ラランの恐怖


「セン、少し抑えておいてくれるか」


「わかった」


と昔の仲間の自然な会話の後、大男はひざまずき、このまだらな若い男の後方から、片手は胸のあたり、片手は縛ら後ろに回された両手首を持った。


「何をするんだ! 」


「さあな、でもあんまり暴れるな、サンガのすることは俺たちにもよくわからないことの方が多い、なあチュラ」


「そう言うこと」


当の本人キリュウ、年をとった方のサンガは、数日前の大雨でできた水たまりの方へ向かった。しかしもうそこには水もなく、ただ粒子の細かい泥がクリームのように残っているだけだった。

そこにいた一同はサンガの行動を見ていたが、仲間二人はあきれたように会話を始めた。


「まったく、お前のやることときたら、子供と大人がごちゃ混ぜ」


「予想外だなあ、千里眼だろうチュラ、読めなかったのか」


「こいつを読むことはできないよ、その努力をするくらいなら、他のことに時間をかけた方がいい」


それに対してサンガは答えることもなく。そのクリームのようになった部分だけを両手いっぱいに集め、こちらに帰って来た。

誰しもが子供の頃にその部分で遊んだことはあったが、今からキリュウが何をしようとしているのかは首をひねるばかりで、ただコジョウとリュウリだけが


「まさか・・・」

という小さな声を出した。


「しっかり押さえててくれ、セン」

「てめえ! なにするんだ! 」


「目が痛くのあるのが嫌だったらつぶっておくんだな、我慢しろ! お前の起こした白化のために大変なことになっているんだ! 」


きつい口調の後にべったりと顔じゅうにその泥のクリームを塗った。だがまるでそれは美容師がやるように薄く延ばされていき、まだらになった顔がほぼ一色の、動く石像のようになっていた。


リュウリたちはその行動にあっけにとられ、仲間たちは呆れ顔で見ていたが、警官たちの多くが驚きの声をあげた。


「この子はまさか・・・」

「お前! お前! 生きていたのか! 」

「ああ! 良かった! きっと両親が喜ぶぞ! 」

「願いが通じたのか・・・」

涙ぐむ者が多かった。


当の本人はさすがに目を開ける勇気はなく、その見えない周りの様子に困惑しながらも、さっきと同じく吐き捨てるように言った。


「何を分けのわからないことを言っているんだ! 俺の親は俺をこの中に捨てた! 育てる気がなかったんだ! いいことを教えてやろう! お前たちの言う「誘拐されて山の中にいた子供」は何年か前に死んだ! 山の力に耐えられなかったんだ! だが俺は違う! 親は俺を捨て、代わりに俺はこの力を手に入れたんだ! 俺は選ばれた者だ、お前たち人間からではない、神から選ばれたんだ! 」


強い口調で、縛られた体に力を込めて言った。

しばらく沈黙があったが、警官の一人が口を開いた。


「お前は、誘拐された子供だ。お前の顔の形、ちょっと下唇が厚くて、鼻がとがったように高い。目も切れ長だ。それはお前の家の強い遺伝なんだ、お前の父親、そしてお前の二歳下の弟にそっくりだ。

お前の親はずっと探し続けていた。何年も何年も諦めることはしなかったんだ。逆に苦しかったと思う・・・お前は間違いないさ・・・誘拐された子供だ」


そう言われた泥まみれの男はふっと目を開いた。明らかに先ほどまでと違う目つきで、茫然とした感じになっていた。


「そんなはずはない・・・俺は捨てられた・・・」


「では死んだという子供は・・・」

と警官がその子の身体的な特徴の事を話し始めると、泥の中で白く開いた眼は半開きになり、体はとても小さく動き、目はほんの少しだけ開いていた。


「そう教えられたんだ、小さい時から・・・あいつは・・・あいつは・・・本当に・・・いい奴だった・・・生まれながらの善人だった・・・悪いことはしたくないって・・・両親が悲しむからって・・・きっと探しているから、それまで生きるんだって。死ぬ前に言われた・・・自分が死んだら・・・・・・「生きられなくってごめんなさいって」伝えてくれと」目の周りの乾き始めた泥が、また水分を含んできた。



ザザッと後ずさるような音がした。ラランが体のバランスを崩してふらついていたのを、慌ててコジョウが支えたが、ラランはそれに対してありがとうという言葉も出ないほどに体をこわばらせ、震えていた。


「良かった、ラランにコジョウがいてくれて。だがこれが人のやることなのか? 心まで人体実験をするような人間なのか」


リュウリは自分たちの敵には「怒りだけ」では勝てないのだと深く悟った。

そこにいた者たちも、あまりにも大きな恐怖に誰も口を開かなかった。


だがその空気を打ち消したの、はさすがに百戦錬磨のサンガの仲間たちだった


「面倒な奴だぜ、お前が黒幕だったら本当に楽なんだがな、サンガ」

チュラが冗談めかして言ったことを


「失礼ですが師匠、僕もチラっと思ったことがあるんです、あまりにも用意周到な所があなたに似ていて」


鼻先でキリュウは笑ったが、センはこう言った。


「サンガはあまり回りくどいことは好きじゃない、やるのなら一気だ、とは思うが・・・まあ、残念だがサンガ、孫が生まれる前にお前の力を最大限に生かさなきゃならんようだな」


「私の力はもう衰えている、若い人間に動いてもらわなければならない。戦いに若い人間を送りたくなど、絶対にないが、今度ばかりはそうしなければいかんようだ。なるだけ大規模なことになる前に手を打とう。

さあ、一つだけここで教えてもらおうか、お前は、お前を使っていた人間が好きだったか? 」


力の抜けた若い男は、うつろな感じで答え始めた。


「好きとか、そんな次元の問題じゃない、敵に回したら・・・生きていけなくなるからだ・・・あんたが頭が良いのはわかった、でも・・・あれは・・・あれはまた違う生き物だ、何なのかがわからない、みんな・・・殺されるぞ・・・」


それ以上はキリュウも聞かず、


「リュウリ、コジョウ。淡雪にしたのと同じことを二人で考えて、彼を治療してやってくれ」


「俺を助けてくれるのか・・・」


「私は警官じゃない、だがお前はまだ若く、極端な育ち方をした。五年後だったらタダでは済まなかっただろうが、現時点では生きてもらわなければ困る。

協力してほしい、知っていることを全部話してくれ」


穏やかなキリュウの言葉に、若い男は素直に従うようだった。

まだ震えが止まらないラランを見て、何人かの警官は、サイサイの時に

彼女が「気持ちが悪い」と表現したことを思い出した。

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