終章 門出

 時は流れ、かの戦より三週間が過ぎた正午頃、ウィルとアノンはシーヴォリー王立国の首都であるシルヴォリア内の街道を歩きながらとある場所へと向かっていた。陽光が辺りを照らし出し、軒先には盛んに人が往来している。国教であるストラグル教団が消失し、行方不明者も多数出た事から未だ混乱の絶えない状況ではあったが、グリスの徹底した復興活動が功を奏し、国は生気を取り戻しつつあった。

 この三週間の折、ウィルとアノンは意見聴取と現場検証の缶詰でほぼ拘束された状態になっており、久方ぶりの開放に足取りは軽かった。

「査問に掛けられるって聞いてたんですけど、自由の身になっちゃいましたね」

 軒先に連なっている屋台から焼き菓子を購入したアノンは頻りにそれを口へと運ぶ。

「プリシラ大将が恩赦出してくれたって噂だが、どうだろうな」

「結局聴取された私達の証言も話し半分って感じで、信じられてないみたいですしね」

「……まぁ上官を犠牲に生き残った不届き者って扱いだろうからな、異界の話しもさすがに通じる相手が少なすぎるし、広め過ぎても扱いにくい訳だし、仕方ねぇさ」

「理解される事も大切ですけど、少佐の目的は別のところにありますしね」

「そういう事だ」

 ウィルとアノンは話しながらも途中何度かの関所を通り、シルヴォリア城内へと歩みを進める。通常であれば正門を通って城内へと迎え入れられるのだが、現状の国内は警備が厳重化され正門の通行は一時閉ざされていた。事前に受け取った手形を用いなければ、近付く事さえ容易ではない状況に、戦争の爪痕が色濃く映し出される。案内役の兵士に促され辿り着いた場所は謁見の間だった。城門に匹敵する扉がゆっくりと左右に分かれ、謁見を告げる鐘が鳴り響く。ウィルとアノンは顔を見合わせるが、そのまま中へと入り玉座へと進む。

「よく来てくれたな、ウィル少佐、アノン中尉」

 見知った声と共に、一人の男が手を上げて二人を出迎える。謁見の間を照らす陽光に彩られ、鮮やかに輝く金の長髪に、目鼻立ちがくっきりとした中性的な顔立ち。シーヴォリー王立国唯一の国王であり、戦友ともなったグリス=シルヴォリア。その傍らには座席が用意され紅茶を嗜むもう一人の見知った顔。

「相変わらず時間通りですね、良い子ですよ」

 目を細め笑顔を向けるプリシラに二人は正対する。

「ウィル=ヴィンハレム少佐、及びアノン中尉、出頭致しました」

「はい、宜しい。楽にして下さい。お二人にはグリス陛下からお話しがあるようなので……陛下、お願い出来ますか」

「あぁ、二人とも済まないな、呼び立ててしまって。砕けて話したい。座ってくれ」

 言って手を差し出し椅子を勧めるグリス。ウィルとアノンはプリシラへと目配せし、プリシラが頷くのを見てその椅子へと腰を下ろしていた。

「まずは先の戦にて両名共に尽力してくれた事に礼を言いたい……本当に、本当に助かった。ありがとう、ウィル少佐、アノン中尉」

 頭を下げるグリスに、二人が戸惑う。

「……仕事と割り切ってやった訳ではありませんが、改めて礼を言って頂けるものでもありません。頭を上げて下さい、グリス陛下」

「何を言うんだ、本当に恩を感じている。それに前にも言ったが、グリスと呼んでくれ。この場で敬語は必要ない」

「あー、まぁそこまで言うなら率直に聞きますけど、俺らを呼んだ理由はなんすかね」

「……ちょ、ちょっとウィル少佐、砕けすぎ!」

 慌てるアノンに、目を細めるプリシラ。苦笑を浮かべていたのはグリスだった。

「実はまた困ったことになってしまってね……力を借りたい。これは事実上、戦争の火蓋が落とされてもおかしくない事態でね。なるべく穏便に済ませたい。私が急ぎ出向きたいところなんだが、口惜しい事に今この国を離れる訳にはいかなくてね……というより離れたらそれこそ怒られそうで……」

「陛下を怒るって、どなたが……」

 怪訝な表情を浮かべるアノンに、ウィルも眉を潜める。

「実はだな、フィッチマン帝国に出向していた母、セレス=シルヴォリアなんだが、あれから帰って来れずにいる。どうやら人質に拘留されているみたいでね……」

「おい」

「頭の痛い問題だ。フィッチマン帝国とは休戦中とは言え、近隣であれほどの戦闘が起きたばかりだ。直接交渉も考えたが、連合国側に打診し、仲介してもらう手筈となった。そこで君達にその仲介人の護衛を頼みたくてね……世界の中立として名高い中央管理軍の手助けを願えればと」

「……おい」

「なんか、前にも似たような話し聞いたような……」

 若干呆れ顔の二人を他所目に、プリシラが口を開く。

「亀裂への対処が第一目的としている我が軍ですが、亀裂の被害にあった国への復興支援も任務の一つとして捉えて活動してきました。現在の貴国の状況を鑑み、我が軍の任務と照らして考えましても、そのご依頼を受ける事に問題は生じません。そうですよね、ウィル少佐、アノン中尉」

「……確かに仰る事は妥当かと」

「なんか丸く収められたような気もしなくはないが……」

「何か仰いましたか?ウィル少佐」

「……いや、何も」

 二人の反応に笑顔を浮かべるプリシラ。グリスも安堵の表情を浮かべ、概要の説明と、仲介人との合流地点、そして出発日が告げられる事となる。

「慌ただしくて本当に立つ瀬がない……兄の一件で国中が割れていてね、国葬を行うか罪人として葬るか、これから国務大臣を含め大きな会議がある」

 言ってグリスが立ち上がると同時に、ウィル達も全員がその動きに合わせる。

「……母の事は今すぐにでも迎えに行きたいが、帰る場所を無くしても大目玉を食らうだろう。身体が二つ……せめて兄が生きてさえいてくれれば……」

 言葉の端を切り、息を飲むグリス。

「これだから私は誰も……兄を救えなかったんだ、今の依頼は忘れてくれ、やはり私が直接赴いて――」

「いや、今度は違う。違うさグリス。セレス=シルヴォリアの救出、確かに請け負った。任せてもらいたい」

「ウィル少佐の言う通りです。微妙な国情に直接陛下が出向いてしまえば、火の粉は更に膨れ上がるでしょう。こういう時のために連合国協定はあり、そこから仲介人が出され、我が軍が護衛するのです。ご安心下さい……とは大きく言えませんが、速やかに達成出来るよう尽力致しますので、お任せ下さい」

 ウィルとプリシラの言葉を聞き、グリスは一度顔を伏せるが、踵を返して会議へと歩み出していた。

「また借りが出来る。いつか……いつか返す。今度も頼らせてもらおう!」

 そう言い残し、グリスは謁見の間を後にする。プリシラはウィルとアノンを促し同じくその場を後にし城外へと出ると、後ろに連れ立って歩く二人へと声を掛ける。

「連戦続きで申し訳ありませんが、宜しくお願いしますね」

「……了解した。仲介人と合流後、連合国協定に則りセレス=シルヴォリアを確保、国内まで帰還させる手筈で間違いないな」

「えぇ、概ねは」

「……概ねはって、他になにかあんのかよ」

「だ、だからウィル少佐、プリシラ大将にまでそんな言い方……」

 右往左往するアノンに、プリシラは静かに笑って応える。

「気にしてませんよ、昔馴染みですから。今回戦場となったのはハイドアウト平原でしたよね。隣国であるフィッチマン帝国とは目と鼻の先。林道を突破した敵勢力の報告は上がっていませんが、生き残りが潜伏している可能性は否定出来ません」

「偵察も兼ねてってところか」

「えぇ、偵察というより駆除といった方がより正確ですが……点数稼ぎになりますし」

「点数稼ぎってなんだよ」

「貴方達の査問は保留であって中止ではない。この事が何を意味するか、分かりますよね」

 プリシラの言葉に、眉を潜めるウィル。

「成果を挙げてこいって事か」

「はい、その通りです。閣下のお言葉通り従うならば、貴方に害する勢力を実力で排除しても構わないのですが、中央管理軍そのものも言ってしまえば閣下の子供です。両者を立てる必要がある」

「……どこに出しても恥ずかしくないよう、ちゃんとしろってか」

「後見人として、角の立たない形で貴方を守りたいだけです。貴方が大切にしている人も含めて、ね」

 プリシラの希有な鋭い視線に、ウィルは両手を上げて応える。

「了解だ。プリシラ大将」

「まぁ、物分かりの良い子です。ご褒美に撫でてあげましょう」

「……いや、それはいい」

 ウィルとアノンはプリシラと別れ、指定された施設で数日休憩を取り、仲介人と合流すべく首都シルヴァリアからハイドアウト平原へと続く東門を通り過ぎる。仲介人との待ち合わせ場所はフィッチマン帝国へと続く林道の中間地点。その半ばで、ウィルとアノンはハイドアウト平原の向こう、フィアルマウンテの麓へと目線を移す。ここからは距離があって判然としないが、坑道を含むフィアルマウンテとハイドアウト平原の一部は中央管理軍の管轄下に置かれる事となり、駐留所が急ぎ建設されている真っ最中だった。

 ヴェレンスが眠る坑道の最奥部に、立ち寄ろうと思えば可能な距離。ウィルは自ずと足を止め、アノンはそれを見上げるばかりだった。

「仲介人さんとの合流予定時刻まで、多少まだ余裕があります……その、お母様に、ヴェレンス大将にお会いしてから向かいますか?」

 アノンの提案に、ウィルは沈黙を落とす。会いに行くのは容易い。だがウィルは思う。何をやっているんだ、さっさと仕事に掛かれ愚息が。そう言われる気がすると。

「いや、足を止めて済まなかった。進もう」

「……あ、でも」

「いいんだ、アノン、ありがとう」

 ウィルは歩み出し、仲介人との合流地点を目指そうとするが、後ろに付いてくるはずのアノンが足を止め、顔を俯かせていることに気付き声を掛ける。

「どうした?アノン、行くぞ」

 呼ばれて顔を上げたアノンの頬は赤みを帯び、ウィルを真っ直ぐ見つめている。

「……なんだよ」

「いえー、なんか、素直にありがとう、って口に出すウィル少佐、ちょっと可愛いなーって思いまして、くふふふ」

「……猛烈にウザい、先に行くぞ」

 速度を上げ、前へと進むウィルにアノンが焦り出す。

「あ、え、ごめんなさい!待って!待って下さいよウィル少佐!」

 駆け出し、後を追うアノンの表情は緩んでいた。春の麗らかな光に彩られ、あれほど激しく戦い抜いたハイドアウト平原の緑地にも新たな命が芽吹き出す。海風は強く、霊山から吹き降ろす風は相変わらずの冷たさを伴っていた。一つの命が終わりを告げ、一つの命が産声を上げる。それは輪廻の如く、誰しもに訪れる別れと出会いの時。

 母に繋ぎ止められ、産声を上げた一人の男が居た。戦争が訪れ、世界の崩壊と引き換えに母は眠りに付いた。今度は自分が迎えに行く番なのだと、男は思う。その男の名はウィル=ヴィンハレム。母を迎え、手を差し出すその日まで、ウィルは歩み続ける。仲介人との合流地点まで幾何か。ウィルとアノン、二人の新しい物語が、幕を上げる――。

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シルヴォリア戦記 スタンド・オン・ワンズ 山木 立本 @tatemoto_yamaki

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