし、ずっと太陽に当たってたから温かいっ。体全体がサラサラした毛並みだから、どこを頬ずりしても気持ちいいわっ。


「そうだっ、せっかくだし名前を付けてあげないとね」


 何にしようかしら、猫ってニャーって鳴くのよね。それともニャーンだったかしら? ……ニャーちゃん。安直かしら? でも、これ以外に考えられないわっ。


「よしっ、あんたはしばらく間ニャーちゃんよ! よろしくね、ニャーちゃんっ」


 ニャーちゃん、ニャーちゃん。カワイイっ! ……はっ、あんまり愛着を持っちゃダメよ! もし、持ち主が見つかって返すことになったら、悲しくなっちゃうじゃないの。

 絶対に泣いちゃうし、都市伝説である私が泣き虫だってわかったら、メリーさんっていう名前に傷がついちゃうわっ。

 ……その時は、人間のフリをすればいっか。故意に姿を現している時の私は、ただの人間に見えるみたいだしね。


 それのお陰で難なくポップコーンが買えたワケだし。……思い出したらポップコーンが食べたくなってきちゃった。例の男、今度は通じるかしら?


「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、お掛け直し下さい」


 ううっ、やっぱり掛からないわっ……。


「ねえっ、聞いてよニャーちゃん。ポップコーンがいっぱい食べられるって言うから、マンションの投資をするって言ったんだけど、相手が電話を掛け直すって言って以来、そのまま音沙汰が無くなっちゃったのよ? 酷くない?」


 って言っても、ぬいぐるみが喋るハズないわよね。でも、ニャーちゃんに喋りかけると、なんだか元気が湧いてくる。そういえば、ぬいぐるみってポップコーンを食べるのかしら?

 もし機会が出来たら、食べさせてあげよっと。ニャーちゃん、きっと喜ぶだろうなぁ。楽しみだわっ!

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