三題噺

ポスカ

第1話「闇」「目薬」「無敵の運命」

 「これが勇者かつまらん」

 圧倒的な力を前に世界の命運を握った若い命が消えていった。強さの前にどんな夢も希望も無力だった。

 「魔王様!これで世界征服も目前ですね!」

 小さいゴブリンが私の元へ喜びながら駆け寄ってくる。

 

 そう、私が魔王なのだ。


 たった今世界の希望をつぶした元凶こそが私。世界の希望って勝手にすべての世界の者が魔王を倒すことと勘違いしないでほしい。私にも多くの配下がいて、その配下の者たちはすべて私についてきてくれている。世界の希望というならば、相手側の気持ちも考えたうえで言ってほしい。私だって世界を滅ぼしたいから頑張ったのではなく、配下の者が住みよい世界にするために頑張ったのだから。大体勇者だかなんだが知らないが、誰が正義で誰が悪なのかはっきりさせないと気が済まないのだろうか?私だって言い換えれば勇者みたいなもんじゃないのか。相手側は魔王と同じようなものだし…。闇と光のようにはっきり分かれているならともかく、闇の世界で生まれたから魔王。光の世界だから勇者というのは我慢ならない。

 「あのー?魔王様?きいてます?」

 ゴブリンが怪訝そうな顔でこちらをみていた。いかんいかんつい感情が高ぶってしまっていた。

 「どうした?ゴブ男」

 名前を呼ぶとパーッと笑顔になり

 「祝勝会がてらに近くの村を襲ってきていいですか?!」

 この考えがダメだ。配下の者の教育がうまくいっていない証拠である。だからこそ私たちサイドが悪となってしまうのだろう。さらにどうして祝勝会で村を襲うという考えに至ってしまうのかが分からない。村を襲うことの何が楽しいのか、問い詰める必要がありそうだ。

 「いいか?村を襲うということは楽しい事ではないぞ?一時の感情が満たされるかもしれないが、破壊が終わった後にはなにも残らないだろう?残らないってことはその後に良い影響もでてこないってことだ。今後は一時の感情ではなく、末永く幸せに暮らせるよう残すものも考えなければならない」

 長々と話してしまったがゴブ男は聞いていたのであろうか?と疑問に思いゴブ男の方を見てみると、案の定よくわからない顔をしていた。

 「うーん、まだお前には早かったな。一つだけ守っておけ、今後は私が許可するまでは人を襲ってはいけない。相手が襲ってきたのならば戦うことは許可する」

 要点を一つに絞っておけばわかってくれるだろうと、一つにしぼり指示をだしておく。今後の発展の為には様々なやることがあるが、私一人では進むことができない。魔王軍の中には先ほどのゴブ男のように血気盛んな者も多いが、友好的な者もいる。これは人間でもそうだろう。荒くれ者のようなものもいれば戦いを好まないものもいる。しかし、全ては上に立つ者のコントロール次第というのも知っている。今までは恐怖による支配の為に力を見せつけていたが、勇者亡き今は恐怖だけ与えてしまったら希望がない者には効率が悪くなっていく。やはり飴と鞭が必要なのだ。力だけの支配はもうやめて、ここからは共存の世界を作るべきなのだ。あの子の為にも。


 あれはまだ魔王としてまだ真の覚醒していない時のことだった。その時の私はゴブ男と同じように殺戮や暴虐の限りを尽くすのが良いと思っていた時のこと。ある村に攻め入った時だった。運が悪いことにそこの戦士団が強く、仲間のモンスターたちもみるみるうちに減っていき、命からがら逃げだすしかなくなっていた。しかしその道中に気を失って倒れてしまったのだった。ふと目を覚ますと、民家のベッドの上に寝かせられ、近くには少量の水が置いてあった。一息に飲み干すと体の中から癒されるようなそんな感覚に襲われたみたいだった。

 「あ、やっと起きたんだね~」

 明るい、かわいらしい少女の声が聞こえた。ドアの方向を見てみると、手にいっぱいの草を抱えていた。

 「薬草もいっぱいとってきたから、食べやすく調理するから待っててね」

 はにかみながら話す少女にあっけにとられていたが、私は魔王。相手は人間。立場や種族、生きる場所すらも違うのにこんなことは良くないと思い立ち上がろうとするがうまくいかない。先ほどの水で少しは癒えたとはいえ、まだ身体中がぼろぼろの状態なのだ。

 「おい、人間。私は魔王だ。魔王を助けてどうするつもりだ」

 できる限り相手を怖がらせるよう、威圧して言葉をぶつける。

 しかし、相手は意に介さないようだ。とても柔らかな音で

 「困ってる人は助けなさいと、お母さんに言われて育てられてきたので」

 と、種族の違いなどみじんも感じさせない言葉を並べてきた。

 そんなまっすぐな言葉に困惑し、何も言えないでいると

 「よし、できましたよ。熱いから気を付けて食べてくださいね」

 小ぶりな木の食器に薬草がいっぱい入ったスープを入れて持ってきた。食欲のそそる香りに促され、スプーンを手に取る。湯気が立つスープを掬い口へと運ぶ。先ほどの水と同じように体の中から沁み渡る癒しの成分を感じ、痛んでいた身体が癒えていくのがわかる。人間というのは傷ついた時にはこういう食事をとり、傷を癒していたのかと目から鱗だった。今までの自分たちの傷の癒し方は明らかに間違っていたと考えさせられるものだった。前までの傷の癒し方は薬草をそのまま食べたり、傷口に貼るといったものだけだった。それだけでは傷の癒えるスピードが遅く、遅いならば上掛けすればよいと無駄にしていた。そもそも食事という概念はただ食べるだけということで、味だとかにこだわったりするものではないと思っていた。


 一つ、違いに気が付くと、様々な点の文化の違いというものに目がいくようになった。傷が癒えたらどう殺してやろうと考えていた心にも薬草の効果がでているらしい。一つだけだと思ってた薬草にも、それぞれ得意な効果があるようで、目につける薬というものもあるらしい。目に何かを入れるなど怖くて入れられなかったが。


 文化の違いを知ると同時に、魔王という立場と人間たちの立場というものを考えるようになってきた。立場というは生まれ持ったもので変えることはできないのだと。それぞれの立場を理解することで、より良い世界は作れるだろうが、魔王と人間というのは相いれる存在ではなかった。いや、人間とは相いれる可能性はあるのだが、勇者という希望の存在がいることで、魔王は悪という考えが変わらない。共存するならばどちらかが死ななければならないのだ。だからこそ私は勇者を倒すため強くなろうと決意した。そのうえで、全ての存在が住みよい世界を作ろうと決めた。


 そんな世界を作る途中に人間同士で戦争が起きた。何が発端かわからないが、村が一つ消滅したらしい。


 彼女の村だった。


 私は怒りに任せて戦争をしていた国をつぶした。さらに魔王の恐怖が人の中で伝染していく。

 つぶした後に彼女の村へ立ち寄ると、何も残ってはいなかった。人の作った魔導兵器が破壊したらしい。ここまでくると人のモンスターも変わらないものだと嘆いた。涙が一粒落ちていく。涙など生まれた時から流したことなどない。たった一人の彼女の為に流す涙が初めてだった。

 

 すべての人間がより良い人間なわけではない。それはモンスターたちも同じ。それぞれ生きることで成長し、良い存在へと成っていく。

 彼女の死を糧に魔王は更なる高みを目指していき、ついに勇者との戦いを終わらせた。

 ここからは魔王が作る新しい平和の世界。モンスターも人間も共存していく世界を創造していく。

 これこそが無敵と成った魔王が紡ぐ運命の物語の始まりだった。

 

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三題噺 ポスカ @reap516

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